オディとゲーム内マネー
「オディエモ~ン!!」
メガネの少年が自室に泣きながら駆け込んでくる。
押入れのフスマを乱暴に開くと、そこにはずんぐりした二頭身のロボットが鎮座していた。
「どうしたんだい?オビタくん!」
ロボットはダミ声を響かせる。彼はオディエモン、22次元からやってきた次元ロボットだ。
「ドゥネオが自慢話ばっかりするんだ、自分の家に池があるとか、そこにクルーザーがあるとか……ぼくはくやしいんだ!」
「馬鹿だなぁオビタくん、小さな池にクルーザーがあっても乗れないじゃないか」
「あっ本当だ!えへへ、ぼくったら……」
オディエモンはフハァーーっとため息をつくと、先ほどまで読んでいた経済紙にふたたび目を落とす。
「う~んまた株価が下がっている……22次元に帰ろうかなあ」
「ねえオディエモン、3次元に何しにきてるの?お金儲け?」
「初登場のときに話したのをもう忘れたのかい?次元管理局の仕事でこの次元の調査だよ」
「次元管理局って何?」
「それ以上聞いたら殴、ぶっ殺す」
「怒りを増幅しないでー!!」
「俺はいつでもやれるってことを忘れるなー!!」
「というか、この世界のお金を稼いでも22次元で使えないんじゃないの?」
「22次元にはキャバクラがないからー!!」
「ロボットでもザギンでチャンネーと楽しく遊びたいのねー!!」
「オビタくんが20歳になったら一緒にいこうね」
「大人の遊びにはお金がかかるんだなぁ……ぼくもお金がほしい」
オビタは現実から逃避するために携帯ゲーム機の電源を入れる。
彼がプレイしているのは全世界で大ヒットした名作RPG『ドラゴンハントマン』である。
「ねえオディエモン、次元エナジーでお金出せないの?」
「出せるけど君がラクするための手伝いはしないよ」
「ちぇっ……ゲームの預金ばっかり貯まっても仕方ないな」
「ん……?オビタくん、ゲームでそんなにお金ためて何がしたいんだい」
「別に何か目的があるわけじゃないよ、暇だから遊んでるだけで勝手に貯まるんだ。あ~あ、ゲームのお金が現実になったらいいのになぁ」
「そんな下らぬことに興じるよりも、現実のお金を稼ぐのに力を使えばいいのに3次元人は下等だねえ、フハッ、フハハ!!」
「オビタスラッシュ!!」
「グワァアアアア!!」
オビタくんはオディエモンが笑うときに放出する余剰次元エナジーで刃を形成し、攻撃に転用する特殊技能を持っていた!
しかしオディエモンは22次元人の超科学の産物であり、多少の損傷は即座に修復できるのだった。
「やるねえオビタくん……気に入ったよ、そこまでするなら願いをかなえてやろう」
「ほんとに!?」
「そのゲーム内のお金を現実に出力できるようにしてあげる」
「わぁーい!ゲーム内で現実のお金を稼げるんだ、すごいぞぉ!具体的には時給20万円ぐらいの換算だ!」
「フフ……月収20万円を稼ぐのにゲームプレイ1時間で済むわけか、怠け者のきみには夢のような世界だな」
「いいから早く次元エナジーでゲーム機を改造してよ、ぼくのゲーム内預金口座は破裂寸前なんだ」
「おっと勘違いするな、次元エナジーはこの次元そのものに干渉する……つまりチャチィゲーム機を改造するわけではないんだ」
「チャチィ?」
「フンハァッ!!!」
オディエモンの手のひらから膨大な次元エナジーが拡散し、世界へ広がっていく!
部屋の中をまばゆい光が包み込み、そして深淵の暗闇へと落ちてゆく。
「うう……いきなり何をするんだオディエモン……」
「次元の修正は完了した、今は眠れオビタくん……」
オビタの意識はそのまま薄れていく。
世界のルールが変革するとき、事象の整合性を確保するために世界は一時的に眠りに落ちるのだ。
そして一夜が明けた。
「おはようオディエモン!昨日のあれって……」
「ゲームを起動してみなよ」
言われるままドラゴンハントマンのスリープ状態を解除し、主人公を銀行まで移動させるオビタ。
すると……銀行窓口での選択肢は「あずける ひきだす こんばーと」の3つに増えている!
「これはもしかして……」
オビタが「こんばーと」を選び、100万ゴールドと入力するとオビタの頭上に札束が生成される!
畳の床にボテンと落下した札束をふるえる両手でつかむと、オビタは涙を流した。
「ぼ、ぼくは……本当にお金持ちになったんだね」
「そういうことだねオビタくん、しかしまぁこんな下等通貨ごときで人生が変わったような顔をして……ククッ」
「オビタミリオネアクラッシュ!!」
「グワアアアッアアアア!!」
次元干渉が行われたせいか、オビタの次元力は以前より格段に増していた!
しかしオディエモンもさる者、頭を胴体から切り離されても意に介さないようである。
「やるようになったなオビタ……」
「これでも倒せないのか……」
「ぼくは22次元からの次元エナジーを常に受けて具現化している、こんな肉体などただの器に過ぎないと言った」
「よぉし、さっそくモンスターを倒しにいくぞぉ!」
「こらオビタ!!」
まさに水をさすとはこの事よ!ふすまを開けて乱入してきたのはオビタのママである。
「朝からゲームなんてして、はやく降りてご飯食べなさい!」
「ま、ママァー!ぼくはもう学校なんて行く必要ないんだよ~!」
「何言ってるの!こないだのテストだって0点だったでしょ、あんた先生にいじめられてるんじゃないの!?」
「た、確かに……なんでぼくは4択問題も全部間違うんだろう。でもそれならママも一緒にきてよ、生徒をいじめる先生とか社会問題だよ!」
「この町で『先生』に逆らえる人はいないわ、早くしたくしなさい」
「あの先生って町議会とかの議員の先生だったのー!!」
「そしてここは陸の孤島と言われるほど外界と隔絶されたムラ社会ー!!」
「もういやだ……学校から帰ったら身支度して出ていってやるぞ。なんたってぼくには莫大な資金があるんだもんねー!」
オビタが滑るように部屋からでていくと、ママはジオング然としたオディエモンに尋ねる。
「莫大な資金……?オディちゃん、あの子何を言ってるの?」
「オビタくんは自分でお金を稼ぐ方法を手に入れたんですよ」
「どういうこと?アルバイトでも始めたのかしら……まあいいわ」
小学生の息子がアルバイトなど、普通の親は心配をするものだがオビタのママは無関心そのものだ。
彼女はオディエモンが関わるとろくなことにならないと知っていた!しかし無意識のうちに、関わらないことで自分を守るすべを身につけていたのだった。
「ククク……オビタめ、帰ってきたらさぞかしびっくりするだろうなあ!ヌハッ!ヌハーツ!!」
肺もないのに笑う、それが22次元ロボットなのだ!
そして何事もなく授業は終わり、憧れのヴィシュ子ちゃんの誘いも断りオビタはカールルイス然としたランニング・フォームで帰宅する!
「ただいまぁー!!」
「おかえりオビタくん」
「よぉし、ドラゴンハントマンやるぞぉ!」
「聞いてみたかったんだけど、その預金っていくらぐらいあるんだい?」
「びっくりしないでよぉ?いちじゅうひゃく……なんと37兆ゴールドだ!」
「ククゥッ!きみみたいな子供が37兆か!」
「なんだよ……そういう風にしたのはオディエモンだろ」
「失敬、そのとおり……ぼくは神だからね……」
22次元ではただの命令を聞くだけのロボットにすぎないオディエモンが、3次元にくれば神を自称しはじめる!カーストとはかくも連鎖的なものか!
「そうだ!お金いっぱい引き出してヴィシュ子ちゃんとデートしてこようかな?駅前のデパートで恋愛映画、夜景を見ながらレストランで食事……すてきだなぁ!」
「楽しそうだね、ぼくも行っていいかい?」
「それじゃあデートにならないじゃないか!オディエモンは留守番してて!」
「残念だなぁ……きみの楽しそうな様子が見たかったのになぁ」
どこで仕入れたのか、オビタは合金製のアタッシュケースに1000万円ほど詰め込みグレーのスーツをビシリと着込んで颯爽と家を出ていく。
それから1時間ほどして……。
「オディエモ~ン!!」
オビタが自室に泣きながら駆け込んでくる。
押入れのフスマを乱暴に開くと、そこには頸部の修復を完了したオディエモンが武将のごとく鎮座していた。
「どうしたんだい?オビタくん!」
「そ、それが……お金が……お金が足りないんだあ」
「お金ならいっぱい持ってたじゃないか!使いすぎたのかァ、えぇ!?」
「違うんだよぉ!映画館の『子ども料金』が8兆円になってるんだよぉ!!」
「ほぉぉ、なんでだろうねぇオビタくん!」
「そ、その反応……まさかオディエモン……」
「おっと!勘違いするなよ……ぼくはきみの願いをかなえてあげたんだぞ?」
「ぼくの願い、お金持ちになるってお願いだったよね?」
「違うなオビタくん……きみはこう言った、『ゲーム内のお金を現実にしたい』と」
「それと映画館の料金がどういう関係まさか、ハイパーインフレーションかッ!!」
「ぼくは次元全体を改変した……つまりゲームからお金を出せるようになったのはきみだけじゃあないということさ」
通常貨幣というものは、国家が流通量をコントロールして物価の大幅な変動を防止している。
今回のようにコントロールの外から貨幣の量を勝手にいじくられれば物価は急激に上昇し、貯蓄は意味を失い、生活は破壊されるのだ!
「そ、そんな……そんなことって……もとに戻してよオディエモン!」
「フハッ、それは出来ぬ!これは貴様が望んだことだオビタくん……身勝手な人間の欲望が自分の身の破滅をまねく、自然がさだめた節理だなぁファファ!」
「ハイパー・オビタ・インフレーション!!」
「ヌアアアッァア馬鹿な……次元エナジーが!爆発してゆく!」
「すべての時空から消滅せよ、お前は神ではない!!」
「こんな、こんな馬鹿なァァァァ!!」
オディエモンの次元炉と22次元を接続する結節点が、オビタの怒りによって破壊される!
流れ込む次元エナジーが断たれたオディエモンはただの金属と化し、その活動を停止した……。
すべての元凶である悪しきロボットを倒しても、この世界のほころびが修復されるわけではない……オビタは世界を覆う大きな影に生きる力を奪われそうになりながら、未来を切り拓くため戦う決意をするのだった……。