ヒロインではなくヒーローを虐めています
この世に再び誕生してから6年もの月日がたった。前世の名前は出雲香織という名前のごくありふれた少女だった。皆と同じ黒い髪に黒い瞳。別に美人というわけではなかったし、恋人だって作れなかった。
これからひょっとしたら輝かしい青春が訪れるのかもしれない、そう思ったのだが、人生そう甘くはない。下校途中に木がメキメキメキッと凄まじい音をたてながらこちらに倒れてきた。きっと前日台風がきたから根が駄目になっていたのだろう。こうして私の人生は幕を閉じた。
こんなにも呆気なく人生は終わり、
「はい、次次ー」
とでもいうように眠りから覚め、目を開ければ強烈な光が私の目を突き刺す。それに馴れるとやっと見知らぬ女の人と男の人の存在に気付くことが出来た。
女の人は柔らかい春の光を感じさせるような金髪で、ふわふわと波打った腰まである長い髪は、彼女の動きに合わせ蝶のようにふわふわと揺れ動いていた。長いまつげに隠されているようにも見える灰色がかった蒼い瞳は優しい光を宿していた。
『まるで花の妖精のよう……』
そう思わずにはいられないほどの美しさであった。
女の人の肩に優しく手を置いているもう一人の男の人は女の人の恋人だろうか?
こちらの男のひとも優しそうな顔をしている。女のひとよりもはっきりした金髪で、太陽の光を浴び、きらきらと輝いている。瞳の色はまるで台風の過ぎ去った後の空のような混じり気のない純粋な蒼だ。どこか力強さを感じる優しげに目尻を下げる目を見て私は思った。
『女のひとが春の妖精なら、この男のひとは太陽の神様ってところかな』そこまで神々しい容姿だ。
「ふふふふ。お婆様にそっくりね。あら? この子の瞳はあなた譲りね。ほら、綺麗な蒼」
ころころと鈴を転がすように笑った。そして愛おしそうな表情で私の頬を撫でる。
私の目はあんな綺麗な色なんだ、と思うと少し嬉しくなる。
「髪色は君と同じだね。僕達の子供として生まれてきてくれて有り難う、アンナ」
え、私の両親はこんなに美男美女なの!? じゃあ、私もすごく美少女なのかな? お母さんみたいなふわふわしたひ美少女だといいなぁ。
─────────なんて呑気に思っている時代もありました。鏡に映った自分の姿は母譲りの柔らかい金髪で、透き通った青空色の瞳。これは満足しました。けれど、確かに美少女なんだけど、性格のキツそうな美少女なのです。つり上がった目尻、真っ赤に熟れた林檎のような唇、そして雪のような白い肌。にっこりと、笑えば鏡に映し出されるのは柔らかく微笑んだ私ではなく、嘲笑ったかのような見下した笑みだった。これには泣きました。号泣です。
実は侯爵令嬢であったアンナはマナーなど、香織のではやらなかった事を勉強する。何をするのにもマナーがついてくるので、香織の生活とは大きく変わってしまった。走ることも禁止されているし、
大声で笑うことも出来ない。そして、なによりアンナにとって辛いのはテレビがないことである。アンナではなく香織だった時は常に家ではテレビを見て過ごしていた。テレビは娯楽としても欲しいし、情報源としてもほしい。
「アンナ、貴女ももう7歳なのだからそろそろ婚約者に会わないとね」
背もたれと座る部分がふわふわのいかにも高級そうなアンティーク調の椅子に座ったお母様が窓の外の薔薇園を見ながら言う。太陽の光を受け、ふわりと輝く髪がとても綺麗だ。
最初はやはりお母様と呼ぶのは抵抗があった。知らないひとに囲まれて、知り合いもいない環境に過大なストレスを感じたがもう七年もたち、お母様やお父様を綺麗なひとではなく、ちゃんと親だと認識できるようになった。
「婚約者……? どなたですの?」
慣れてきたお嬢様言葉。そして、まだ子供だからか舌が上手く回らずゆっくりとしゃべる。
「うふふふふふ。この国の王子様よ。私の妹が王妃なの。だからお姑問題は無いわよぉ」
「王子様と結婚……面会はいつですの?」
「今日」
「え?」
「今日よ」
にこにこと笑う母の姿に呆然とする。どうしてそんな大切なことをもっと前に教えてくれなかったわけ!? 香織のお母様同様、アンナのお母さんも抜けているというか、非常におっとりとした性格なのだ。そのため、多少は慣れているけれども婚約者がいるなんて経験が無い為非常に焦る。
「え? 今日?? いつ会うんですの? 何時からからですの?」
「えーっと、確か13時からだった気がするわぁ」
冷や汗を背中に感じながら後ろにある時計を恐る恐る見る。
ⅩⅠ《じゅういち》との文字を針は指している。
「いやぁぁぁあああ!! あと2時間しかないじゃない!!」
大声を出すことは下品とされているが、このときばかりはしょうがない。あと二時間でお風呂に入り、ドレスに着替え、化粧をしなくてはならない。お風呂は好きだけれど、誰かに会うたびにお風呂に入らなきゃいけないのは面倒くさい。大急ぎでお風呂に入り、侍女にドレスを着るのを手伝って貰う。コルセットをするが、中身がおかしくなってしまう程きつくはない。薔薇色のドレスで、キツめの顔の私にぴったりだ。けれど、ふわふわとしたスカートが子供らしさを出していて可愛らしい。そして最後にメイクをしてもらう。子供だからあまり濃くない。ファンデーションを塗って、ビューラーをしてマスカラを塗る。そしてチークと口紅をして完成。
時計を見ればあと10分。侍女にお礼を言って急いでお父様とお母様の元へと行く。
「遅かったね。後10分だよ」
少し呆れたように私を見て、次はもっと早くから準備しなさいと言った。
「お母様に言うべき言葉ですわよ、お父様。お母様から婚約者が来ることを言われたのは、たった二時間前だったのですわ!」
むっとして言い返す。するとお母様はごめんなさぁいと可愛らしく謝った。
パカパカパカパカパカパカ………
シャランシャラン……
馬の規則正しい足音となにやら装飾の音が外から聞こえてきた。どうやらもう来たみたいだ。
「姉様っ!! 会いたかったわ!!」
お母様が扉をあけた瞬間飛び出し、お母様に抱きついた女のひと。お母様と同じ色の目に髪の毛。髪の長さはお母さ様よりも少し短く、顔立ちも少し幼い。顔立ちも似ているので一目でお母様の妹だと分かる。
「久しぶりねぇ、ティカ。元気にしていたかしら? 王様とは相変わらずラブラブなのかしら?」
「もぉ、からわかないで下さいな、姉様」
顔を赤らめながら頬を膨らませる姿は庇護欲をさそう。
「久しぶりだな、
元気に王様やってるか?」
「王様とかもう嫌だ……下心満載の奴に囲まれてストレスで胃が破壊しそう」
「あははは。まぁ、頑張れ!」
こちらも楽しげに会話をしている。けれども後ろで不機嫌そうに眉を寄せている少年がいる。楽しげに離しているから、少しぐらいは待ってあげようと考えるのは私の精神年齢が高いからかもしれない。少年は普通の子供だ。まだ幼い。我慢なんて出来ないだろう。
「父様、母様、おれのこんやくしゃは??」
「あら、忘れていたわ」
「あらぁ、すっかり忘れていたわ」
『あ!!』
「おれ、早く帰りたい」
そんなのこと言わないで。と王妃様は王子を宥める。
早く帰りたい? この2時間急いで準備したのに。そんなこと言うならいっそ来ないで欲しかった。勿論私は大人なのでそんなこと言わないけれど。
「じゃあ、始めるか。入ってくれ」
近くにいたメイドにお茶を用意してくれとだけ言って、王様と王妃様と王子様を客間に案内した。そこには色とりどりのマカロン、マドレーヌ、クッキーなどのスウィーツが用意されていた。しばらくするとこ紅茶のセットを持ったメイドが来て紅茶を用意する。
「では始めましょう」
お母様が私を見てにっこりとわらって言った。
「多分分かっていると思うけれどアンソニーとアンナの婚約よ」
王子様の名前ってアンソニーって名前なんだ。漫画の男の子を思い出すなぁ。そんなぼんやりとした私の前でアンソニーは驚いた顔をし、怒った表情に変わった。
「いやだ!! べつの人がいい!! せいかくの悪そうなこなんていやだ!! おかあさま、おとうさま、べつの人にしてよぅ!!」
何度もお父様とお母様の顔を見てから私の顔を見て似てないと言われた。そして、お母様とお父様に聞こえないように性格の悪そうな餓鬼と罵られることもあった。
言い返したかった。罵りたかった。けれど、それをしてしまったらお父様達の地位が危うくなってしまうかもしれない。香織の世界とは違い、この世界の求める女性像はお淑やかな女性。けして元気有り余って汚い言葉を吐く女性ではない。
「いじわるそうなこはいや! もう帰ろう!!」
ぴしり、と空気が凍りつく。王様と王妃様は顔を青くさせ、お母様とお父様は笑顔をひきつらせた。
目の前に座る餓鬼に殺気が沸く。気付けば持っている扇子を投げつけていた。
「お黙りなさい!! 性格が悪いだの、意地悪そうだの、目の前にいる人に対して言う言葉ですか!? 帰りたいならさっさとお帰りなさい!! ─────二度とテメェの面なんて見たくねぇわ、ボケ」
アンナの扇子がぶつかり、赤くなった頬をさすりながら涙するアンソニー。
アンナの笑顔でアンソニーを罵る姿にとうとう号泣してしまった。
お母様もお父様もまんべんの笑顔だがこめかみには青筋がある。
「あらあら……少し元気が有り余り過ぎなようねぇ……。ティカ、子供の教育はしっかりとやらないといけないわよぉ……」
「次期王になるのだから、教育は入念にやらなきゃ駄目だよなぁ。なぁ、王様よぉ。我が娘をこんな言い草されているのは許せないよ……。お口を直させなきゃな? 将来のために。─────これは友人としてお前に忠告してるんだぞ……?」
お怒りな2人に王妃と王様は顔を真っ青にしてふるふると震え出し、遂には親子3人で泣き出した。
「ちゃんとこれからはやるわ!! 厳しくするからお姉様許してちょうだい!!」
「これからはうんっと厳しくする。完璧な王にする為の教育をするから……その殺気を閉まってくれ!」
「うわぁぁあん!!! 怖いよぉ。帰りたいよぉ」
必死に2人に謝る王妃と王。その隣で怖い、帰りたいと号泣する王子。お母様もお父様も許したみたいだけれど、私は許していないわ。
「ねぇ、貴方。謝るということは出来ないんですの? 泣いているだけなんて赤ちゃんでもできますわ。うふふふふ。貴方って赤ん坊と同等ですわね」
そう言って嘲け笑って嫌味を言えば王子はギャン泣きした。私はとてもキツい見た目をしている。だから私が笑うだけでも嘲け笑っているように見えることは分かっている。では嘲け笑ったらどうなるのか。硝子窓に映った自分はまるで悪魔のようだった。
怒りのせいで笑っていないキツい目元、熟れた林檎というより、今はてらてらと輝く血に塗れた唇に見える。我ながら恐ろしい。この姿は嫌味を言っているのが似合っている。
────似合っているのだったらその通りにしよう。我慢ばかりしているのはストレスで胃に穴が空く。
香水のキツいババア共にも、腹周りの脂肪が目立つジジイ共にも罵られたら罵り返してやろう。
「では後日、婚約パーティーを開催しよう」お父様のこの言葉で今回はお開きになった。
ドレスを新調したり、メニュー決めしたりとバタバタ忙しくしている間にいつの間にか婚約パーティー当日になっていた。
皆からいつも通り
「相変わらずお美しいですね。ご婚約おめでとうございます」
賛美の言葉。そしてお母様とお父様が他の人を相手している間にこそっと
「ふん。性格が歪んでいるんだろう、どうせ。性格の悪そうな顔だ。可哀相に父上にも母上にも似なかったんだな。あはは」
と言って私を嘲けた。
「貴方にその言葉をそっくりお返し致しますわ。一度その顔を鏡に映すがよいですわ。そうすれば貴方の醜い顔がよくわかりますわよ? あと、そのはち切れんばかりに膨れたお腹をどうにかしないと体に毒ですわ。ダイエットを早くなさることをオススメ致しますわ」
にやりと笑って言えばジジイ、いえお腹が少し気になるオジサマは顔を青くさせて早足で逃げていった。
「今、凄く怖い顔だったぞ」
「ええ、その通りですわぁ。きっと悪魔だって怖がって逃げてしまうわよねぇ」
え? そんなに怖い顔していたの??
「あくま!?……こわいよ……母様、父様帰ってもいい?」
そう言ってぐずるアンソニーに帰っていいわけないでしょう!! キツく王妃は言った。
2センチ程のヒールで王子であるアンソニーの足を思いっきり踏む。勿論、王様にも王妃様にもばれないように。もし、ばれてしまっても実質、両親の方が王や王妃よりも上である。王妃は姉であるお母様に逆らえないし、王は友人である父親に逆らえない。これは周囲承知だ。
「お黙りなさい。泣き言しか言えないんですの?」
ぴしりとアンソニーは固まって、終わるまで一言も話せなかったらしい。私は他の人の相手をしていて忙しかったから知らなかったけど、お母様が楽しそうに教えてくれた。
あっという間に月日たち、私は高校生となった。
キツめだが、整った顔立ち、そして運動神経に勉学、そして伯爵という位から学年での最高位を与えられた。勉学といっても日本よりもずっと簡単なのである。中学の勉強が体積の計算などの小学生がやるような問題を解くのだ。高校生まで生きた私には楽勝だ。
「綾瀬愛海です。よろしくね!」
新しいクラスで初めて声をかけてくれたのは綾瀬愛海という子らしい。
「私はアンナ・ブリーデンですわ。ひょっとして召喚されたという……勇者様ですの?」
ついこの間、と言っても二カ月前であるが勇者が召喚されたという噂を耳にした。綾瀬愛海という名前に聞き覚えがあるなと以前から思っていた。きっと香織の頃、どこかで会ったことがある人だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
“異世界召喚された乙女”という乙ゲーだったようである。私はゲームはやらなかったが、アニメ化していたのでアニメを見ていた。
虐待を受けていた綾瀬愛海。この世界を抜け出したい、そう強く思った時足元に金に輝く魔法陣が現れ、吸い込まれてしまった。そして王に魔王を倒し、世界を救うように言われる。それを了承し魔王を倒す旅に出る前に勉強をする為に学校に通う。そこで気に入らないという理由でアンナに虐められてしまう。王子や他の攻略メンバーなどに助けられながらも学校を卒業し、やっと魔王を倒しに行き、皆の力を合わせて魔王を倒す。その後アニメでは王子と、ゲームでは攻略した人と結婚して幸せに暮らすというお話である。
「勇者だなんて自分で言うのは恥ずかしいのですが……」
顔を恥ずかしそうに赤らめ、黒くて少し癖っ毛な髪の毛を指先でくるくると遊ばせていた。
そんな姿がなんとも愛らしく、黒い瞳に黒い髪が懐かしく涙が出そうになる。
ガラガラガラガラッっと荒々しい音がしたと思ったら王子が駆け足で来た。
暇だから来た。何か面白い事をしろ! と言う王子は見た目は格好いいのに中身が幼稚で自己中であり、残念な男だ。
「さっさと御自分の教室にお戻りなさい。こんなに騒がしくしているのはアンソニー様だけですわ。周りを見ることをお勧め致しますわ。その目は飾り物ですの? ─────この糞王子が」
そう言ってひと睨みすれば怯えた子犬のように体をふるふると震わせて私から逃げるようにしてドアまで小走りする。
「わ、悪かったよっ!! そんなに怒るなよ─────ひっ。 ごめんなさいっアンナ様ぁぁぁぁああ!!!」
悪役の侯爵令嬢である私はアニメでは愛海ちゃんを虐めていたけれど、か可愛いから私は愛でていたい。それに私は王子の教育で忙しい。
教育というより虐めに近いかもしれないけれど……。
私はアニメとは違い、ヒロインではなくヒーローを虐めています。