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王国再興コンサルティング  作者: 三波
第一章 セトとエリノア
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4.異邦人は帰れない

 次の日の朝。

 日が十分に昇っているのを見て、俺はゆっくりと体を起こした。

 一晩寝たことで、もちろん昨日の疑問が解決したわけではないけれど、それでもなんとなく頭の中がスッキリとした気がする。睡眠って大事だなぁ。


 ぐるりと室内を見渡してみれば、当然のように昨日と同じ内装の昨日と同じ部屋である。家具はどれも豪奢で立派でお高そう。目利きのできない俺には分からないけれど、この部屋の中にある家具を売れば新築の家が一棟くらい建ちそうだ。

 ここは、どう見ても日本の病院ではない。ついでに言えば俺の部屋でもない。

 昨日のことは夢ではなかったのだと、俺は盛大に項垂れた。


 ふとサイドボードを見ると、そこには未使用のたらいと水差し、ジゼルを呼び出すための呼び鈴が置いてあった。

 壁際のチェストの上にあったはずの呼び鈴がここにあるということは、俺が寝ているうちにジゼルが部屋に入ったのかもしれない。

 水差しを手に取り、中の水をあるだけ飲む。寝たきり状態から無事に目が覚めたのだから、ランプみたいな水差しではなくカップか何かが欲しいところだ。


「ふー……」


 深呼吸。睡眠をとったことで気分もずいぶん落ち着いた。

 呼び鈴を慣らすと、昨晩の言葉どおり部屋の外で待機していたらしいジゼルから「はい」と声が返ったので、俺は彼女に「エリノアと話がしたいんですが、呼んできてもらえませんか」と言った。


 まず、俺の身にいったい何が起こっているのか、それを確認したかったので。



 瀬戸亮輔、二十八歳。男。出身地はチキュウ国のニホン町。

 チキュウ国はエリノアの言うところの「魔術」が盛んではなく、おそらくエメラルディア王国とはまったく異なる文化を持っている。

 ある日、とある用事のために国境付近の街道を歩いていたところ、見たこともない獣に襲われた。非常に獰猛な獣で、頭に噛み付かれたところまでは覚えているが、その後の記憶はない。

 おそらくエリノアの言った「転移構成を持った陰獣」に襲われたことで、このエメラルディア王国に転移してしまった。

 チキュウ国に帰りたいが、どうやって帰ればいいのかよく分からないし、魔術についても知識がないので、よければ色々と教えてもらえないだろうか。


 というのが、朝に目覚めてからエリノアが部屋にやって来るまでの約三十分の間に考えた「設定」である。

 まあ、大きな嘘はついていない。地球は国ではないし、日本も町ではないけれど、その辺は誤差の範囲だ。知らない間にこの世界に転移した理由はそもそも判明していないので、エリノアの言う「転移構成を持った陰獣」とやらに罪をなすりつけて誤魔化した。それで納得してもらえるのなら、まずは問題ないだろう。


 そんな感じのことを優雅に微笑むエリノアに語ってみたところ、彼女はずいぶんと感じ入ってくれたというか、俺にたいそう同情してくれたようで、「そんなことが……」と言って悲痛に顔を歪めた。


「まあ、昨日は起きたばっかりで混乱しましたけど、今はわりと落ち着きました」

「お話は分かりました。そんな大変なことがあれば混乱されて当然です。……本当に、ご無事でよかったですね」

「個人的には、痛いと感じる前に気絶した……というか、死んだと思ったんで。大変だった自覚はないんですけど、やっぱ相当にひどい怪我だったんですかね」


 ベッドの傍らに座るエリノアは、俺の質問に真剣な表情で頷く。そして「エリノアの宮の中庭に血まみれでぶっ倒れていた」という当時の俺の怪我の内容を、これでもかというほど事細かに話して聞かせてくれた。

 ……うん、俺、よく生きてたなぁ。

 そう思うほどには重症でグロッキーで粉砕系の怪我だった。むしろなんで無事だったのかと疑問に思う。


「セトの怪我は通常の治療では治せないものでした。陰獣はたくさんいるわけではありませんので、出会ってしまったのは不運ですが、……転移先が私の宮で本当によかった。あれは私にしか治せない怪我です」

「治癒秘術……でしたっけ」

「はい。この世界で私だけが持っている秘術です。とは言え、セトの故郷のチキュウ国は私も知らない国ですから、そちらに赴けば私以外にも使い手はいるのかもしれませんが」

「いや、俺の知っているかぎり、魔術とか秘術とかは見たことないです」

「では、やはり私が世界で唯一の使い手なのかもしれませんね」


 そう言って笑うエリノアは少しばかり誇らしげだ。

 なんとなく俺も嬉しくなって笑い返すと、エリノアは照れくさそうに指先で髪を梳いた。


「魔術や秘術についてもお話いたしましょうか。セトはあまり魔術に明るくないようですし」

「ああ、……それも聞きたいことではあるんですけど」


 ふい、と視線を逸らして、言葉を濁す。

 魔術や秘術についても聞いてみたい。地球にはないそれらについて、あれこれと質問してみたい。

 でも、優先度を考えるなら、それより先に聞かなければならないことがある。


「では、チキュウ国への帰り方、でしょうか?」


 エリノアの言葉に、俺は頷く。的確すぎてぐうの根も出ない。

 俺がまず確認しなければならないのは、そのことだ。

 はたして、地球に帰る方法はあるのか否か。


 一瞬の静寂。

 エリノアは、やや真剣味を帯びた顔で俺を真正面から見据えると、静かな声で言った。


「陰獣の持つ転移秘術構成はランダムであると言われています。そして、転移の構成はまだその内実の解明が進んでおりません」

「……つまり?」

「どうすればチキュウ国に帰れるのか、私には分かりません」


 申し訳ありません。と言ってエリノアが座ったまま頭を下げる。彼女のせいではないのに。

 帰る方法が分からない。そう言われて、もちろん大きく落胆した。けれどその一方で、なんとなくそんな予感がしていたことも事実だった。

 俺はいわゆる、「知らない世界」にふっ飛ばされたのだ。そう簡単に帰る方法が見つかるとも思っていなかった。


 ふう、と深く息を吐き出して、俺はガリガリと頭を掻いた。大丈夫、まだ冷静だ。取り乱すほど混乱してもいない。

 俺は大人だ。社会人だ。初手がダメだったら次の手を。このくらいで挫けていたら提案勝負のコンサル屋なんて務まらない。


「……あの、お願いがあるんですけど」

「なんでしょうか?」


 意図せず、力のない声になった。

 大丈夫なんて言い聞かせているわりに、声には心境がずいぶんと現れている。情けないことだ。


 ここがどこだか分からない。元の世界には帰れない。帰る方法が分からない。ずいぶんと四面楚歌な状況に思えるけれど、少し視点を変えてみれば、今の俺は少なくとも「最悪の状況」に在るわけではないだろう。

 だって、死んでないし。美少女に命を救われて、どうやら寝床も提供してもらって、たぶん気を失っている間の看病までしてもらって。

 異世界にふっ飛ばされたと思ったら海の底だった……なんて事態にならなかった分、まだ俺は運に見放されてはいない。


 というわけで。

 まずは、当面の課題から解決する方向にシフトしよう。


「帰る方法が見つかるまで働きたいんで、仕事の斡旋とかしてもらえませんか?」


 そう言うと、エリノアはもとから大きな目をさらに見開いた。

 俺の「お願い」がそんなに意外だったのか、ぽかんと口を開いて言葉を失っている。可愛い。


「いや、まあ、本当はサクッと帰れたらよかったんですけど、そうもいかないみたいなので。正直、訳の分からないことになって驚いてますけど、……この状況が夢じゃなくて現実なら、少なくとも生活していかなきゃいけないじゃないですか。だから、衣食住を確保するためにもまずは仕事を、と思ったんですけど」


 ダメですかね。そう言って頬を掻く。自分より歳下の少女に仕事の斡旋を頼む日が来るなんて思わなかったけど、現状で知り合いがエリノアしかいないので仕方ない。「他所に行って聞け」と言われたら、ハローワークの場所でも聞いて駆け込めばいいだろう。

 しかしエリノアは、どうやら本当に俺の言葉が意外だったようで、驚きを一切隠さない表情で目をぱちぱちと瞬かせている。うーん、美少女ってなにやっても可愛いな。


「……セトは、思った以上に変わった方のようです」

「そうですかね」

「はい、十七歳の女に向かって仕事をくれと言う男性を私はほかに知りません」


 え、エリノアって十七歳だったの!

 子供じゃん!


「……二十歳くらいかと思ったんで」

「そう言うセトは二十八歳には見えませんね。もっと若く見えます、それこそ二十歳くらいに」


 エリノアがころころと笑うその表情が可愛らしくて、俺もつられて小さく笑む。

 しかし二十歳に見えると言うのはいただけないな。日本人は若く見られるとはよく言うけれど、大学生並に若く見られるのはさすがにまったく嬉しくない。


「……分かりました」


 それから、俺に向かって居直ったエリノアは、いつの間にか真剣な表情をしていた。

 まっすぐと見据える碧眼がきらきらと眩しい。けれど逸らしてはいけない気がして、俺はそれを真正面から受け止めた。


「それでは、セトがエメラルディア王国で生活できるよう仕事を斡旋いたしましょう。住居に関してはこの宮をお使いください。もし他に住みたい家があればそちらに移って頂いてもかまいませんが、この宮で暮らすかぎり衣食住のご心配は不要です」

「え、いくらなんでもそれは」

「いいえ。困っている方を見捨てるなどエメラルディア家の名折れです。このくらいはさせてくださいませ」


 言いながら、エリノアが胸を張る。どうやら断らせてくれそうにないので、俺は「お世話になります」と言って頭を下げた。

 二十八歳にして十七歳の女の子の家に転がり込むとは。現代日本なら一発で御用だな。


「そういえば、十七歳でこの家に一人で住んでるってことですか?」

「はい。厳密に言えばここは別邸ですが……私はほとんどこちらの宮で生活しております」

「べ、別邸って……。エメラルディア家って貴族か何か?」

「貴族ではありませんね。王族です」

「は?」


 今度は俺が目を見開く番だ。


「改めまして、エメラルディア王国の第四王女、エリノア・エメラルディアと申します。この宮は王宮の離れにある私の別邸です」


 いたずらな笑顔。俺が驚くと分かって今まで黙っていたのだろうか。そう思うほどエリノアは楽しげだった。

 でも、結局その目論見は成功してしまっているので、俺にエリノアを非難する権利はない。


 つーか、王女様の家の一室にこんな男が転がり込んでるのは問題ないのか。あるだろ。ダメだろ!

 ……やっぱり住むところだけは別に探すべきかもしれないなぁ。


「それから、なんだか他人行儀でさびしいので、堅苦しい言葉遣いはよしてくださいませ。どうぞお気を楽に。これからこの家で暮らすのですからね」


 お姫様にタメ口なんか叩けるか!

 と思ったけど、エリノアが念を押すように「ね、お願いしますね」と言うので、俺は渋々「分かった」と言って頷いた。

 女子高生と同じ年の西洋人形系美少女に上目遣いでお願いされて断れる男なんかいねえよチクショー。


 俺の異世界ライフは前途多難である。

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