第5話 結界
俺の父親は純鬼種(本物の、何の血も混ぜさせられていない純血の鬼。単種)だった。
鬼には、人間のように、子孫の概念はなく、それらを自身と相手の良質な部分を合成された分身として認識されている。
なぜなら、鬼の子供は、10才を迎えると親の記憶を全て受け継ぎ、親の鬼は第二の人生(鬼生?)を歩む。
このとき、小鬼は親と自分の魂を持つことで、自身の魂と親の魂を戦わせ、強く生き残った方が、体を所有することになる。
希に、共存することがあり、その場合の多くは、子孫に所有権が与えられる。
エグリシャ・リハヴァイン・ナーバソル。それが彼の名前だった。
俺という存在は、人間の娘、霧亜とエグリシャの間にできた。
そのためか、エグリシャの分身は未完成で、半分鬼、半分人の魂を受け持つ個体が現れた。
エグリシャ曰く、あり得ないのだそうだ。
そもそも、異種族間に子は生まれない。
雌方が人の場合、死の危険すらあるし、鬼の場合も、生殖細胞が破壊されてしまうのだそうだ。
そして、俺が10才の時、自分自身の中にエグリシャの魂の情報が流れ込んでしまった。
しかし、人としての魂は、親の魂と争うことはなかった。
結果、俺という人の個体の中にエグリシャの魂とカナメ自身の魂が混在することになった。
子供の時は、これを大いに嫌った。しかし、今日これをいかすときが来たのだ。
『いいか、カナメ。結界には大きく2種類ある』
「2種類?」
『そうだ』
エグリシャがカナメに話しかける。
『1つは封印。もう1つは防御だ。封印の場合も防御の場合も、術者が耐えられない攻撃を受けると、簡単に破壊される。だから、封印の場合、大人数で結界を張ることが多い』
なるほどなるほど。とうなずき、俺はエグリシャの言わんとしていることがわかったとばかりに刀を構える。
『カナメ、早まるな。この場合は結界に影響返し的な何かが施されていることがある。まずはそれからだ』
カナメは刀を下ろし、結界を軽く叩く。すると、その結界に波紋が現れ、大量の数字とアルファベットが波紋の陰で揺れた。
『むむ?』
「どうかしたか、親父」
エグリシャの反応に、嫌な予感を覚えた。
『こんなものは初めて見たぞ。......そうか、これが噂の電子境界壁だな?なら、対処法は簡単だ。さっきのあれを見るに、影響返しの類いは施されていない。カナメ、ちょっと体代われ。俺が超荷電粒子砲でぶち抜く』
補足すると、エグリシャは物理学者でありながら全ての魔術を扱うことができるただ一人のイレギュラーという能力を世界樹からかっさらってきたやつなのだ。
奴ならこれを本気でやりかねない。
「荷電粒子の慣性質量と衝撃波と熱でここ一帯が焼け野はらになるわ!!あれは空に向かって撃つものなんだよ、普通は!!」
やっぱり、親に頼むのが間違っていた。こいつがマッドサイエンティストみたいなやつだということをなぜ忘れるか...。
『だったら、どうやってそこを通る?俺なら他に超新星的爆撃砲とか釈迦如来とか核融合式核爆弾とか...』
「親父は過激すぎるんだよ!!第一、そんなものをこれ壊すのに使う必要あるか?!」
超新星的爆撃砲とは、超新星が発生する際に生じる爆発と同じ威力、規模の爆発を引き起こし、周囲の惑星をブラックホール、または中性子星へ変貌させるオーバーキル過ぎる魔法だ。第一、そんなものを使えば、自分も滅びる。
釈迦如来は、大量の電子を一点に集めて亜光速で拡散させる魔法だ。その特性ゆえか、相手の体内から発動させることも可能だが、飛び散った電子に当たれば即死だ。使えない。
核融合式核爆弾とは、空気中の分子を加速させ、核融合を起こし、そのエネルギーで攻撃したり、結果的に生まれた液体金属で津波的なことを起こしたりする魔法だ。そもそも、最初に出現するエネルギーでここら一帯は確実に滅ぶ。
『かっこいいとおもうんだがな...派手な技でこう、グワーッとだな...』
「もういい。親父に頼った俺が悪かった」
『わかればよろしい』
なぜに上から目線...親だけど、なんかそう言いたくなる。正直うざい。
俺はもう破壊すればそれでいいらしいエグリシャの意見により、見事、刀の一振りで結界を切り裂き、先に進んだのであった。
今までのやり取りは一体なんだったのか。
今になって思えば簡単な事なのであった。
そうして俺は、結界の先に現れた階段をかつかつと音をたてて登っていった。