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世界最強は乙女チック魔王の部下でした?

 どこかの世界のお城。


「だー‼︎ 勇者の奴がまた来た!」


 絹のような赤い、美しい髪を掻き回しながら、一人の女が叫ぶ。


「ちょっと、魔王様。テーブルを叩かないでください。お茶が零れますから」


魔王と呼ばれた女を宥めるは、メイド服を着たメガネの女。


「部下よ! お主は勇者のことをなんとも思わんのか‼︎」

「思いますよ。よくもまぁ、毎日毎日。ご苦労なことだとは思いますよ」


 古に封印されていた魔王が世界を掌握しようと長い眠りから覚めた。魔王率いる軍は破竹の勢いで進軍した。

強靭で屈強な魔物を引き連れ、各国を攻め滅ぼし、人間を恐怖のどん底に陥し入れ、世界を征服……したかのように思われた。


 そう、勇者が現れるまでは。


 光の精霊から洗礼を受け、人間離れした超人的な力を持った者が現れ、勇者と名乗った。勇者が剣を振り下ろせば海が割れ、魔法を放てば山が消滅したなんていう報告もあった。

 そんな勇者が先陣を切った人間軍は、それまでの苦戦が嘘のように奪われた領地を取り返していった。


「どうして我が軍はそう簡単に負けてしまったのだ! あいつら真面目に仕事しておったのか⁉︎」

「いや、そもそも交尾のことしか考える能しかないオークに部隊長を任せたのが間違いだったのでは?」

「そ、それは人数不足だったから……仕方のないことだったのだ」

「まぁ、天下の魔王軍もハリボテですからね。この城も中古だったものを値切って格安で手に入れましたし」

「それは言うな。威厳がなくなってしまうだろう」

「そんなことよりも、さっさと勇者をどうにかしません? 門番から救援要請来てますけど」

「またあれじゃろ?」

「はい、あれです」


 頭を抱えた魔王が憂鬱そうに部屋の窓から城門を見ると、そこにあるのは山盛りの花束。

 全部真っ赤なバラだった。


「よくも飽きずに持ってきますよね」

「本当にそうじゃな」

「花って頑張っても三日くらいしかもたないんですよね。よく花を買う金が溢れ出せますよね。バラの値段が高騰したら間違いなく勇者のせいです。魔王様、さっさとどうにかしてください」

「投げやりじゃな。はぁ、どうして魔王が勇者からの求婚に怯えなきゃならんのじゃ」


 ことの始まりは一ヶ月前、勇者一行が魔王城に攻めてきたことから始まった。

 前から入念に考えられていたのだろう。夜の警戒が薄まった時間に勇者たちが闇討ちをしてきた。

 対応が後手に回った魔王軍は勇者の仲間たちに足止めされ、魔王の元へ駆けつけることができなかった。

 その結果、勇者はやすやすと魔王の部屋に侵入することができ、そこで出会った。



 入浴途中で真っ裸の魔王と。



 お互いに状況を飲み込むのに少しだけ間があった。

 しかし次の瞬間には、『いやぁああああああああああああああっ‼︎』という絶叫と共に過去最高にまで高まった魔王の魔力を伴った拳に反応できず、星となって魔王城から追い出された。


 そこからだ。勇者がおかしくなったのは。

 翌日からたった一人で最寄りの街から魔王城に攻め入り、城門を突破せずに花束とカードだけを置いて帰るのだ。

 もちろん、魔王の部屋に向かって満面の笑みで手を振ることも忘れない。


「魔王様は魅力的ですからね。お顔といい肉づきといい」

「えらく生々しい表現を使うな。……しかし、魔界ではほとんど求婚なんてされなかったんだがな」

「そりゃあ、魔界の王様ですからね。寄ってくるのは権力に飢えた魔界貴族だけですし。まぁ、魔王というのは魂の質で決まりますし、魔王様と結婚したところで次期魔王になれるわけでもないですからね」

「夢も希望もねぇー」

「夢と希望って魔王から出る言葉じゃないですけどね。ちなみに魔王様は結婚というのにどんなイメージを持ってます?」

「そうじゃな……」


 以下妄想。


「ただいま魔王」

「お帰りなさいませなのじゃ、ア・ナ・タ」

「ふふっ。魔王はいつでも綺麗だな」

「おだてても何もでぬぞ。もう!」

「お世辞じゃないよ。君は永遠に僕だけのものさ」

「ちょっと、子供たちが寝ておるのじゃ……」

「大丈夫……かな? 今日の僕は魔王が可愛すぎてオークキングよりも暴れん坊さ」

「……んっ。んんっ! ら、らめぇえええええ‼︎」





 パンッ‼︎




「おわっ⁉︎ な、何するんじゃ‼︎」

「いや、魔王様がいきなり顔を赤らめて体をくねくねとよじるので、見るのが辛くて」

「そんなに……じゃったか?」

「魔王ファンが幻滅するくらいには」

「ほ、ほほう」


 わかりやすく肩を落とす魔王。


「落ち込まないで魔王様。私はいつまでも魔王様の味方ですから」

「部下……」

「雇用契約時期が終わるまでは」

「スゴッーーーー!」


 芸人顔負けのコケ芸を披露する魔界の王様。

 ちなみに部下との契約期間は来年の春までである。現在、夏。


「あと半年ではないか!」

「言っときますけど、期限が来たら田舎に帰らせて頂きます。うち、実家が農家なので田植えの人手が足りないんです」

「理由が切実すぎるのじゃ!」

「なので、それまでには魔王様も身を固めて頂くと安心して辞めれます」

「じゃが、相手なんてどこにも……っ⁉︎ まさか、勇者と結婚しろと⁉︎」

「さっきも言いましたけどね。ぶっちゃけ、こんだけ好かれてるからいいじゃないですか」

「な、何を言っておる‼︎ 魔王と勇者じゃぞ⁉︎ 水と油を合わせるようなものじゃぞ⁉︎ 天敵同士じゃぞ⁉︎」

「いいじゃないですか。ちなみに水と油に石鹸なんかを入れると乳化して混ざるっぽいですよ。なんかの雑誌で見ました」

「へぇ〜、それは初めて知ったぞ。今度時間があったら実験……じゃなくて! どうして魔王が勇者と結婚せねばならんのじゃ‼︎‼︎」


 ノリツッコミしながら机をバシバシ叩く魔王。

 しかし、魔界の技術をフルに活用した机にはヒビ一つ入らないのだ! あっ、壊れた。


「天敵同士だからですよ。魔物の頂点と人間の頂点同士が結構すれば釣り合いますし。収入に関しては王と勇者は国からお金をもらう公務員ですから安心です。人望も厚いですし。本当に結婚したらかなりのニュースになって大物女優扱いですよ」


 それに、と言って部下は続ける。


「一番いがみ合っていた二人が結ばれれば長年続くこの戦争を終わらせることができます」

「っ⁉︎」


 十年近く続く魔王軍と人類の戦い。

 最初は周りに担がれて、泥沼からスタートした進軍。

 ならばさっさと終戦しようとしたところで人類が一致団結して蜂起。

 さらに勇者が加わり戦争は激化。

 一部の魔界貴族の中には関係のない一般市民を徴兵しようとする動きもある。

 そんな混沌とした戦争を終わらせれる?


「じゃが、それは」

「反対の声も出るでしょうね。でも、それらを押し込めて戦争を終わらせることも王の仕事ですよ。そのためなら私たち部下は命をかけてお使えいたします」

「部下……お主って奴は……」

「あと、私は知ってるんですよ。毎日花束とともに送られてくるこっぱずかしい胸やけするような内容のメッセージカードを捨てるフリをしながら大切そうに部屋に持ち帰って、ニヤニヤしながらそれを読んで悶える魔王様を」

「お主って奴は本当に嫌な奴じゃな‼︎‼︎」

「嫌よ嫌よも好きのうち、って言いますからね。反応見てれば分かりますよ。それと、バラの一部を枯れないように魔力を込めて庭に埋めるのやめてください。魔力の量が尋常じゃなくてジャングルになってますから」

「そこまで知っておったのか‼︎」

「あと、下着を洗うのが大変なのでさっさと勇者に抱かれてください」

「うにゃあああああああああああっ‼︎‼︎」


 乙女の秘密を知られた恥ずかしさで顔から物理的に湯気を出しながら奇声をあげる魔王。

 同時に放出された魔力でガラスの窓が割れた。


「お、落ち着いて魔王様! 私が悪かったですから魔力を出さないで‼︎ この城、中古だから壊れちゃいます‼︎‼︎」


 次第に魔力の渦が収まり、浮いていた紙の束や椅子、本棚が自然落下した。


「……はー、はー。もう今日は寝る! 部屋から出て行け‼︎」


「わかりました。では、失礼しました」


 これ以上からかうと命の危険もあるので、部下は大人しく部屋を後にした。




 ♦︎




 翌朝。


「魔王様、失礼します」


 一晩経って部下が再び魔王の部屋に足を運んだ。

 すると、そこにはいつもと違う見慣れない魔王がいた。


「魔王様、いったいどうなされたのですか?」


 いつも効率優先のためにまとめられていた髪は丁寧にくしで梳かしてあるのか艶を放ち、化粧がしてあるのかほんのり赤い頬。

 質素で簡素な服や戦闘用の鎧ではなく、女性としての武器を強調するようなきらびやかなドレス。

 そして、覚悟を決めた瞳。

 その姿は同性である部下をも魅了した。


「ま、魔王様!まさか……」

「一晩悩んで決断した。妾はこれより、人生をかけた勇者との戦闘に挑む。異論はないな」

「ははっ。この私、一ヶ月前からどれほどこの結論を待ちわびたか……。全力で魔王様をサポートさせていただきます‼︎」

「うむ。では、行こうか」



 ♦︎



「勇者が来たぞー‼︎」

「今日こそは返り討ちにしてくれる!」


 城門の門番たちはいつものようにやる気を出していた。というのも、ここ最近になって憎き宿敵の勇者が毎日やって来るのだ。

 勇者はおちょくっているのかわからないが、門番を誰も殺さない。せいぜい数日動けなくなるだけのダメージを与えるだけだった。それがまた門番たちのプライドを傷つけた。あの手この手で作戦を考え、迎撃を試みるが、決まって全員地にひれ伏してバラの花束だけが残されていた。


「弓兵、撃てー!」


 指揮官の合図とともに矢の雨が降るが、勇者が魔法を唱えるだけで全て弾かれてしまう。

 このままいつものようにバラの花束を投げ入れられてしまうのか?

 門番たちがそう考えた時だった。門が開いたのは。


「攻撃中止! 魔王様のご登場だ‼︎」


 魔王軍の中でNo.2の部下が現れ、場が静まり返る。そして、ゆっくりと魔王本人が現れた。


「皆の者、ここは妾に任せて皆は城の中で待機じゃ!」


 突然の魔王の指示に門番たちは混乱するが、相手は自分たちが仕える王。

 当然逆らえることは出来ずに皆が納得いかないという面持ちで門の内側へと入っていく。


「魔王様は、大丈夫なんですかねぇ?」

「儂は心配じゃな」

「フガフガフーガ(俺もだ)」


 口々に不安の声を口に出す門番たちに、部下は指示を出した。


「城内にあるだけの大砲の準備と、爆裂魔法の用意をしておきなさい。合図は私が出します」


 そして、部下と魔王と勇者を残し、門番たちは城の中へと消えて行った。













 数分後、割れんばかりの歓声と祝砲が空を震わせた。








 ♦︎



「そこ、まだまだダメですね。このままじゃあ日が暮れますよ」

「あぁ、わかってるけどイマイチね、コツが……」

「何を腑抜けたことを言っているんですか? それでも勇者ですか?」

「あぁ〜、部下よ。勇者をあまり責めないでやってくれないか?」

「嫌ですよ魔王様。いくら魔王様の旦那とはいえ、こっちには生活がかかってるんですからね‼︎」


 農婦の格好をした部下が憤慨した。

 あれから一年半。契約期間を終えた部下は魔王軍を辞め、一農家の一人として暮らしている。

 魔王と勇者の結婚という歴史的事件のせいで残り半年の雇用を一年延長させられ、こうして農家として初めての田植えをしている。

 勇者と魔王は部下に迷惑をかけたお詫びとして田植えを手伝うことになっていた。

 実際は椅子に腰かけて本を読む魔王と泥だらけになって作業する勇者に分かれている。


「それに、勇者には魔王様の分も働いてもらわないといけません」

「それは……すまんな」


 大きくなりつつあるお腹をさすりながら魔王が頭を下げた。予定では次の季節くらいには産声が聞けるらしい。


「いいんだよ魔王。初めての農作業だけど結構楽しいんだ」

「いいご身分ですね。こちらは生活がかかってるのに」

「いや、今のは言葉の綾というか、なんというか……」

「まぁ、いいですけど。ただ、明日も作業があるので夜もほどほどにしておいてくださいね」


 そこまで言って、空気が固まった。


「ぶ、部下よ……。何のことを」

「そ、そうさ。いったい何を」

「私の家は壁が薄いんです。お二人の夜の営みだと屋敷全体に……。なんなら録音してありますので、聞きます?」


「「うにゃああああああああああ‼︎」」


 田んぼに魔王と勇者の絶叫が木霊した。

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