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「――つまり、あそこで立ち止まって悩んでる間に、地面の下の氷が広がってたわけね。
どおりでなんか冷えると思った」
コルドの解説に、ルイは腕を組んで眉を寄せた。
少し進んだ道の中央に場所を移し、二人ずつ向かい合うような形での立ち話。
つい先ほどまでいたところは、コルドの術のせいで細かい氷が散らばっており、見ているだけでも肌寒いということで移動したのだ。
因みに、ルイの服はシンの術で元通りになっている。コルドも上着を返してもらい、いつもの服装だ。
「体温が下がると動きも鈍りますから。薄着の貴女には有効的でしょう?」
コルドが言って、にこりと微笑む。
ルイは引きつった笑みを浮かべ、
「そこまで計算ずくかぁー……そりゃ勝てないわ」
手を上げて降参を表す。
コルドが術を使っていたことについて、ルイは当然抗議したのだが、
『先ほども言いましたが……貴女に向けて、使ったわけではありません。
確かに、シキに妖魔を誘導させたり、砕けるまでの時間を引き延ばしたり、地面の下まで凍るよう細工はしました。
――ですが、それらはあくまで事前に仕掛けておいたものです。それ以降、僕は手を加えていません』
というコルドの言葉と、
『形としては、ルイが自分から引っ掛かりに行ったことになるからね。
だからルール違反にはならないよ。それにルイ、さっき承諾してたでしょ?』
というシンのフォローであっさり納得した。
「でも、手荒なことをしてすみませんでした。いくら勝つためとはいえ……」
体を冷やすことは健康にも悪いし、風邪を引きかねない。
自分が立てた作戦だからこそ、申し訳ないと謝るコルドに、ルイはニッと笑ってみせ、
「なーに謝ってんのよ。勝負なんだから、そんなの気にしなくていいの。
全力を尽くして当り前――でしょ?」
「そうだぞコルド」
コルドの左横から、明るい口調でシキが口を挟む。
「手を抜いた方が失礼だろ。な、ルイ♪」
「そうよねー。さすがシキ、分かってるじゃない♪」
にこにこ笑顔で向き合うシキとルイ。どうやらこの二人、かなり気が合うようだ。
「ですが……」
なおも謝ろうとするコルドに、ルイは小さく肩をすくめてジト目を向け、
「だーかーらー、謝るなっての。意外と気のちっさい男ねぇー……」
「意外でもないぜ。コルドは神経質だし、人見知り激しいし」
「シキ、余計なこと言わないでくれない? それに人見知りは関係ないでしょ」
笑顔のままで補足説明するシキに、冷静にツッコミを入れるコルド。
因みに、ルイの左横で完全に背景と化しているシンは、小さく微笑み、黙って三人のやり取りを眺めている。
ルイはコルドにからかうような笑みを向け、
「へー、人見知りなんだ?」
そう聞くと、コルドの頬がわずかに引きつり、しばし考えるような間を開け、こほんっ、と咳払いをひとつ。
「……そ……その話はほら……この件には関係ないですよ。
それよりは、今後のことを話しませんか?」
どこかぎこちない笑顔を浮かべ、必死に話題を逸らそうとするコルド。
もっとからかって楽しみたいと思うルイだが、
(これから一緒に旅する仲間だもんねぇ……。からかいすぎて嫌われたくないし)
そう考えて素直に引き下がり、そうね、と肯定の言葉を返す。
ルイは左手を腰に当て、
「じゃ、改めて――負けたからには歓迎するわ」
「よろしくね、二人とも」
シンは爽やかに微笑んで言った。
「こちらこそよろしく!」
「よろしくお願いします」
シキは元気に返事をし、コルドはぺこりと小さく会釈。
ルイはうむ、と満足げに頷き、
「そうそう。一緒に旅するなら、私の戦闘スタイルと"特性"を教えておかないとね」
「とくせい……ってなんだっけ?」
シキが不思議そうに首を傾げた。
その一言に、コルドの眉がピクリとはねる。静かにため息ひとつ吐き、ぼそりと呟く。
「今までに六回は教えたんだけどな……」
「なんか言った?」
何気ない顔で尋ねるシキに、コルドは完全に呆れた目を向け、別に、と返した。
(まぁ、このままじゃ話進まないだろうし……仕方ない)
そう考えて説明をする。
「術と特性には、基本形である『火炎系』『風系』『水系』『雷撃系』『地系』の五種類と、それ以外の『特殊系』があるのは知ってるでしょ?」
「うん」
「その中で、どの系統の術が使えるのかを、簡単に言い表したのが特性だよ。術師は自分の特性に合った術しか使えないからね。
例えば、特性が火なら火炎系の術だけが使えて、水なら水系のみってこと。
中には二種以上の術が使える特性もあって、例えば嵐とか音とか、一言で何系なのか判別できない場合がこれね。主となる基本系が一つあって、それに近い系統の術が、多少の威力は劣るけど少し使えるって感じ。
もし特性が嵐なら、基本形は雷撃系で、他に水系と風系も使えるってことだよ」
「うんうん」
「ほとんどの特性は基本形に分類されるんだけど、極稀に特殊系の特性を持つ人がいるらしいね。まぁ、僕たちの特性は基本形だし、特殊系の術も使えないからこれは関係ないけど。一応知識として覚えておくといいんじゃないかな。
因みに、術にはもう一つ『補助系』という系統があるけど、これだけは特性とは全く関係無くて、相性が合えば使えるってことは……さすがに覚えてるよね?」
コルドの問いに、シキはしばし考えて、
「えーっと……補助系の術って、回復とか物質召喚のこと……だよな?」
「おー、よく覚えてたねー。えらいえらい」
乾いた笑みを浮かべ、ほぼ棒読みで言うコルド。
シキは不満げに眉を寄せ、
「お前……バカにしてるだろ」
「当たり前でしょ。これ教えるの七回目なんだから」
はっきりと真顔で返された言葉に、さすがに負い目を感じたか、
「……悪かったよ」
苦笑いを浮かべて素直に謝った。
「しっかし……やたらと詳しいわね、コルド。特殊系まで知ってるなんて」
感心したようにルイが言う。
コルドはすいっと目を向け、にこっと笑った。
「旅に出る前にいろいろ調べましたから」
「ふーん……。まぁ、そんなことより話を戻しましょう」
どうでもよさそうにあっさり流すルイに、コルドの笑みがわずかに引きつる。
(……ルイさんから言ってきたのに……)
繊細なコルドは少しだけ傷付いた。
それに構わず、マイペースで話を続けるルイ。
「で、見せたからわかると思うけど、私は基本的に銃火器中心で戦ってんの。
特性は"風"で、普通に強力な術も使えるんだけど、雑魚戦じゃあほとんど使わないから、あんまり見る機会ないかもね。
――あんたたちは?」
ルイが促し、シキがやや困ったような顔でコルドを見つめる。
コルドは一度シキを一瞥し、すぐに視線をルイに戻した。
「僕の特性は"氷"です。戦法は術中心ですが、接近戦用に槍も使います。
それで、シキのことですが……自分の特性もわからないそうなんですよ。使えるのは火炎系だけなので、それ関係なのは確かですが……」
「……は?」
その言葉に、ルイはおもいっきり訝しげな顔をした。
じーっとシキを見つめ、顎に手を当てしばし考え、
「術使えるようになった時に、こう……パッて感じでわからなかった?
自分の特性だけはそれでわかるはずなんだけど……」
ルイの問いに、シキはふるふると左右に首を振った。
ルイはふむ、とつぶやき、視線はシキに向けたまま、
「シン様」
と呼びかける。それだけで意図を読み取り、シンは、うん、と答えてにっこり微笑んだ。
視線をシキに移し、迷いなく告げる。
「シキの特性は"炎"だよ」
「……わかるんですか?」
不思議そうにコルドが尋ねた。
自分が何の特性か、というのは自分でしか知り得ないという。
なぜなら、特性というのは生まれ持った魂の形を言葉で表したものだからだ。普通の人間は魂の形を自覚することはできないが、通力を持った魂の所持者であれば、通力を自覚すると同時にその形を自然と理解し、自分の特性を知ることが出来るらしい。
書物から知識を得ただけなので、その仕組みはコルドにはわからないが、これらの情報が誤りでないことは、自分の特性を"何故か"知ったことからわかる。
シンはにっこり笑い、
「私には魂が見えるからね。肉体に宿っていても、霊体のままでも。
だから、それがどんな形をしているのかはすぐにわかるよ」
「へー……やっぱすげーな、神様って」
シキが心底感心したように言い、ふと気づいたように自分とコルドを順に指差しつつ、
「つまり、俺の魂は火の形してて、コルドは氷の形してるってことだよな。
だったらさぁ、コルドの氷ってどんな形してんの? 石みたいな感じ?」
「んー……」
その問いに、シンはしばし考えて、
「シキが考えているのとは少し違うかな……
確かに魂の形は個々で異なるんだけど、全部青い火の玉みたいな形なの。
その模様というか、全体的な雰囲気が違っていて……それが魂の形を表しているんだよ」
なるべくわかりやすくしたつもりの説明だったが、やはりシキにはわからなかったようで、首を傾げてハテナマークを浮かべている。
シンはそれを見て取ると、わずかに笑みを引きつらせ、視線を逸らした。
「……まぁ、そういうのはわからなくても大丈夫だよ」
(諦めたっ!?)
コルドは思わず心の中でツッコんだ。意外そうな目でシンを見やり、
(神様ってくらいだから、もっと気難しい感じかと思ったけど……そうでもないのかな)
そう考えている間に、シキが『わかった!』と無邪気に返事をしていた。