表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの遠い空に ~The world is not one~  作者: karuno104
第2話 「試験」
8/11

「ふーん……そうきたか」


 道の左右に立ち並ぶ背の高い木を眺め歩きつつ、ルイが楽しげに言った。

 その左後ろで、シンがふふっと笑う。


「結構上手いね、気配消すの」

「少し、甘く見過ぎたようです。有能そうなコルドは別として、アホ丸出しのシキでさえ、感知できなくなるなんて……

 でも、そうしてきたってことは、コルドがやる気を出したみたいですね」

「んー……やっぱり渡しておけば良かったかな。もう一本」


 その言葉に、ルイは心底嫌そうな顔で後ろを見やり、


「えぇ~……止めてくださいよぉー……

 作戦立ててきたってことは、どー考えても頭脳戦になるじゃないですか。

 それだけでも私が不利になるってのに、これ以上のハンデは無理ですよ」

「苦手だもんね、そういうの」

「苦手じゃないです。あんま得意じゃないってだけです」


 拗ねた子供みたいな口振りのルイに、シンは爽やかにくすくす笑った。


「まぁ、とにかく――」


 ルイは話を変えることにし、再び前に向き直る。


「あいつらが何を仕掛けてくるか、お手並み拝見ですね」



 **



 シキが走る。気配を悟られぬよう慎重に、けれど出来るだけ疾く。

 木々の合間を擦り抜けて、目的の場所までまっすぐ向かう。

 所々で幅の変わる道の、なるべく広い場所に出る。

 コルドは道の中心に立ち、茂みから音も無く飛び出してきたシキを見やり――

 その背後から迫り来るモノたちを眺め、薄く笑った。



 **



「うっわ……」


 目の前に広がる光景に、ルイは思わず顔をしかめた。

 道の上に立ち並ぶ突起型の氷像。自分の背丈より倍高いその像は、道の端から端、あるいは木々の間にまで乱雑に散りばめられていた。その一本一本の間は、人一人が余裕で通れるほどの隙間があるが、幾重にも重なった配置のせいで、道の先まで見通すことは出来ない。簡単な迷路になっている、と言ったほうが分かりやすいだろう。


 もしそれらがただの氷の塊だったなら、周りの木々と相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していたかもしれない。しかし、うっすらとだが中身が見えているために、どちらかと言えば悪趣味な代物になってしまっていた。それぞれ姿勢が違う、悪鬼やグールたちのせいで。

 一通り見回して、ルイが嫌そうに呟く。


「何これ……?」

「見た通りですよ」


 声は左上から聞こえた。

 反射的に見上げたその先には、そこそこ高い位置にある太い枝の上に、器用にも片膝立ててしゃがみ込み、にっこり笑うコルドの姿。

 ルイは小さく息をつき、


「何をやってくるかと思えば……

 ――言ったはずよ。術の使用は禁止だって」

「それはわかっていますよ。誤解しないでください。

 僕は妖魔を倒すために術を使っただけですから。ルール上、問題は無いでしょう?」

「……そうね」


 あっさりと正論で言い返され、少々不本意だが素直に認める。

 因みに、シンはいつの間にかルイと距離を取っており、そこそこ離れた後ろの方で事の成り行きを黙って見守っていた。

 ルイはちらりと氷像を一瞥し、再びコルドに向いてにやりと笑う。


「で? どー見ても怪しいこの間を通って行け――なんて言うつもり?」

「まさか。どこを通るかなんて、貴女たちの自由なんですよ?

 僕が指示しても意味が無いでしょう。そんな無駄なことはしませんよ」


 嫌味のこもった言葉にも、表情一つ変えずに答えるコルド。

 ルイは内心、穏やかではなかった。


(やっぱ心理戦できたか……どうしようかな……)


 ダメ元でシキの気配を探るが――やはり見つからない。恐らく近くの、例えば氷像の後ろとかに潜んでいるとは思う。だが裏をかいて、ということもある。

 要するに、今のルイには全く見当がつかないのだ。シキの動きも、コルドの考えも。

 唯一確信を持って言えるのは、コルドがルイたちの前に姿を見せたのは陽動のため、ということだけである。


「――あぁ、一応言っておきますね。

 僕は何もしませんし、ここから動くつもりもありません。ですから、僕の事は無視してくれて構いませんよ」


 にこやかに微笑むコルドに、ルイの笑みが引きつった。


「それ、ほんとでしょうね?」

「えぇ。僕は見てるだけです」


 試しにゆさぶりをかけてみたが、やはり無駄だった。コルドの態度は自然そのもので、表情からは何も読み取れない。嘘かどうか見破ることは出来そうになかった。


(悩む要素増やしてくれちゃって……わざとらしいのよ、この腹黒)


 ――もし、今の言葉を素直に信じるなら。

 仕掛けはすでにできている。だから今から何かをする必要など無い。

 つまりはそういうことだろう。

 だとすれば――

 警戒するのはどこかにいるシキと、恐らく仕掛けられているだろう罠だけでいい。

 ルイは氷像たちに向き直り、顎に手を当て黙考する。


(普通に考えれば、シキがいるのは氷像のどこか。死角から不意打ちを狙うのが定石……

 けど、どー見ても仕掛けがあるようにしか見えないこの氷像の中を、私がバカ正直に通って行く――なんて考えるかしら……)


 ルイが導き出した可能性は三つ。

 一つはそれ。

 一つはその逆。あからさまに怪しいモノを置いておき、本命の罠を隠している。

 例えば、氷像を避けて森に入っても、そこに罠を仕掛けてある……とか。

 そして、一番可能性が高いのが三つ目。すなわち、どちらにも罠がある――ということ。


 ――だが。

 彼が、わざわざ自分たちの不利になるようなことを言うだろうか。

 今の言葉は『不安要素を少しでも減らしましょう』という意味だ。警戒すべき点を一つ減らすことが、彼らにとって有利になるとは到底思えない。

 そう考えると、今の言葉も嘘である可能性が高い。


(いやでも……)


 そうやって、ぐるぐる思考を巡らせるルイ。

 この時すでにコルドの思惑通りになっていたことなど、ルイは気付きもしないだろう。

 コルドは始めから嘘をつくつもりなどない。先ほど言った通り、ここから動く気はないし、その必要も無いと考えていた。

 もしルイがもう少し単純で、コルドの言葉をそのまま受け取っていたなら、結果は違っていただろう。少なくともその時点で、コルドは計画を変更しなければならなかった。


 しかし、今のルイの様子を見る限り、その必要はなさそうだ。彼の狙い通り、ルイは集中力を分散し、コルドにも意識を向けている。シキだけを警戒していたなら、あるいは見つけられていたかもしれないのに。

 あからさまな言葉で相手を惑わし、本命を隠すのは心理戦の上等テクニックだ。

 それはルイも考え付いたことだが、コルドはそれを何重にも張っていた。そのせいで彼女は余計な疑心を抱き、思考のループから抜け出せないでいる。

 普通に考えれば、悩む必要など全くないのだが。

 ルイがそのことに気付いたのは、さんざん悩んだ後だった。


(――そうだ)


 もしこれが単純な殺し合いなら、読み間違って罠にかかった時点でアウトだが、これはシンが提示したテストにすぎない。何でも有りではなく、お互いにだが制限付きなのだ。

 その制限の一つがあの剣。

 どう見てもコルドは手ぶらで、間違いなく剣を持つのはシキである。

 つまり、どこにどんな罠を仕掛けていようが、例えそれに引っかかろうが、結局はシキの攻撃を避けさえすればいいのだ。

 少し前でのシキとのやり取りを考えると、シキのスピードには余裕でついていける。

 自分が警戒を怠らなければ、なんとかなるだろう――そう、結論を出した。


(どーこが罠かなんて、考えてても仕方ないし……こういうときは臨機応変。

 特攻あるのみよね!)


 ルイはふふんと余裕の笑みを浮かべ、


「いいわ。遠回りするのも面倒だし、堂々と通ってやろうじゃない」


 コルドに向かって一方的に宣言し、氷像たちの中へと足を踏み入れる。

 わざわざあからさまに不審な方を選んだのには理由があった。


(どんな仕掛けか気になるし。それに掛かったうえで、蹴散らしてやろうじゃない!)


 少々の好奇心と『その方が誇らしい』という思いが。



 **



 コルドは内心、ほくそ笑む。

 ルイがぐだぐだ悩んでいる間に、彼らの準備は整った。

 彼が狙っていたのは、ルイを動揺させることだけではない。むしろ、時間を稼ぐことが重要だった。

 彼女は気付いていない。ゆっくり変わった、あることに。



 それが勝負の決まり手だった――



 ルイはきょろきょろ辺りを警戒しながら、それでもいつものペースで進んでいた。片腕を上げたまま凍っている悪鬼の横を通り、大口を開けて飛びかかるポーズで固まるグールを回り込んで、恐らく最短距離であろう隙間を歩く。

 シキの気配は未だに捉えられない。氷の透明度が低いため、視界が悪いことも災いしていた。

 その様子は、上にいるコルドからは良く見える。

 あと十秒。


(計算通りかな)


 コルドは静かにカウントダウンを始める。

 九。八。七――

 ルイは黄色い肌の悪鬼を避け、立ったまま氷漬けになっているシキを発見。

 目を閉じて、宙に浮くような格好の。


「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」


 思わず驚いて叫ぶルイ。あまりの予想外の事に、オーバーリアクションで身を引いた。


(ゼロ)


 コルドの中で、カウントが終わる。

 次の瞬間――

 シキが目を開け、その場の全ての氷が砕け散る!

 ネタを明かすと、凍っているように見せただけである。

 突起型の氷を作り、中と後ろ半分を開けただけの代物。ちゃんとそれらしく見えるよう、中央に氷で台を作り、シキはその上に立っていた。横から見ると間抜け以外の何物でもないが、正面から見ればこの通り。周りの氷像という先入観も手伝って、本当に凍っているように見えたのだ。

 砕かれた氷が地面に散らばるより早く、シキは地を蹴り、剣を突き出す。ルイはびくりと体を震わせただけで、動くことが出来なかった。


「もら――あっ!?」


 ビリィィィッ


 足元に転がった氷の塊につまづいて、前に吹っ飛ぶように倒れるシキ。その際、何かに頭をぶつける。青色の何かに。


「いてて……」


 地に手をついてむくりと体を起こすと、すぐ前にルイのきょとんとした顔があった。

 どうやら、尻餅をついたルイの足の間にいるらしい。剣はその横に転がっていた。

 ルイは左手を地面について上体を支え、右手で服を押さえていた。左脇腹から斜め下に切り裂かれた服を。落ちないように。

 シキはぱちくりと瞬きし、


「おわぁぁぁぁっ! ごめんルイ!」


 状況を理解した途端、慌てて立ち上がる。青い顔でじりじりと後ずさり、ルイの後ろに視線を向ける。

 ルイは体制を横座りに変え、その背にふわりと何かをかけられた。

 それはコルドの上着だった。

 ルイは思わずそちらを見上げ、半袖ティーシャツ姿のコルドは、全くルイを見ずにそのままスタスタとシキに歩み寄る。


「このバカ! だから言ったのに!

 あの剣、服には判定あるだろうから頭か手足狙えって!」


 目を吊り上げて怒鳴るコルドに、シキはだらだらと脂汗を流し、肩の位置で両手をぶんぶん振る。


「ごめんって! わざとじゃないんだ!」

「うるさい。いいから後ろを向け、彼女を見るな」


 コルドは両手でシキの頭を掴み、無理やり顔の向きを変えさせる。


「あだだだだ! ちょっ! コルド! これ痛い! 首と頭が痛い!」

「知るか。無礼なことをやるシキが悪い」

「うぇ~ごめんってぇ~……」


 そんな二人のやり取りをぼけっと眺めつつ、ルイは溜め息を吐いた。


「ふふっ♪ 負けちゃったね、ルイ」


 その後ろから声がかかる。振り向いて見ると、爽やかに笑ったシンが近付いて来ていた。

 シンはルイの横で立ち止まり、覗き込むように前かがみになる。

 ルイはジト目をシンに向け、


「シン様。服切れるならはじめに言ってくださいよ。びっくりしたじゃないですか」

「ちゃんと言ったよ? 人体だけは、透過するって」


 にこやかに答えるシンに、ルイは再び溜め息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ