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がさがさと、荒い足音を立てながら、両手で持った得物を構える。
使い慣れない細身の剣を振りかざし、シキはターゲットであるルイに斬りかかった。
ルイはそれをひょいっと横に避け、
「だーかーらー」
言いながらシキの手首と襟を掴み、勢いよく投げ飛ばす。
「わぁぁぁぁぁ!」
シキは無様に叫び、くるくる回転しながらべちっと地に落ちた。
ルイははぁーっと溜め息を吐き、呆れたようなジト目をシキに向けた。
「真っ直ぐ突っ込んできてどうすんのよ……」
「まったくですね」
ルイの背後でコルドが頷く。
その横に立つシンは、楽しそうにふふっと笑った。
コルドは横目でシンを一瞥し、少し前のやり取りを思い起こす。
(なんでこうなったんだろ……)
草原に突っ伏すシキを見やり、コルドは静かに肩を落とした。
**
時は戻り――
シンは笑顔でこう言った。
「貴方たちの力を試します。それに合格したら同行する――ってことでどうかな?」
『えっ!?』
揃って驚くシキとコルド。
ルイは一人、ぱぁっと目を輝かせ、
「そっれいいですねぇ! シン様!」
手を合わせて賛同した。
(チャンス!)
「俺もそれでいいぜ!」
きらりと目を光らせて、シキも便乗して同意する。
(コルドを説得なんて出来ないからな。これで合格して黙らせるしかない!)
そう考えて、ぐっと拳を握る。
「よし! 頑張るぞ!」
シキが張り切ってそう言うと、その後ろに立つコルドは内心で舌打ちをした。
(あと少しで諦めさせたのに……やってくれるなぁ……神様。一体何を考えているんだ……。一般人を巻き込まないで欲しいな……。そこはきっぱり断れよ……)
相手が神様だというのに、遠慮なく失礼なことを考える腹黒コルド。もちろん、それを表に出すような間抜けなマネはしない。
「まぁ……貴女がそうおっしゃるなら……」
裏の顔を隠し、少し困ったような表情で言う。
――が。
じっと、シキがコルドを見つめる。若干呆れた様子で、コルドだけに聞こえる声量で言った。
「お前……シンにケンカ売るなよ……?」
(バレたぁぁぁぁぁぁぁ!
――なんで! こういう時だけ! 勘がいいんだ!?)
コルドは内心の動揺を必死に抑え、
「そんなことしないよ」
完璧に隠してにこやかに笑ってみせる。
しかし、シキのジト目は変わらず、
「……お前がかなーりの人見知りなのは知ってるけどさ……少しは他人を信じろよ」
「…………」
それきりコルドは黙ってしまった。ばつが悪そうに、ふいっと視線を逸らす。
シキはシンに向き直り、
「で? どんなテストをするんだ?」
「んー……こんなのはどうかな」
シンが両手を前に出すと、そこに一振りの剣が現れた。普通のより細く、装飾がほとんどないシンプルな剣だった。
「一度だけでいいから、これでルイに一撃を与えられれば合格にします」
『えっ』
ルイとシキが揃って嫌そうな顔をする。
「攻撃って……それはダメだろ。ルイが可哀想じゃん」
「むっ――失礼ね。私を舐めないでほしいわ。そんな簡単にくらわないわよ。
――って、それはともかく……
シン様、なんで私なんですか……? めんどくさいんですけど……」
ルイが不服そうにそう言うと、シンはにっこり笑い、
「だってルイ、こういうの得意でしょ?
それにさっき言ったじゃない。『それいいね』って」
「いや、言いましたけど……」
「大丈夫。これ、人体を透過するから。人間の体には傷もつかないようになってるの」
そう言ってシンはルイに歩み寄り、剣の刃を挟むように持って、柄の方をルイに差し出す。
ルイは右手で受け取り、試しに、と平の部分を左腕に振り下ろしてみた。
すかっ
剣の刃はルイの腕に当たることすら無く、そのまま腕を通り抜けた。
「柄と鍔は触れるようになってるけどね。……これなら安心でしょ?」
シンが爽やかに微笑んで言った。
シキは訝しげな顔で首を傾げ、
「あー……? それなら、なんでシンは刀身持てんの?」
「あぁ、それはね、私は人間じゃないからだよ」
「あ。そっか、神様だもんな」
納得したようにポンッと手を打つ。
ルイは深いため息をつき、呆れたような目をシキに向ける。
「シン様は転生出来ないから、霊体のままなのよ」
「"実体化"してるから正確には違うけどね」
シンが言うと、シキは再び首を傾げた。
「じったいか……って何?」
「えーっとね、簡単に説明すると、肉体に近いモノを作ることだよ。生理現象が全く無いってこと以外は、生身の人間とほぼ同じかな。五感も痛覚もあるし」
シンはわかりやすく説明したつもりだったが、シキには理解出来なかったようだ。頭に疑問符を浮かべ、怪訝そうな顔をしている。
シンはしばし考え込み、
「……普通の人にも、姿が見えるようにすることだよ。霊体のままだと見えないからね」
「ふーん……」
それでようやくわかったらしく、納得したように呟くシキ。
(でもきっと、よくわかってないんだろうな……)
その後ろで密かに思うコルド。
「ところでシン様。この剣が無害なのはわかりましたが……
でもそれだと防げないと思うんですけど。まさか避けるだけ、なんて言いませんよね?」
ルイが聞くと、シンはにっこり笑って答える。
「残念、当たり♪」
「やっぱりか……」
引きつった笑みを浮かべ、ルイは肩を落とした。
「だって、ルイは強いじゃない。ハンデ付けないと勝負にならないでしょ?」
にこやかにそう言うシンに、ルイは一瞬きょとんとして、
「それもそうですね!」
すぐに笑顔で返した。
「じゃ、ルイも納得したところで、ルールを説明するよ」
「おう!」
シンが言って、シキが元気よく返事をする。コルドの反応は無かった。
「内容はさっき言った通り。安全性を考えて、使っていい武器はこの剣だけね。
……一撃って言ったけど、掠っただけじゃダメだよ。当たった感覚も起きないから、わかりにくいと思うし。
場所の指定はしないし、仕掛けるのもいつでもいい。
ただ、制限時間は決めるよ。無期限だとルイが可哀想だからね」
「わかった。……で、いつまでにするんだ?」
シキが尋ねた。
シンは少し考えた後、にっこり笑って答える。
「んー……じゃあ、私たちが次の町に着くまで、にしようか」
シキは小さく頷き、
「それでいい……けど、始める前に、一度村に戻っていい? 俺たち、まだ宿代も払ってないんだよ。荷物も置きっぱなしだし」
「別にいいけど、早めにしなさいよ。待たせるようなら置いてくから」
腕を組んで、ルイが言った。
シキは、わかった、と返事をして、四人は村へと足を運んだ。
シンとルイは村の入り口で待つことにし、シキとコルドだけが村に入った。二人は真っ直ぐ宿に向かい、食堂に入った途端、
「あ! 旅人さん! ねぇ聞いた? さっき村長のところに神様がいらしたんだって!」
喜色満面の女将に出迎えられた。一瞬、ぽかんとするシキとコルド。
二人に構わず、女将は夢見るような目で、
「あぁ~……こうしちゃいられない! 早く村長に話を聞きに行かないと!」
今にも飛び出して行ってしまいそうな女将を、シキは慌てて引き止め、
「あ、えっと、俺たち今からこの村出るつもりなんだけど……」
そう言うと、女将は口元に手を当て、
「あらそうなの? じゃあ鍵だけカウンターに置いといてくれる? 代金はいらないから!」
と早口で告げ、乱雑にドアを開けて走り去ってしまった。バタンッとドアが閉まる。
残された二人は顔を見合わせ、
「シン……村長の家に何しに行ったのかな?」
「結界張り直したって言ってたし……その説明じゃない?」
「なるほど」
コルドの推測に、シキは素直に納得した。
そのまま二人は荷物をまとめ、部屋の鍵と少し多めの代金をカウンターの上に置いてから村を出た。
緩みきった顔でシンに抱きついて頬ずりしていたルイは、二人の姿が見えた途端、すぐにシンから離れ、シャキッと背筋を伸ばし、すました顔で腕を組む。
されるがままになっていたシンは、無表情でそれを見ていた。
「準備はいいわね?」
キリッとした表情で、ルイが剣を差し出す。
シキはこくりと頷き、剣を受け取った。
因みに、さっきまでのルイの行動は二人にもばっちり見えていたため、コルドからは冷めきった視線が送られていた。シキは特に気にしていないらしく、いつものままだ。
「わかってると思うけど、私もあんたたちも、術の使用は禁止だからね」
「あぁ」
「妖魔が現れたら私も銃を抜くけど、その時だけは邪魔しないで」
「わかってるよ。……というか、その時は俺たちも戦うよ」
二人がやり取りしている間に、シンはコルドの傍に行き、小声で尋ねる。
「剣、もう一本あるけど……どうする? 使う?」
コルドは静かにシンを見返し、無言で首を横に振る。
「……そう」
シンはにっこり笑って言った。