5
「……え?」
コルドは呆然と呟き、シキはぱちくりとまばたきを繰り返した。
「お……お前ら何をした!?」
男が面白いくらい狼狽えて言う。
「遊び過ぎたぁー……怒られるー……」
それを無視し、うなだれたままルイが呟いた。
そして――
「んー……別に怒らないよ?」
突如聞こえたその声に、男の表情が凍りつく。
シキとコルドが振り向き、声のした方を見ると、ルイの少し後方に若い女性が立っていた。
綺麗なレモン色の髪は癖が無くさらさらで、膝に届くくらい長い。空を映したような青色の大きな目を持つ、凛々しい顔付きのかなりの美人だった。年は十代後半頃。色白でスラリとした体躯の彼女は、紺のパンツに、薄水色のゆったりした裾の長い丸首シャツを着て、その上に若竹色の足首まである長い羽織を纏い、赤い腰帯を締めていた。
彼女は爽やかに微笑んでいて、とても柔和な印象を感じさせた。
ルイはゆっくり首を動かし、真後ろに立つ彼女に引きつった笑みを向ける。
「し……シン様……」
「久しぶり、ルイ♪」
シンと呼ばれた彼女は、ひらひらと右手を振り、
「え!? いつからいたの!?」
「んー……数秒前くらい?」
驚いて問うシキに、シンは軽く首を傾げて答えた。
「お……おま……! まさかっ!」
男は声に恐怖をにじませ、シンを差した指をカタカタと震わせていた。
それをコルドは横目で見て、シンは真っ直ぐ男を見据える。
「もうあの村に手は出せないね」
「なんでお前がこんなところに……!?」
「決まってるでしょ? 結界を張り直すためだよ」
シンがにっこり笑う。コルドはじっと、シンを見つめていた。
「すみません、シン様……すぐに片付けます」
静かな口調で言って、ルイは視線を男に戻し、銃の引き金に指をかけた。
男はハッとして、武器を持つ手に力を込めた。空いた左手に魔力を集め、一瞬で距離を詰めたルイに、愕然と目を見開く。男の眉間に冷たい金属が当てられ、
パン!
術を放つ前に、男の脳天は弾丸に貫かれた。力の抜けた体は、そのまま後ろに倒れ込む。
「は……速い……」
シキが呆然と呟いた。動かなくなった男の体は、黒い粒子となって霧散した。
ルイは無言で銃を消し、くるっと踵を返してシンの傍まで駆けていくと、
「お久しぶりです、シン様! 待ってたんですよ!」
がしっと正面から抱きついた。その顔に浮かぶのは満面の笑み。
シンは自分より少し低い位置にある頭を撫でて、
「ごめんね、待たせて」
「シン様……」
キラキラした目でルイが見上げる。
『…………』
二人の世界を作っている少女たちを、シキは無言で眺め、その隣に立つコルドはシキを見て、僅かに眉をひそめた。
シンはルイをそっと離れさせ、
「でもルイがいて良かった。私は間に合わなかったから……」
「私もギリギリ着いたんですよ。遠い国で生まれてたらヤバかったです」
ルイがにこやかに言って、シンは爽やかに微笑んだ。
「……ところでルイ、あの子たちは?」
シンはちらりと少年二人を見やる。
「あぁ……丁度村にいたので、雑魚払いだけでもさせようかと呼んだんです。シン様の結界で雑魚は全滅したから、意味無かったんですけど」
ルイが淡々と説明する。シンは、そう、と短く返すと、二人に向き直った。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「いえ……僕たち何もしてませんし……」
コルドが申し訳なさそうに言った。
シンはふふっと笑うと、視線をルイに移し、
「ここはもう大丈夫だから次の町に行くけど……ルイはすぐに出られる?」
「はい」
ルイが頷く。
少女二人が歩き出すより早く――
「ちょっと待った」
シキが制止の声をかけた。
コルドが少し驚いた顔でシキを見る。
ルイはあからさまに不機嫌そうな顔をシキに向けて、シンは静かに見返した。
「何? 私たち忙しいんだけど」
ルイがぶっきらぼうに言った。
それに構わず、シキにしては珍しく真面目な口調で言う。
「ルイがさっき言ってたのって、その人の事だろ?」
断定に近い問いかけに、同じ結論を出していたコルドは驚き顔のまま、スッと右手をシキの額に当てた。
「熱……でもある?」
「なんでだよ」
シキはコルドにジト目を向けて、コルドはゆっくり手を下ろす。
「いや……だって……シキにしては鋭いこと言ったから……」
「シツレイだな。俺だっていろいろ考えてんのに」
愕然とした様子のコルドにそう言い、シキはシンに視線を戻した。
「合ってるだろ?」
自信ありげににやりと笑う。
シンは僅かに首を傾げ、
「んー……」
何か考えている様子で、横に立つルイを見つめた。
ルイは引きつった笑みを浮かべ、気まずそうに視線を逸らす。
「何て言ったの?」
シンが聞く。
ルイは冷や汗らしきものをだらだら流しながら、
「いえ……まぁ……ちょっと遠まわしに…………妖魔に狙われている人がいるよー……って。でもすぐに来るって言っただけで……それがシン様だとは言ってなくてですね……」
しどろもどろな説明に、シンは困ったような顔をして、
「すぐに来たのは私なんだから、それじゃばれるに決まってるでしょ?」
「……すみません」
「全くもう……」
ふーっと長いため息を吐くと、少年二人に視線を戻し、
「まぁ、ばれたなら仕方ないね♪」
にっこり笑顔で明るく言った。
「ほら当たった!」
シキは嬉しそうにコルドを見て、コルドは戸惑いと驚きの混ざった複雑な顔をした。
次いで、シキは確信に満ちた目をシンに向けて、
「それだけじゃない! シンの正体もわかってんだぜ!」
「なんですって!?」
ノリがいいのか、ルイはそう言って驚いた顔をする。シンは何気ない顔で、コルドは少し嬉しそうな顔をした。
(おぉ……あのシキがこんなに鋭くなって…………成長したなぁ。そうだよね、わかるよね。妖魔除けの結界を張れるのなんて、この世でただ一人だけだからね)
バカな弟の成長に、ほろりと涙さえ浮かべるコルド。
シキはビシッとシンを指差し、
「お姫様だろ!?」
ずべっ
シキの言葉に、盛大に突っ伏すルイとコルド。シンはぱちくりと瞬きをした。
三人のその様子に、シキは不思議そうに首を傾げ、
「あれ? 違った?」
「ちっがぁぁうわよこのバカ!」
ルイは勢いよく身を起こして怒鳴った。コルドは突っ伏したそのままで、
「ふふ……そんなすぐに成長するわけないか……」
遠い目をして一人呟く。
ルイはつかつかとシキに歩み寄り、指を突きつけながら、
「なんっでそうなんのよ! 確かにシン様はお美しいけどさ!」
「えー……? だって狙われてんだろ? 普通狙われたりするのってお姫様じゃん」
「どんな理屈よ!」
「だって、絵本とかだと大体そうだぜ?」
さらりと真顔で言われた言葉に、流石のルイも言葉を失い、ぽかんと口を開けて固まった。
その間にコルドはよろよろと立ち上がり、長い溜め息を吐いてから、
「シキ……シンさんは多分、この世で唯一無二の"神様"だよ」
「へー。なんだ、そうだったのか」
「軽っ!?」
ぽやっとしたシキの様子に、反射的にツッコミを入れるルイ。
ルイは完全に呆れ顔で、
「あんた……もう少し驚くとかないの……?」
「うーん……そう言われてもなー……俺よくわかんねぇし」
シキは困ったように眉根を寄せてそう言うと、すぐにシンに笑顔を向けて、
「それよりさ! シンたちは結界直すために、これからいろいろ国を回るんだろ?」
「え? うん」
シンがこっくり頷く。
「それ、俺たちもついていっていい?」
『はぁ!?』
ルイとコルドの声が揃う。
シキはそんな二人を全く気にせず、真っ直ぐシンを見据えた。
「二人だけで妖魔を退けるのは大変だろ? 妖魔に狙われてんなら尚更な」
一拍の間を置いて、真剣な目をして言う。
「それに、囮にするって聞いて、放っとくなんて俺には出来ない。例え他に方法が無くても、誰かを犠牲にするなんて嫌だ」
はっきり言われた言葉に、ルイは思わず顔をしかめた。
「……あたしだって嫌よ」
舌打ち混じりで吐き捨てて、ルイはキッとコルドを睨み、
「あんたさっき囮って言ったけど、こっちはシン様を囮にする気なんて無かったのよ。今はそれしか方法が無いから、仕方なぁぁくそうなっちゃっただけ。
でもね、絶対に犠牲になんてさせないわ。シン様は私たちが守るもの」
「たちってことは……他にも仲間がいるんだな? ならいいじゃん。俺たちもそこに入れてくれよ。戦力は多い方がいいだろ?」
シキが聞くと、ルイは腕を組んで首を横に振った。
「ダメよ。無関係の人間に手伝わせるわけにはいかないわ」
「関係無いってことはないだろ。俺たちだって術師だ。妖魔とは十分に戦える。
――頼むよルイ、俺もシンの力になりたいんだ」
「シキ……」
滅多に見ることの無い真剣な様子のシキに、コルドは非常に驚いていた。名を呼んだのも無意識だった。
シキは昔から、わがままを言うような子供ではなかった。
意志は強い方なのだが、他人の意見をすぐに受け入れる、とても素直な人間だった。
――そんなシキが。
「あんなに……あんなに強情になって……」
うるうると嬉しそうに泣くコルドを見て、ルイはわずかに身を引いた。
「親バカか……あんたは」
「我が子の成長を喜ばない親はいませんよ。――僕は兄ですが」
「じゃあ兄バカね」
きっぱりと断言するルイ。
コルドはそれには反論せず、涙を白いハンカチで拭うと、
「まぁ――許しはしませんけどね」
真顔に戻って静かに言った。
コルドはシキの肩をぐいっと引っ張り、自分の方に顔を向かせた。
きょとんとするシキを真っ直ぐ見つめ、真剣な口調で言う。
「シキ、僕は反対だよ。シンさんについては確かに気に入らないけど……でも、危険すぎる。僕たちのような素人が関わるべきじゃない。
――それに、シキは術が安定していない。最悪、足手まといになるだけだよ」
「……っ!」
不安要素を指摘されて、シキは口をつぐんだ。
(まずい……コルド相手だと勝てる気がしないぞ……)
ちらり、とシンを見やる。
シンは顎に手を当てて、何か考え込んでいるようだった。
「んー……」
シンが静かに唸る。
シキが『あー、ダメかぁ~!』と諦めようとしたその時――
「じゃあ、こうしましょう♪」
ピンッと人差し指を立て、シンがにっこり笑った。
次に告げられた言葉に、他三人は驚愕した。
第一話終了です!
拝見いただき、ありがとうございました。