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山側とは正反対の方向から村を出ると、そこには広い草原が広がっていた。所々に細い木が生えているだけで、非常に見通しがよく、遠くにいる敵の姿も確認できた。
「マジでいるし……」
シキが呆然と呟いた。
コルドはルイに視線を送り、
「あれ、全部で二百くらいですかね?」
「あー……そうねぇ、それくらいいるわね」
ルイはどうでもよさそうに答えた。
三人がいるのは村から割と離れた場所。敵の姿ははっきりとは見えないが、人型をしていることから、それらが悪鬼だということがわかる。
「でもよかったわ。まだ結界破られてないのね」
「そうなんですか?」
「破られてたら、あんな遠くでちょろちょろしてないわよ。結界があるから、あそこまでしか近付いてないの」
「へぇー」
シキが感心したように言う。ルイに向き直り、無邪気な顔で尋ねる。
「じゃあさ、どうすんの? 結界が破れるまで待つ――なんて言わないよな?」
ルイは顎に手を当て、しばらく考えた。
「うーん、そうねぇ……とりあえず敵の数を減らしましょうか」
「あそこまでいくんですか?」
コルドが聞く。ルイはすまし顔のまま首を横に振り、
「敵があれだけだとは限らないし、これ以上村から離れるのは得策じゃないわ」
「ではどうやって――」
「まぁ任せなさい♪」
コルドの言葉を遮り、ルイは笑顔で言うと、少し前に進み出て、片膝立ててしゃがみ込んだ。
不思議そうに二人が見つめる中、ルイは左手をすっと下げ、一瞬で出現した"黒い何か"を素早く肩に担ぐ。
全長一メートルはある棒状のそれは、人の腕より少し太く、敵に向いた先端だけはゆるく尖らせてあった。
「なにそれ!?」
シキが驚きの声を上げる。
ルイはそれを両手で構えたまま楽しそうに答えた。
「あーるぴぃーじぃー。改造してあるから正確には違うけどね。
……うるさいから耳はふさいだ方がいいわよ」
何をするのか分からないが、二人はとりあえず言われた通りに耳をふさぐ。
ルイはしっかり狙いを定め、引き金を引いた。
バシュンッ!
轟音と共に弾が発射され、それは高速で飛んで行って敵の中心あたりに着弾した。派手な音を立てて爆発し、敵の半数以上を吹き飛ばす。
ルイはふぅっと小さく息を吐き、使用済みの武器を消して立ち上がった。
「す……すっげぇぇ……」
ルイの後ろで感激の声が上がる。振り向いてみると、キラキラした目で感動しているシキと、ぽかんと驚いている様子のコルドが視界に入った。
「あら、驚いてる暇はないわよ♪」
ルイはにっこり笑って、まだ半分は残っている敵の方を指差した。
「真ん中あたりに人間っぽいのが見えるでしょ? あれが魔族よ」
少年二人は目を凝らし、言われた通りの場所に視線を移す。
赤や黄や青色の肌をした悪鬼達の先頭に、更に小さい何かが動いているのがギリギリ見えた。
「遠くてぜんっぜん見えないけど……あのちっさいのが?」
「そう」
シキの問いに短く答え、ルイは敵の方に向き直ると、自動式拳銃を右手に出した。
「あんた達も武器構えなさいよ。もうすぐ結界壊されるだろうから」
「いや……なんかさー……俺達いらなかったんじゃね? ルイ一人で十分なんじゃ……」
おずおずとそう言うと、ルイはややムッとした顔で、
「バカいえ。私だけ戦ってるのに、野郎二人が村で楽してるなんて許せないわ」
「え……それで俺たちを呼んだのか? 戦力が欲しかったからじゃないの?」
「違うわ。ムカつくからよ」
きっぱりはっきりと言い切った。
予想外の言い方に、コルドは笑みを引きつらせ、シキは何も考えていないのか、そうだったんだー、と呑気に返す。
ルイはそんな二人を一瞥し、
「まぁ冗談は置いといて」
「あ。冗談だったんだ……」
シキがぼそりと呟いて、ルイは急に真顔になった。
「いや、ムカつくからってのは本気。でも、呼んだのはそれが理由じゃない。
――私にとってもこういう状況は初めてでね。敵の戦力によっては、私だけじゃ苦しいかなって思って呼んだんだけど……」
はぁーっと盛大にため息を吐く。途端。
パキンッ
ガラスにヒビが入るような音が空から鳴り響き、反射的に仰ぎ見るシキとコルド。
しかし青い空は何も変わらず、ゆったりと白い雲が流れていくだけだった。
「まさか、一番先に来たのがあんたみたいな小物とはね」
ルイの声に視線を戻すと、いつの間に現れたのか、少し離れた前方に若い男が立っていた。
いかにも悪人というような風貌のその男は、悪趣味なデザインの斧を右手に持ち、ルイ達三人を見回すと、にたりと気味の悪い笑みを浮かべた。
「小物とは……言ってくれるじゃねぇか、ガキども」
見た目に似合う、下卑た口調で言う。
(これが、魔族……)
男が放つ邪気を感じ取り、コルドは内心で焦りを感じていた。
ルイは小物だと言ったが、この男は先程まで、まだ遠くにいる悪鬼たちの中にいたのだ。そこから一瞬で移動し、更に、あの爆発を受けたはずなのに怪我を負った様子は無い。それはつまり、あの程度の攻撃ではこの男は倒せない、ということだ。それだけでも、悪鬼のような低級とは格が違うことがわかる。
コルドはちらりとルイの背中を見て、
(彼女がどのくらい強いのかは知らないけど……。余裕そう……だし、なんとかなるか?)
一歩、隣に立つシキを庇うように前に出ようとしたコルドは、すぐにぴたりと止まる。
堂々とした様子のシキが、スタスタとルイの元まで歩み寄ったからだ。
コルドはシキを呼びとめようとして口を開き、
「このにーちゃん弱いの?」
シキの無遠慮な問いに、コルドの目が点になった。
(いや、空気読もうよ! 今シリアスだったよね!?)
コルドは内心でツッコミを入れたが、時すでに遅し。
「弱いわ」
ルイはさらりとそう答え、
「なんだとこのガキ!?」
男は怒りをあらわに怒鳴り散らした。
シキは男の言葉を完全に無視し、
「それって、こいつ下位魔族だってこと?」
「そう。しかもこの程度なら下の下ってとこかしら?
これならあんた達に来てもらう必要なかったわねー」
「よく強さとかわかるな」
「経験ってやつね。大体でしかわからないけど、結構当たるのよ♪」
「おいこら! 無視すんじゃねぇ!」
シリアスな空気はどこかに消え去り、三人で好き勝手に言い合っている。
一人真面目に考えていただけに、コルドは完全に気が抜けてしまった。少し後ろの方にあった、丁度良い高さの石に腰掛け、傍観者を決め込む。
視界には、こちらに向かって駆け来る大量の悪鬼の姿も入っているのだが、
(あの魔族、自分だけさっさと来て……手下置いてくるとか、アホだな)
コルドはそう思っただけで、シキ達に教えることもなく、どこか遠くを見るような目でその光景をぼけっと眺めた。
「へぇ、妖魔って実力主義なんだ」
「そうそう。自己中が多いしねー。だから忠誠心とか協力しようって気はないのよ」
「あー……それで悪鬼とか引き連れてんだ。仲間がいないから」
「だーかーらー! 聞けってーの! お前ら!」
ルイとシキにガン無視された男が、まるで子供のように喚く。
ルイはうっとうしそうに男を見返し、
「さっきからうっさいわねー……なんで敵であるあんたの話を聞かなきゃなんないのよ」
(正論だ)
コルドは心の中でツッコミを入れた。
ルイは呆れたように肩をすくめ、さらに言葉を続ける。
「それに、聞いたところでどうせありきたりなセリフでしょ? 生意気なガキどもめーとか殺してやるぜーとか。定番の脅し文句聞いて、なぁぁにが面白いのよ」
どうやら図星をつかれたらしく、男は怒りで顔を赤く染め、
「なめやがって……!」
悔しそうに吐き捨てると、視線は二人に向けたままで、バッと真後ろを指差した。その先には、荒々しい足音を立てながら、こちらに向かって駆け来る大量の悪鬼たち。
「お前ら悪鬼どもに気付いてなかっただろ! 呑気に話してるうちに、すぐそこまで来てんだぜ! あの大群にどう――」
「失礼ね。悪鬼のこともちゃんと見えてるし、忘れてもいないわよ。……というか、こんだけ視界広いんだから、見えてない方がおかしいでしょ」
男の言葉を遮って、ルイは平然と言い返した。右手で持った銃を器用にくるくる回し、
「ただ単に、片付けるのなんて簡単だからほっといてるだけ。なんなら、もっと呼び集めてもいいわよ? まとめて相手してあげるから」
ルイはパシッと銃を止め、にやりと笑う。
「ま、暇つぶしにはなるでしょ」
挑発するようなセリフに、シキはぽかんと口を開け、男は静かにルイを睨んだ。
「暇つぶし……だと?」
「そ。あんたが中位以上だったら、ちょっとは楽しめたんだけど……下位程度だとすぐ倒せるからつまんないのよね」
言ってルイは、ジャキンッと銃口を男に向けた。
「じゃ、そろそろ始めましょうか。後ろの悪鬼も来たことだし」
ルイが言った通り、男の少し後ろでは、到達した百近い悪鬼たちが足を止めて待機していた。
「くそがっ! 調子に乗りやがって……
――全員かかれ! このガキどもを血祭りに上げろ!」
ビシッとルイを指差して男が吠えた。悪鬼たちは獣のような雄叫びを上げ、三人に向かって駆け出す。
シキが慌てて短剣に手をかけ、コルドはやれやれといった感じで腰を上げた。
刹那――
カッ!
眩しい光が辺りを包んだ。
「な、なんだ!?」
「まぶしっ!」
「村の方から……!?」
男、シキ、コルドが同時に声を上げる。三人は咄嗟に腕で目を庇い、
「あっちゃ~……思ったより早かったなぁー……」
ルイだけは左手を顔に当ててうなだれた。
光はすぐにおさまり、恐る恐る目を開けると――
すぐそこにいたはずの、すべての悪鬼が消えていた。残ったのはシキ達三人と、魔族の男だけだった。