表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの遠い空に ~The world is not one~  作者: karuno104
第1話 「始まりの地」
3/11

『…………』


 食堂に下りた二人は、真っ先に目に入った異様な光景に、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 その場にいるのはシキ達を含めて四人だけで、その内の一人である女将はカウンターの傍でにこにこと笑っていた。残るもう一人は、壁際の席で昼食を取っている。

 二人に気付いたその人は、一度食事の手を止め、顔を上げた。


 年はシキ達と同じか、少し下くらい。肩まで伸ばした本紫色の髪と、同じ色の精悍な目を持つ、なかなかの美少女だった。

 服装は、飾り気のない濃い青色の半そでワイシャツと、白いショートパンツというラフな姿。シャツは裾を出したままで、腰に巻いたベルトを隠していた。

 シキとコルドは、その少女――ではなく、少女のすぐ横を凝視していた。

 まるで塔のように、何枚も積み重なった大小様々な皿たちを。


「すっげー……よく食うなぁ……」


 呆れと感嘆の混ざった声で、シキが呟く。コルドは小さく頷いた。

 シキも結構食べる方だが、これ程ではなかった。少なめに見ても、四、五人分の量がある。


「うっさいわね。食べられる時に食べておくのは、旅人の基本よ」


 渋い顔をした彼女が、ぶっきらぼうに言った。目の前に置かれたチャーハンに、スプーンを差し込み口に運ぶ。何回か咀嚼して呑み込んでから、二人に問いかける。


「あんたたちもご飯食べに来たんでしょ? せっかくだし……一緒にどう?」

「いいのか?」


 シキが聞いて、少女はにっこり笑った。


「ご飯は皆で食べた方が、おいしく感じるでしょ?」


 シキはぱちくりと瞬きをして、


「お前わかってるなー!」


 と言って、嬉しそうに少女の近くまで駆けて行く。


「んじゃお言葉に甘えて!」


 シキは少女の前の席に座り、まだカウンターの傍で突っ立っているコルドに手を振った。


「お前も来いよ!」

「…………」


 コルドはすぐには反応せず、少し考えた後、


「……今行くよ」


 シキが首を傾げるより早くそう言い、シキの右隣りにあるイスに座った。

 コルドはにっこり笑い、


「すみません。同席させてもらって……」


 と詫びの言葉を入れる。

 少女はコルドを見て、同じくにっこりと笑った。


「気にしなくていいのよ。誘ったのはこっちだし」


 シキが女将を呼ぶ。適当に二人分の食事とお茶を注文し、女将は厨房に引っ込んだ。

 シキは少女に笑顔を向け、


「じゃ、まずは自己紹介からだな! 俺はシキ。こいつはコルド。よろしくな♪」

「あたしはルイ。わかってると思うけど、あんた達と同じ旅人よ」


 少女は言って、はくりとチャーハンを一口。

 コルドは表情を変えずに、


「同じなのは、それだけではないでしょう?」

「……ふーん……あんたはわかるわけね」


 ルイは意味ありげににやりと笑った。

 一人不思議顔のシキが聞く。


「お前ら何の話してんの?」


 コルドは真顔に戻り、シキを見やる。


「前にも言ったでしょ? 術師なら、相手が通力を持ってるかどうか、一目見れば分かるんだって」

「俺にはわかんねぇよ?」

「それはシキが檄ニブなだけだよ」

「ひでーなぁ……」


 シキは不満そうに眉根を寄せ、すぐに何かに気付いてルイを見た。


「ん? ――ってことは……もしかしてあんたも術師!?」

「当たり♪」


 ルイはにっこりと笑い、シキは心底嬉しそうに顔を輝かせた。


「マジか! 他の奴に会えるなんて思わなかったよ! すげー偶然!」

「確かにすごい偶然ね。希少な術師が、二人揃ってるだけでも珍しいのに」


 興奮を抑えきれないシキに対し、ルイは冷めた反応を返した。


「だって俺達双子だもん。だから一緒にいても不思議じゃねぇだろ?」


 にこにこと語るシキに、ルイは目を見開いて二人を見比べる。


「うっそ……双子なの? ぜんっぜん似てないのねー……」

「まぁ、一卵性でも似てないことはありますから」

「あー……そういえば聞いたことあるな、そういう話」


 コルドの言葉に、ルイはぼそりと呟いて、再びチャーハンを食べ始めた。

 それから間もなく。


「はい、おまたせ」


 女将が出来上がったばかりの料理を運んできた。シキとコルドの前に次々と皿が並ぶ。

 焼き魚とパンと野菜スープ。あたたかいお茶が置かれ、


「パウロン焼きは誰が食べるんだい?」

「俺!」


 元気に答えたシキの前に、薄黄色い物体がいくつか乗った皿が置かれる。

 それは動物のような形をした、こぶし大の饅頭だった。

 コルドが代金を払い、女将が去った後に、ルイが訝しげな顔で尋ねる。


「……それなに? うさぎ?」

「え? パウロン知らないのか?」


 パウロンとは、でかい大福に細長い目と耳を付けたような生き物のことである。

 大きさは人の頭と同程度。全身はふわふわの毛で覆われ、体躯に釣り合わないくらい手足は短く小さい。なので動いてる様は、毛玉が這いずっているようにしか見えない。

 森に生息しているが、暖かい場所を非常に好むらしく、稀に民家の中に入り込むことがある。

 追記、かわいいからペットとして大人気。


「――のパウロンだぞ?」

「へぇぇ……知らなかったわ……」


 得意げに説明したシキに、ルイは引きつった笑みを浮かべた。


「パウロン焼きだって人気あるのに。レモン味の饅頭ってだけだけど……

 見た目がかわいいから各地で売られてるし」

「あんた……かわいいもの好きだったんだ……」


 ルイが呆然と呟き、シキはこっくり頷いた。


「おう! だって癒されるじゃん。ほんとは俺も飼いたいんだけど……旅してると無理だろ?

 だからパウロン焼きとぬいぐるみで我慢してんの。旅止める気無いし」

「ぬ……ぬいぐるみ……? 持ってんの?」

「あぁ。実寸大のでかいやつ。十二歳の誕生日の時に、コルドが本物そっくりに作ってくれたんだ♪」


 嬉しそうに魚をつつくシキから視線を外し、なんとも言えない複雑な顔をコルドに向けた。

 引きつった笑みを浮かべて視線を逸らすコルドに、


「あんた達……今何歳?」

「じ……十六……です」

「私より一つ上か。いい歳ねぇ……」


 ルイは遠くを見るような目で呟いた。


「でも男でそれは……」

「わかってますよ。ですが――」


 コルドは横に視線を向けて、嬉しそうに饅頭をほおばるシキを見た。


「言いずらい……んですよね……

 まぁ……趣味趣向は人それぞれだし……ほっといてもいいかな、と」

「つまり、めんどくさいわけね」


 きっぱり言われた言葉に、コルドはしっかりと頷いたのだった。



 **



 旅の話などをしながら食事を終え、お茶で一服してしばし経ち――


「来たか……」


 唐突にルイが言った。


「何が?」


 シキは不思議そうに首を傾げ、コルドは静かにルイを見やる。


「あんた達、丁度いいから手伝いなさい」


 ルイは声のトーンを低くしてから、


「今、この村の近くに魔族が来てるの。大量の悪鬼を引き連れてね」

「な――」

「声を立てるな」


 驚いて口を開けたシキを、ルイは冷めた声音で制した。


「村人に気付かれたらパニックになるでしょ。村に張ってある結界は、低級にしか効かないんだから」


 低級――それは魔族と悪魔以外の妖魔を一括りにした呼び方である。妖魔の中で最弱の悪鬼からはじまり、炎のような形をした死霊、獣の姿をしたグールなどがこれにあたる。

 コルドはハッとして、


「そうか……だからこの村に着く前に、あんなに悪鬼と会ったのか。魔族が招集をかけたから村に集まってたんだ……

 でも、何故魔族がこの村に? 滅多に魔界から来ないのに……」


 深刻そうな顔をするコルドに、ルイが平然と言う。


「それはね、この村の結界が弱まっているからよ」

「それって……かなり昔、神様が全ての人里に張った――ってやつ?」


 シキが聞く。


「人間を守るためにね」


 ルイはテーブルに頬杖をつき、つまらなそうに答えた。


「あることが原因で、結界にまで影響出ちゃったからねぇー……

 弱まった結界だと下位程度でも破れるから、そこを狙って来てるわけよ。

 まぁ……弱まるのはこの村だけじゃなくて、全部の集落に言えることだけど」

「ヤバいじゃん、それ! 結界破られたら一巻の終わりだぞ!

 普通の人達は悪鬼にだって勝てないのに……国や町が襲われたら、逃げ場なんてねぇよ!

 皆殺されて終わりじゃないか!」


 最悪の事態を想像して、シキの口調が荒くなる。もちろん、女将に聞かれないよう、声量は抑えている。

 緊迫した様子のシキに、しかしルイの態度は変わらず、落ち着き払っていた。


「大丈夫よ。一気に襲われる――なんてことは無いから。

 妖魔の目的は『人間を殺すこと』だけど、それよりも優先することが一つだけあるのよ」

「それは……何?」


 ルイは真っ向からシキを見つめ、一拍の間を置いてからはっきりと答えた。


「ある人を捕えること」

「……え?」


 目を丸くして驚くシキに構わず、ルイは言葉を続ける。


「その人が姿を現せば、敵の目は全てそっちに向くわ。

 ……今は単に、その人がまだ"この世界"に来ていないだけ」


 首を傾げるシキの横で、コルドは静かな眼差しをルイに向けた。


「……多元世界は聞いたことがあります。つまり、その人が現れて囮となれば、他の人間は狙われない――ということですか」


 率直な物言いに、ぴくり、とルイの眉がわずかに動く。

 それをコルドは肯定とみなし、にっこりと微笑んで見せる。


「その人はいつ来るんですか?」


 ルイはしばし無言でコルドを見返し、


「正確にはわからないわ。でもすぐに来るよ」

「そうですか。それなら他の国も安心ですね」


 にこやかにそう言うコルドをちらりと見て、シキは少しだけ眉根を寄せた。

 見慣れているからこそ分かる事だが、コルドのそれが、完全な愛想笑いだということに気付いたからだ。


(囮――嫌な響きだな……コルドもコルドで、気に入らないなら、そんな嫌味っぽくじゃなく、普通に言えばいいのに)


 シキは思ったが、それを口に出すことはしない。こういった駆け引きの時は、コルドに任せることにしていた。自分のバカさは自覚しているし、下手に発言してコルドの邪魔になることはしたくないからだ。

 コルドの心中を知ってか知らずか、ルイはすうっと目を細め、


「……今の話、信じる?」

「えぇ、信じますよ。貴女が僕たちに、嘘をつく理由が見当たりませんから」


 コルドは変わらず、見事な愛想笑いを浮かべたままルイを見据える。


「ただ一つ、教えてもらいたいですね」

「なぁに?」

「――貴女、何者ですか?」


 ルイの口角が僅かに上がる。


「……敵じゃないことは確かね」


 そう言うとルイはゆっくり立ち上がり、


「さて、そろそろ行くわ。あの人が来るまでに、魔族だけでも倒してこないと……

 もし間に合わなければこの村が危なくなるし」

「魔族とはまだ戦ったことないので、雑魚だけでもよければお手伝いしますよ」


 言ってコルドも席を立つ。


「じゃあよろしく♪ 魔族は任せてくれていいからね♪」


 さっきまでの緊迫感が嘘のように、ルイは明るくニコッと笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ