紅蓮堂へ
お、お待たせしました(土下座)
ログインです。
目覚めばっちり。
さぁ、今日も張り切って頑張りますよー。
さて、じゃあまずは紅蓮堂に行きますか。
半壊した防具も直して貰わないとね。
紅蓮堂への道すがら自身の方向性というか、スキルについて考えてみる。
現状、戦闘については問題はない。いや、不満というか、改善点などは色々あるけれど。それはまあ、どうにかなるレベルだ。
あえて言うなら、あの〈ティーダ・マクガン〉のような高い防御力や強力な属性攻撃持ちの魔物にどう対抗するか、位かな?
ポポンタちゃん達に話していたように、私は【巫術】以外の魔法を覚えていないし——
あれ?
「……なんで私は、【巫術】以外の魔法無し、なんて縛りプレイをしてるんだろう?」
よく考えたら、しようとした覚えはないし、する意味もないような。
【巫術】を覚えている時点で脳き——物理オンリーなプレイという訳じゃないし、そもそもそんな奇特プレイを選んだ覚えはない、筈。うん、ない。
魔法などのスキルを覚えたらMPやスキルポイントの管理は難しくなるだろうけど、MPは巫女の時点で大概だし、スキルポイントに関しては私はむしろ余っている方、だろう。スキルを上位に進化させる時には恐らく多く必要になるだろうけど、その時には他のスキルもさらに成長している筈だからさほど問題はない、筈。
それに魔法を使いたくなければ、それこそその時使わなければいいだけの話だ。別に覚えずにいる理由はない。
それに巫女は【巫術】の他に、全職取得可能なスキルでデバフ魔法である【呪術】にも適性があった筈。巫女の職業適性が魔法寄りである事を考えても、あえて魔法スキルを覚えないという選択肢を選ぶのは——酔狂の極みと言う他ないんじゃないだろうか。
「うーん。やっぱり新しく魔法を覚えるかな」
とは言え、呪術はともかく普通に属性魔法などを覚えるのはなんか負けた気分になるし、遠距離から魔法をぺちぺちと当ててくだけというのも性に合わない。
「ふーむ?」
何か、私向きの魔法はないものか。
「後で少し調べてみますか 」
「で、この状態なんだー」
紅蓮堂の裏口から入ると、いたのはマルキューさん一人。
表のお店の方にはNPCの雇われ店員さんしかいなかったから、みんな中にいるのかな?と思ってたんだけど。
訊いてみると、フルフルさんはリアルの用事でログアウト中。ルーミスさんは商談の為に外出中らしい。
タイミングが悪かった?
いや、ここはむしろマルキューさんだけでもいてくれた事がタイミング良かったと見るべきだろう。
とりあえず、半壊した〈網糸蚕の袖無し服〉と〈網糸蚕の袴ズボン〉を、修復用の〈網糸蚕の糸〉と一緒に預けて修復依頼。
ついでに狩りで貯まった毛皮も出しておこう。猪、熊、コヨーテ、バッファロー、色々な毛皮を種類別にテーブルの上に並べていく。ゴブリン村での取引で多少減っている筈なんだけど、それでもこんもりと山が幾つか出来た。
あと、マルキューさんの意見を聞きたいから糸玉になっている〈低級アルケニーシルク〉も出しときますか。今の分量だと、布一枚分ならともかく防具にするには足りないだろうけど。
他にも、〈銀腕熊の腕甲〉や〈狂乱蜘蛛女王の腹殻〉などボスやレアMOB由来の素材も、ゴブリン村で仕入れてきた珍しい素材などもどんどこ出していく。
ハッハー、まだまだあるぜー。
「修復終わったよー……ってなにこれ」
「いやぁ、ちょっと道具袋の中を整理しようかと思いまして」
「いや、そういう事じゃなくてこのりょ……いいや。まあ、トウちゃんだしね」
人一人が上に寝っ転がれる位に溢れた素材の山の前に驚いた様子のマルキューさん。
私の返答に溜息を吐いた後、何故か笑顔を返された。こちらを見る眼差しがどこか生暖かい気がするのは気のせいだろうか。そう思いたい。
とりあえず、修復された装備を受け取り、別室で着替えさせて頂いて、出てきた所。
「ただいま。なんとか上手く纏められ……ってなにこれ」
おや、ルーミスさん。おかえりなさい。
「ただいまです」
素材の山を呆然と見つめているルーミスさんに挨拶をする。
「あ、戻ってこられたんですね。お帰りなさい。——ところでこの素材の山は」
ルーミスさんに無言で笑顔にサムズアップ。
「……分かりました。それにしても量も凄いけど、また見た事がない素材もちらほらと」
え、あれで何か分かったんですか?
特に意味無くサムズアップしてみたんだけど。
で、見た事ないっていうのは熊とか蜘蛛とかヤシガニとかの事ですね。
ボス素材、レア素材があるし、普通の蜘蛛の素材なんかも割と森の深い所にいる魔物のドロップだからあまり出回ってないだろうし。
というか『魔獣の森』の素材は実は全然出回ってないかもしれない。攻略が始まるどころか、その前に初期組の大半はクホホルグレに移っちゃってるから。
あそこは初心者向けのフィールドにも隣接してる癖にやたらと難易度が高い。そして、アップデート前に次の街への移動を促すようなキャンペーンがあったせいで、『魔獣の森』を攻略可能な強さを身に付ける前にクホホルグレ』に移ってしまった人が多いのだ。
もう少し全体のレベルが上がってくれば、あそこは良い狩場になると思うんだけど。
そして、ヤシガニに関してはWikiにも掲示板にも情報が載っていない。プレイヤーでアレらの素材を持ってるのは、もしかしたら私だけじゃないんだろうか?
ヤシガニの巣は海岸の一部の、砂浜の更に一部だけみたいだし。掲示板やWikiには海老や貝、魚タイプの魔物の情報が上げられていたけど、ヤシガニや蟹タイプは欠片もなかったし。
前に海に辿り着いた人たちは海岸の別の場所に着いていたのかもしれない——
あ。
「 ……海産物獲ってくるの忘れてた」
ヤシガニ狩りに夢中で、食材の事すっかり忘れてた。
……ああ、私の魚に貝に海老。
あるのは大量のヤシガニ肉と蟹味噌。いや、まあ、これがあるだけマシなんだろうけど。
仕方ない。今回は運が悪かった……のかどうかはよく分からないけど、諦めよう。
次の機会、もし海へ行く事があった時には色々乱獲するぞ!
「この大量の素材はどうするの?」
「あ、お任せします。『紅蓮堂』でお好きに使って下さい」
私一人では明らかに持て余す量だし。
【細工】で使えない事もないけど、皮素材や甲殻素材などを扱うにはスキルレベルがまるで足りてないし。というか、ほぼ放置状態。
うーん。そろそろ、【細工】のレベルも上げていかないとなぁ……
やる事はいっぱいだ。
「それだと此方が貰いすぎです」
ルーミスさんが眉根を揉み解しながら嘆息を漏らした。
ルーミスさんが説明してくれた所によると、装備や素材などアイテムの売買や取引には商業ギルドが定めたルールがあるらしく、公正な取引から脱していると注意や警告を貰うらしい。
流石にまだその先までペナルティを貰った人こそいないものの、警告を受けたとある生産職プレイヤーが「内容が悪質だと一定期間の商取引の禁止や、露店や店舗の許可証の剥奪も有り得る」と商業ギルドの関係者に教えて貰ったらしく、その情報は生産職のネットワークを通じてすぐに広まったんだとか。
「ですから、此方はソルか何か別の形で饕餮さんにお支払いしないといけないんです。饕餮さんは『紅蓮堂』のメンバーでもありますから、資材収集の報酬と言ってもいいですが」
なるほど。生産職には生産職の掟があると。
「ちなみに冒険者同士の取引については商業ギルドは特に関与しないそうです。冒険者ギルドも陳情が無い限り手出しはしないとか。ただ代わりにと言ってはおかしいですけど、あまりにも悪質な人は契約神から天罰が下るそうですが」
やり過ぎに対するGM権限のNPCからのお仕置き?
今までの事を振り返ってみる。
……これからは気を付けよう。
さて。じゃあ、どうしますか。
お金は賞金首の報奨金という大金が手に入る予定があるし、装備は今のところ欲しいものが無いし。うむむ。
あ、そうだ。
「マルキューさん。そこの白い糸玉なんですけど」
「これ?」
マルキューさんが皮素材の山の脇に3つほど置かれた成人男性の拳大ほどの糸玉を1つ拾い上げる。
「これ?——って、トウちゃんコレ!?」
【鑑定】したらしく、糸玉を手に驚きの表情を見せる。その声音に僅かに喜色が混じっているのは職人としては当たり前の事だ。
何故なら、〈網蚕の糸〉以上の糸素材はまだ見つかっていないのだから。
「それで新しく服系統の防具を作れますか?」
〈低級アルケニーシルク〉。
恐らく〈網蚕の糸〉の、より上位の糸素材。
現状、布を作れる糸素材は幾つかあるもののその殆どが植物由来か、或いは動物の毛糸のような物ばかり。
絹のような質感、性質を持つ素材は〈網蚕の糸〉しか存在していなかった。
けれど、〈低級アルケニーシルク〉は言わばスパイダーシルク。絹に限りなく近く、また別の性質も有する高品質素材なのだ。
そう、職人にとっては新しい素材に触れられるのは、この上ない喜び。
心の中では新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃぐものなのだ。
「うーん。作れるとは思うけど、流石に量が足りないかなぁ。布を織って服を作るから、この大きさの糸玉があと5つ。——ううん。色々調べたり、補修したりする事を考えたら更に4つくらいは欲しいかな?」
「合計9つですか」
別にボスを狩る訳でもなし。
その位なら4、5時間ほど森に籠もればイケるかな?
ついでに森の探索をもう少ししておこう。
「じゃあ、それ集めてくるんで防具の作成をお願いしていいですか?」
「ちょっと待って。それだとまだ足りませんよ?」
取引成立、という所でルーミスさんから待ったの声が。
むむ。
「足りませんか?」
「足りません」
どうやら素材の大半を私が集める為、ただの生産依頼と変わらないらしい。それだと提供した大量素材と帳消しにはならないんだそうだ。
……めんどくさいなぁ。
「饕餮さん。装備を少し増やしてみませんか?」
「増やす、ですか?」
「ええ。饕餮さんに提供して頂いた素材の一部をベースに、此方からも出した素材を組み合わせて。計算上、これならなんとかトントンの手前位には持っていけるんですが」
お互いに素材を出し合い、手間と費用はあちらが負担、と。こういう感じかな?
「私は構いませんが。ただ、今のところ欲しい装備がないんですが……」
そう言うと、ルーミスさんはにっこりと笑みを浮かべてみせた。
「具足は如何ですか?」
「具足、ですか?」
「はい。正確には小具足、籠手と脛当てですね。皮革と甲殻素材を組み合わせた物をどうかと」
籠手と脛当て?
そう言われてみると、確かに防具が服だけなのは不安な部分もある。できるなら欲しい所ではあるけど……
「小具足って、甲冑の一部でしたよね? 私が装備できるんですか?」
巫女は鎧系統は装備できませんが。
装備できない物を作っても仕方ないですし。
「それは問題ない、と思います」
初めて見るルーミスさんのドヤ顔。
言葉尻はともかく、心中では自信満々の様です。
「図書館で調べていた時、古い物語の中に巫女のように鎧を装備できない職業が登場していたのですが……その職業の場合、服の上から籠手と脛当てを装備している描写がありました。同じように巫女も装備できる可能性があります」
それに商業ギルドでも『多分大丈夫じゃないか?』と回答を頂いていますし。
そう言って、ウィンクをしてみせてくれました。
いや、多分て。
「饕餮さんはソロで何故か近接メインだし、【格闘】も使われるんでしょう? 装備にもよりますけど拳や蹴りでの攻撃の威力が僅かにですが上昇しますし、受け捌きもしやすくなるでしょうし。あった方が良いのでは、と思いまして」
確かに。
腕や足をガードする物はあった方が助かるかも。
「じゃあ、お願いしても良いですか?」
サイズに関しては以前採寸したデータがあるから問題無く。私が素材集めに行ってる間に作成しておいてくれるようだ。ありがとうございます。
ただ、どんな物になるかは乞うご期待との事。
それは逆に不安になるんですが……
そんな意見も笑って誤魔化されながら、素材集めに送り出される。
「まあ、いいか」
じゃあ、素材集めに頑張りますか。
いざ、『魔獣の森』!
あれ? そういえば、なにか忘れているような……




