一期一会は常なるもの
私がその亜人の集落を去る時、こんな別れの挨拶をされた。
「友よ。因果が交わるその先でまた会おう!」
それはゴブリン、オーク、コボルト、様々な亜人の集落を訪れ、去る時に必ず贈られた言葉だ。
思わず彼に由来を訊いてみると、かつてあるゴブリンの集落を訪れた稀人なる者が去る時、友に贈った挨拶なのだという。
それ以来、そのゴブリンの集落では別れの際の挨拶として使われるようになり、それはやがて交流のある種族へ。そして、亜人全体に広まったのだそうだ。
しかし、中々に含蓄のある言葉ではないか。
例え離れ離れになっても因果が交われば再び出会う、とは。
その、ある意味で率直な言葉であるからこそ、亜人たちに受け入れられたのかもしれ——
《文化人類学者ラストル・Aの手記》
いやー、大漁大漁。ホックホクです。
あれやこれやと融通きいてもらったお陰で、予想以上の戦果が得られました。
なんか、お相手していただいたゴブリンやコボルトの商人さん達の背中が若干煤けているようにも見えますが、多分気のせいでしょう。
「いや、アレは完全にタカッてたような……」
「気のせいです!」
此方が出したのは『魔獣の森』を含めたウェンディコ南側と東側の魔物素材や薬草類。
どれも西側の荒野にあるゴブリン村では手に入りづらいものばかりだから、価値は高い。各種ポーションの材料である薬草類と、固くて鎧の材料に向いているナイトアーミーとナッツ・スピナーの甲殻は特に食い付きが良かったかな。
だから、実際のところは取り引きとしては——ギリギリのラインに詰めてはいるけど——公正なのだ。商人さん達もそれが分かってるからこそ、取り引きの結果を受け入れてるんだしね。
ただ、まあ。もう、こういうのは良いかなぁ?
昔、古物商をやってる母方の祖母から教わった、「商売ゆうんは真剣勝負どす。相手に失礼ないよう、|ヤる(毟る)時は徹底的にやらな、いけまへん。——そやけど、相手に利益を与えないのは二流どころか三流や。一流の商人は、相手にギリギリ利益を齎しつつも、手前は最大の利益を掠め取るものなんどすえ」という、教えを実行してみたかっただけだし。
こういうの、私にはあまり向いてないしね。
「ところで、工房への見学と利用のお話なんですけど」
村に着く前に、芙蓉ちゃんにお願いしておいたゴブリン村の工房の見学と、アクセサリー製作の為の利用をお願いしていたのだ。
どうも、ゴブリン村の工房には刀の製作を含めて幾つかの秘匿技術があるらしく、利用や見学は難しいらしいのだけど。一応、もしもの事を考えて、お伺いしてもらっていたのだ。
「……申し訳ないでござる。やはり、氏族秘伝も多いが故、利用も見学も難しいそうでござる」
あー、やっぱりか。仕方ないですね。
「元々無理そう、と聞いていたのをダメ元で伺ってもらったんです。気にしなくていいですよ」
さて、そうなると、ゴブリンの村での予定は大体消化した事になる。どうしようか。
「——うん。西へ行こう」
当初の予定通り、更に西。あるという海岸へ。
「へ?」
この村から北の方にあるという、オークの集落も気になるけど、あちらはやはり魔物の強さが跳ね上がってる為、現在の実力では厳しいらしいし、ここら安全策を取ろう。
べ、別に海産物食材に興味が行ってる訳ではな……くもないというか、やっぱり美味しいものは食べたいけど。だから、ええと、うん。初期プレイヤーの大半の皆が南に向かっている今、絶えてしまった西側の情報を集める為に行くのです。よし、言い訳終了!
……wikiや掲示板に情報をアップする予定はないけどね!
「善は急げ。さて、用意を整えて行きますか」
まずは減った携帯保存食を補給して、後は……ああ、刀とガチでやり合ったから……うわ、やっぱり六尺棒の耐久値がすっごい減ってる!
巫女風装束も結構減ってるし、工房に修復だけでもお願いしてみるかなぁ。一応、補修用の素材もそれぞれに貰ってあるし。
「芙蓉ちゃん。工房に武器、防具の修復ってお願いできます?」
「へっ? あ、他種族の方々にお願いされる事もござるから、それはできるでござるが」
よし、ならまず装備の修復をお願いして、その間に買い物を済ませて……
「と、饕餮殿!」
ん?
「なんですか? 芙蓉ちゃん」
そんな半泣き顏で。
「もう、村を出ちゃうんでござるか?」
あ。あー、そっか。
「はい。私の目的はゴブリンの村と、更にその先にあるという海岸へ行く事でしたので」
芙蓉ちゃんは現在の村ではただ一人の兵見習い。同年代が居ないんでしたっけ。
多分、私は初めて仲良くなった同年代?だから、寂しいんだろう。……ゴブリン年齢の人間換算だと、私は4歳年上だというのはさて置くとして。
でも、私は元々根無し草の冒険者である上に、プレイヤー……リアルという異世界から、このゲーム世界への来訪者だ。芙蓉ちゃんがいみじくも最初に呼んだ『マレビト』、そのものなのだ。
だからこそ、私はあえて彼女に告げよう。
「ええ、私は明日にもこの村を出て、西へ行きます。海に着いた先はまだ分かりませんが、ウェンディコに戻るにしてもこの村には寄らないでしょう。……だから、ここでお別れです」
私も寂しいですよ。
けれど、私はこのゲームをもっと、もっと楽しみたい。だから、立ち止まっていられないんです。
「そう……でござるか」
それだけを呟くと、芙蓉ちゃんは後ろを向いて走って行った。
「会うは別れの始め、か」
師匠や先生のように、二度と会えない訳じゃない。私がこの『Fantasy Roots Online』を続けている限り。彼女が死を迎えない限り。会う事は出来る。
それでも——
「一期一会って辛いなぁ……」
その後は、急ぎ足。
通りすがりのゴブリンさんに工房の場所を教えて貰って、すぐに移動。工房で素材を代価に装備の修復をお願いする。
「おいおい、こいつぁ損傷がちと酷ぇな。半日は掛かるぞ」
……思ってた以上に酷い状態だったみたい。
「あー。じゃあ、明日の早朝に受け取りしてよろしいですか?」
「ふむ。構わんが、代価の素材は多めに貰うぞ?」
「はい、お願いします」
その後は夜になる前に、旅の用意を整える為、市場に戻ってお買い物。
日没前に宿屋に戻り、女将さんにお礼をする。
「ま、頑張ってな」
「はい」
翌朝、工房へ向かい修復が終わった装備を返して貰う。
「急ぎ仕事だが、きっちり仕上げておいたぞ」
「ありがとうございます」
迎賓館を訪れると、いつの間にかお仕置きから抜け出してたらしい?主水さんが。
「なんじゃ、もう行くのか。忙しないのぅ。ま、若人はそんなもんかの」
「長ー! お仕置きは終わってませ——おや、巫女殿」
主水さんを追いかけてきたのか、飛び込んできた葵さんにもご挨拶を。
「それは残念だが、仕方ないな。また、いつか全力で戦おう!」
「ええ。またいつか」
今度は、勝ちますよ!
そして、村の西側の入り口へ。
ふと振り返ると、いつの間にか村にいた沢山のゴブリンさん達が集まってきていた。
皆、笑顔で激励や別れの挨拶をしてくれています。
皆、一斉すぎて、ちょっと聞き取れないのが多かったけど。
「ありがとうございました!」
深々と会釈をして、後ろを向く。
芙蓉ちゃんはいなかったのは寂しいけど……行きますか。
「待って! ——待ってでござる!」
聞き覚えのある声に、再び振り返る。
「芙蓉ちゃん?」
芙蓉ちゃんは全力疾走したからか、げほげほ咳をしながらも此方をしっかりと見て、手にしていた物を差し出す。
「こ、これを持って、行って欲しいで、ござ……ごほっ」
受け取ったのは、両手のひらに載る位の小さな——
「……刀?」
「悟武臨の兵が、と、友と認めた相手に贈る守り刀でござる。饕餮殿は拙者にとって恩人であり、初めての友故、これを受け取って欲しいでござるよ!」
友に贈る、守り刀……
差し出された小刀を、大切に受け取る。
「ありがとうございます芙蓉ちゃん。大事にしますね」
こんなサプライズ、卑怯ですよ。
「では」
もう一度、後ろを向く。
もう、振り返る事はないですね。
「行くでござるか?」
「ええ、行きます——おまる」
おまるを呼び出して、その上に飛び乗る。
「また、いつか会いましょう! 因果が交わる、その先で!」
「……あかん」
おまるの上でぺたりと突っ伏す。
「キュィ?」
「『因果が交わる、その先で!』ってなんなんだよぅ……」
興奮の余りに叫んだ、とんでもなく小っ恥ずかしいセリフに。
自分で自分に精神的大ダメージを与えていた。
「く、黒歴史にしよう!」
……あの、セリフだけは!
〈悟武臨の守り刀〉
品質:-
ATK:+0
DEF:+1
RES:+5
耐久値:-
【友への祈り】
【状態異常耐性強化】
ゴブリン族に友と認められた者だけに贈られるお守りの小刀。贈られた者はあらゆる凶事災難から退けられるという。
所持中、1回だけ即死の判定を無効にする。無効後、このアイテムは消滅する。
販売、売却、強奪、攻撃による破壊は不可能。
という訳で、主人公は(黒歴史を作りながらも)ゴブリン村を去って、更に西へ。
なんかあっという間で申し訳ありません。
また、更新が遅くて申し訳ありません。




