お酒と先入観はこわい
お酒は二十歳になってから。
「おぬし、いい面構えをしておるな。
英雄の相じゃな。鍛え上げさえすれば、世界を変えるのも夢ではない。
何、皆にそう言っておるのではないかじゃと?
ははは。そうかもしれんな。儂からすりゃ、ぬしらは眩しいほど若い。可能性の塊よ。
四の五の言わずに鍛えてみぃ。好きこそものの上手なれと言うじゃろ。
まずはほれ、ここを出たら腕試しに試合でも一戦、いかがかな?」
「……あれ、放っておいていいんですか?」
「いいのいいの。長は酔っ払うといっつもアレを口走ってるから」
柱とか置物とか盆栽とかに、らしい。
絡み酒、ただし物に絡むので害は無し、って変わった酒癖だなぁ。
そう言えば、師匠と師範の二人もよく酒盛りしてたっけ。父子二人して上着を脱いで半裸で型やポージングをする酒癖があって。その度に、先生に張り倒されてたなぁ。
あれ見て、私は一生お酒は飲まない事を心に誓ったんだよね。変な酒癖持ってたらこわいからって。
結局、迎賓館という名の宴会場に連れ込まれてしまいました。
私は未成年なのでお酒はお断り——するつもりだったのだけど、『異界人の飲酒喫煙は20歳から』という情報は神々(運営?)から伝えられているらしく、勧められる事自体ありませんでした。そんな酔っぱらいが来ても、お世話役の小母さま方が張り倒しましたが。
あ、私の外見年齢がこちらの成人前に見えるから、という訳ではありませんよ。ええ、そうです。26歳——人間でいう13歳で、疲れて私の膝枕で眠ってしまった芙蓉ちゃんと同年代に見られていた訳ではありませんとも!
で、刀での丸太断ちの演武やドツキ夫婦漫才などゴブリン伝統の隠し芸?を見ながら、色々なゴブリンさん達とお話ししてみました。
この宴会に参加しているのは、明日のお務めがない人達だけで村全体の人数の4割程らしいけど、芙蓉ちゃんみたいな『拙者でござる』口調の人はほとんどいない。
気になったので訊いてみると。
「あれは……兵を目指す人達が最初に掛かるはしかみたいなものだから」
小母さま方は少し遠い目をしてらっしゃいます。
どうやら、いわゆる『くっ封印した筈の左腕が疼きやがる』とか『邪眼の力を舐めるなよ!』とか『前世は古代の宇宙を守っていた聖選士で、あなたは私の魂の片割れだった守護天使だ』とか『銀髪でオッドアイ』みたいなモノのようです。
うん。今度から、今迄以上に芙蓉ちゃんを生暖かい目で見る事にしましょう。
あと、ゴブリンが『悟武臨』、もん?の氏族が『聞』という漢字が当てられている事も教えて貰いました。
なんでも古代魔法文明から放逐された後、初代のご先祖さまが竜王様の保護を受けた際の問答で「我らはそも武門が為に作られし種。安んじても悟りてもなお、武に臨むだろう」と種族の在り方を語ったのが由来だそうです。何それかっこいい。
氏族についてはそれぞれ氏族を形成する際に、比較的に物を知ることが大好きなゴブリンが集まって形成したので、『聞』と名乗ったのだそうな。他には、とにかく技術と名のつく物の研究開発が大好きな『嗅』の氏族や、武技の鍛錬にこだわる『触』の氏族。星見や神官巫女の役目を担う『見』の氏族などがあるそうです。
『食』か『味』の氏族もあるんだろうか……あるとすれば、何に対応して。いや、やめとこう。
あ、ゴブリンやオークと話すのに、それぞれの言語を習得する必要はないそうです。あれは各種族内で使用している文書や看板、食堂のメニューなどが読めるようになるだけだそうで、無くても交流に問題は無いそうな。
あれ? 前に情報掲示板を確認した時、言語習得頑張るみたいな事を書いてる人がいたような……あ、南無。
なお、漢字について訊いてみたら、なんか凄く長い歴史のお話が始まりそうだったので、すぐに別の話題を振って誤魔化しました。
それにしても、ここにいる人達は本当に、一般的なファンタジーで流布しているゴブリンのイメージからは程遠い。
見た目は背が低い事と、角がある事、鼻が少し潰れた感じで丸い事を除けば普通の顔立ちで、醜いという印象は全く感じない。むしろ、中には目を惹くような美形さんもちらほらいる。芙蓉ちゃんだって、幼くはあるけど可愛らしい顔立ちだ。
性格も温厚で純朴、しかも義理堅い。
狡猾な印象は全く感じない。勿論、全てのゴブリンがそう、という訳ではないんだろうけれど、全体での印象は『実直』の一言に尽きる。
事ある毎に宴会で騒ぐのが好きなのは、むしろご愛嬌かな。
あ、私は次からは宴会は御遠慮させて戴きますけどね。
兎にも角にも、ゴブリンという種族に出会えただけでも、西側の荒野に来た価値はあったと断言できる。
オークやコボルト、他の亜人にも出会うのが楽しみですね!
翌日。いつの間に眠っていたみたいで、起きると芙蓉ちゃんに抱き枕にされていました。
芙蓉ちゃんが起きないように身体を剥がし、起き上がる。
ゴブリンさん達は見回すと死屍累々、ほとんどがダウンした状態だ。客が来る毎度にこれって、村の機能として大丈夫なんだろうか。ちょっと心配になります。
ちなみに長の主水さんは現在も、信楽焼の狸っぽい丸いドラゴンのような置物に向かって、何やらブツブツ語ってます。
ぶっちゃけ怖いので放置します。
とりあえず、片付けをしている小母さま方に挨拶をしてから、館の外へ。
「さむっ!?」
外へ出てみるとまだ日が登り始めた直後だからか、思った以上に肌寒い。
室内だからと脱いでいたコートドレスを引っ張り出し、急いで羽織る。
「はぁ……」
息が白い。
朝に冷えるのは、空気に水分が少ない荒野だからかな?
朝なのもあるけど、出歩いている人の姿はやはり疎らだ。間違いなく、迎賓館でダウンしてる人が多いからだろう。
うーん、今日中に買い物とかを済ませておきたかったんだけど、無理かな。
お店が開きそうな気配はあまり感じないし。
仕方ない。ログイン限界時間にはまだ余裕はあるけど、明日のお昼では確実に引っ掛かるから、もうログアウトしちゃいますか。
来て早々、不在になるのは心苦しいけど。
明日は現実で友人達に遊びに連れ出……遊びに出掛ける上に、プレイヤー追加に伴うバージョンアップで丸一日ログインできなくなるから、ゲーム内ではおよそ四日ほどのお留守だ。
数少ない営業していた村の宿屋を訪れ、女将さんに事情を話しておき、あらかじめ多めの五日分の部屋代を支払って一室を借りる。
中は昔懐かしい畳敷き。
うーん、裸足で過ごせるのってなんでこんなに心地よいんだろ。やっぱり日本人だから?
畳の上で、ちょっとはしたないけど胡座を組んで座る。
どうせ見る人もいないし、気にする必要はないよね。
「じゃ、ひとまずお休み、と」
《饕餮さんがログアウトしました》
最初に、申し訳ありません。
主水はアレを言わせたかっただけです。
たまたまポスターを見かけて、気付いたらメモってました。そして、機会を伺い……はい、アホですね。




