亜人? ごぶりん?
伝承が、
巷説が、
想像が、
事実とは限らない。
と、とりあえず何か食べ物を……
異界の道具袋から、露店市場で仕入れておいた食料を取り出す。
確か、携帯食料も……って、あれは駄目だ。消化に良くない。
消化にいいのって、どんなのあったっけ?
とりあえず、無難に果物?
でも、今持って来てるの、手のひらに丸々一個乗る位に大きな干しブドウとか、表皮が石みたいに固いスイカとかしかないんだけど。
あ、サボテンの実もあったっけ。
「う……う。ご、ごは……ん?」
あ、起きた?
「大丈夫? これ食べられ——わっ」
目を開けたかと思ったら、いきなり飛び付いてきた。
私が手に持ってた干しブドウを奪い取り、一心不乱に食べ始める。
一個、二個、と食べていき、結局全部食べ尽くした。まだ足りなさそうなので、石みたいなスイカをかち割って、大きなスプーンと一緒に差し出す。
ゴブ子ちゃん(仮)がそっちを食べている間に、私に必要な分を残して食材を片っ端から引っ張り出す。
あ。
「おまる。そのまま、そこで周囲を警戒しといてくれる?」
「キュゥ」
さーて、れっつくっきんぐ!
私が作れるのは材料的には大した物じゃないけどね。
スキル? レベル? 出来?
あれは普段料理してない人のシステム的なアシストと、特殊効果を出せるようにする為の物だから、普通に料理する分には関係ないんだよね。
レベル1でも、作ろうと思えば満漢全席作れます。
……私は作れないけど。
にしても。
おー、すごい食べっぷり。
……どんだけ飢えてたんだろ。
明らかに食べる量が身体の体積超えてるんだけど。
「かたじけのうござる」
結局、ゴブ子ちゃん(仮)は私が作った料理を含め、しめて10人前の御飯を平らげました。
で、ようやく平静?に戻って、食事の御礼と干しブドウ強奪の謝罪をしてくれたんだけどね。
「この一飯の恩義、拙者けして忘れず七代先まで語り継ぐ所存でござる」
なんて見事な、綺麗な正座からの土下座。完璧な所作でしょう。
ん?
拙者に、ござる?
「遅れましたが。拙者、悟武臨族が聞の氏族、芙蓉と申します。いまだ武者修行中の身ではありますが、氏族にて兵の職を戴いております」
う、うーん?
何か、何かゴブリンのイメージと違うような……
なんというか、おサムライさん的な?
よく見ると、刀らしき物も腰に帯びてるし?
「えっと、初めまして。私は異界人の鬼人族で、巫女の饕餮と申します。兼業?で冒険者もしています」
「なんと! マレビト様でござるか!」
顔を上げて、驚いた表情を見せる芙蓉ちゃん。
あ、15歳くらい? 年下っぽいから、ちゃん付けです。
マレビト?
えっと、来訪の神とか客人とか旅人を表す言葉だよね。
プレイヤーって、ある意味誰も彼もが超人だから、あながち間違った呼び方でもないんだよね……
「しかも、巫女様とは……拙者の運勢は有頂天でござるな!」
それ使い方間違ってますよ?
にしても、なんかあまりにも既視感を覚える言動なので、思わず訊いてみた。
「この辺では珍しい名前と話し方ですね。ゴブリン族特有のお名前ですか?」
私も似たような名前にしてるけど。
意味は花どころか、妖怪の名前だけど。
「異種族の方にたまに言われるそうでござるな。悟武臨は亜人でござるが、元々は東方大陸に近い、とある島嶼国家に住んでおりまして。その土地の影響で、このような名前や話し方なのだそうでござる」
なるほど……どう考えても由来のソコって、こっちの日本に当たる『ヤオヨロズ』ですよね?
「我ら聞の氏族は元より妖精の血が強く好奇心が旺盛な質故、氏族ごと様々な土地を渡り歩いているのでござるよ」
へー、追われて放浪とかじゃなくて、むしろ世界の不思議を追うって感じなのかな。
うん、もはや私が知ってるゴブリンじゃないですね?
後、妖精の血?
よくゴブリンは小鬼とも邪妖精とも言われるけど……
「悟武臨は妖精と鬼人と魔物を掛け合わせた亜人でござる。妖精特有の羽根と、元の魔物の強さは受け継がれなかった故、失敗作扱いで放逐されたでござるが」
うん?
「掛け合わせた? 亜人? 失敗作?」
「ああ、マレビト様は異界の方故、ご存知ではないのでござるな。亜人は、古代魔法文明にて生み出された実験体の末裔でござる。妖精と鬼人、魔物を掛け合わせた語武臨。エルフとダークエルフの掛け合わせに魔物の強さを持たせようと改造したオーク。蜥蜴の魔物を人に近付けたリザードマン。犬の獣人を獣に近付かせようとしたコボルトなど、創造神が生み出された人間やエルフ、竜人などヒトと呼ばれる方々とは異なり、亜人と呼ばれるものは全て古代魔法文明の実験体であり、失敗作であるが故に生き残れた者達なのでござる」
「そ、そうなんですか……」
どうしよう。なんか割と重い?設定が。
「その、失敗作だったから生き残れた、というのは?」
「古代の魔法文明は、あまりにも人心、生命の尊厳を無視し、放漫と暴虐の限りを尽くしたとして竜王が一柱『断罪竜』グラム様により三晩で滅ぼされたのでござる。グラム様は、実験体であり失敗作として未開の地に放逐されていた我ら亜人を哀れに思われ、生活が安定するまで保護してくださったそうでござる」
現在、発見や発掘される古代魔法文明の遺跡は多くはない。それは稼働中の施設や街が、そのグラム様なる竜王に徹底的に滅ぼされたからだそうな。
うーん、どれだけ酷かったんだろ。
それにまた竜王様か。
アフターサービスがいいのが、なんともまあ、コメントしづらい。
「なるほど。話は変わりますが、芙蓉ちゃんはなんで行き倒れてたんですか?」
「う!」
なんか額から汗がダラダラ垂れ始めてますけど……
「じ、実は拙者、気分が高じると寝食を忘れてしまう、という悪癖が」
うん。
つまり、修行に出てきたのはいいけど、修行でハイになって、ご飯を食べるのを忘れて、空腹で倒れた、と。
ちょっとかわいそうな子を見るような目で見よう。
私も鍛錬とか嫌いじゃないけど、そこまで行かないしなぁ。
戦闘は別なんだけど。
「な、なんでござる!? その生温かい眼差しは!」
涙目なゴブリン娘、意外とかわいい。
「そ、それで、食事の支払いの事なのでござるが」
「うん? そんなの別に……あ、いや」
無償で施し?みたいなのは、良くないか。
「ソルでだいたい100、って所かな? 果物とか割と高かったし」
ん? 変な顔して、どうしたのかな?
「拙者、貨幣はおろか報酬に当てられるような物は持ち合わせておらず……」
あー、まあ、修行中に行き倒れてたんなら、そんな持ち合わせなんて物はないよねぇ。
流石に——ちらっと見てみて。
腰の刀は可哀想だし。
私の視線で気付いたのか刀をヒシッと抱き締めてるけど、獲りませんよ?
「なら、もし良ければ、ゴブリン族の……門?の氏族ですか? そちらの、村か町かは分かりませんが、ご案内して戴いてよろしいですか? それを報酬とする事で構いませんので」
「それは……構いませぬが、何故?」
「単純にゴブリンという種族への興味と、主には交易ですね」
道具袋から露店で買った翡翠や瑪瑙の原石、それと以前作成したボーンアクセサリーを取り出す。
「こういう、鉱石が欲しいんですよ。もう一つ、こんな感じで兼業で細工もしているので」
……まあ、未だ性能を伴ったアクセサリーを作れていない見習いレベルですけどね。
「ぬう、そのような事情なら問題は有りませぬが…… 巫女様でもあらせられる訳ですし」
さっきから気になってたんだけど、なんで巫女を様付けして——
「キュィッ!」
おまる!?
今のは、注意喚起?
振り返ると、地平線にうっすらとこちらに向かってくる影が。
「あれは…… ピューマ? いや、それにしては大きいような」
その移動速度はあまり速くはない。
けれど、体躯は非常に大きく、口元には鋭く長い牙も見える。豹柄の、ライオン?
「あ、あれは荒牙獅子でござる! 本来は群れる猛獣でござるが、単体でも強力な魔物の一種でござるよ!」
〈ワイルド・スミドロン〉Lv.5
魔物 アクティブ
地上 ??? ???
レベル高っ!
とりあえず、芙蓉ちゃんとおまるがいる現状では戦闘は無理と判断!
「おまる!」
「な、なんでござる? なにするでござる!?」
「キュ!」
立ち上がり、芙蓉ちゃんを抱え上げて、側に駆け寄ってきたおまるに飛び乗る。
小柄だからか、芙蓉ちゃんが意外に軽いのは有り難い。
「今は逃げるよ! この子にしっかりしがみついて!」
芙蓉ちゃんを抱えるように乗っかり、おまるの甲殻の縁を掴ませる。
「こ、この蟲は?」
「私の相棒! おまる、【突進】で離脱! ——【コンパクカッセイ】!」
おまるのステータスを強化し、全力で走らせる。
スタミナはどうしようもないけど、【突進】で減るMPは〈シンキジュンカン〉で補える。
おまるは元々LPが高いし、あの赤モヒカンのサボテンの火炎放射のような、距離のある相手にもダメージを与えられる攻撃が無ければ問題はない。
あのワイルド・スミドロンの移動速度は赤モヒカンよりは遅いから、まず間違いなく逃げ切れる。
……よね?
遅くなってしまい、申し訳ありません。
ここ暫くの暑気で執筆が進まず、半ばダウンしてました。
で、今回は説明回乙です。すみません。
ヒト種→人間、エルフ、鬼人、獣人など、プレイヤー選択可能種族を含め、運営により直接生み出された種族です。
亜人→ゴブリン、オーク、コボルト、リザードマンなど、古代魔法文明を形成したNPCが魔法や魔導技術による改造や合成などの人体実験で生み出した種族です。
亜人は哀しい出自と辛く苦しい歴史も歩んできましたが、竜王の保護や創造神を含む神々の託宣、他種族の友誼など沢山の手を差し伸べられ、現在では一部の国を除いて普通に社会で受け入れられています。
ウェンディコでは見かけませんが、街で暮らしを営む亜人も沢山います。




