鬼のお仲間
赤鬼青鬼。
※主人公が死に戻りした理由について話すシーンを書き忘れていたので追加しました。
「げふぅ……」
う、おぉぅ……
ま、まさかボス戦後に死に戻る事になるとは。
LPもMPもギリギリ。スタミナも使い切って、精神的にも疲労していたとはいえ、油断し過ぎた。
通常フィールドからインスタントエリアに飛ぶタイプのボス戦は帰還時が一番危ない、って知ってたのに……
普通のMMOでも、ボス倒して意気揚々と通常フィールドに戻ったら、アクティブな強MOBが大量POPしててリンチとか稀によくある事だし。
あー、失敗したー。
意地でもセーフティエリアに戻るべき……いや、最低限移動できるだけの余力は残すべきだった。
うん、そういう意味では私もまだまだ未熟だなー。
もっと強く、もっと精進しないと!
……まあ、デスペナが解除されるまで殆ど何もできないんだけど。
「宿屋にでも入って、ドロップとかのチェックするかなー」
紅蓮堂は暫く行くの控えるとして。
いつまでも中央広場で突っ伏してるのも邪魔だろうし、起きて立ち上がる。
「ん?」
すると、右隣の地面に何やら光の輪が浮かび上がった。
光の輪はクルクルと旋回しながらゆっくりと上昇していく。
すると、中から厳つい顔つきの男性が現れ、地面に着地した。
何故か座禅を組んだ状態で。
私と同じ鬼人族だが、真っ赤な肌の大男でがっちりした筋肉に覆われている。地面に座っているから、はっきりとは分からないけど、身長は多分2メートル近いか、それ以上だろう。
見るからに『鬼!』といった雰囲気だ。だが、それらを押し退け、頭頂部から天を突くように生えた一本角が、凄まじい存在感を放っている。
その、なんだ。周りに生えている筈の『アレ』が全くないからだ。
キャラメイクで生やす事も伸ばす事も自由にできた筈だから、あれは多分ワザとだろう。
うん、そうに違いない。
ふと背中を見ると、着ているローブに『卵を抱く蛇』の紋章——生命神の象徴が刺繍されている。
あれは——確か、〈エフィルローブ〉。
店売りの品だけど、治癒や浄化の魔法に効果上昇の恩恵が得られる特殊なローブだった筈。あれを着るのは、まず信徒の職業を選んでいる人だけだ。
どう見ても、ゴツい鎧着て両手斧ぶん回してる方が似合ってるけど。
……ヒーラーなのか。
誰得だとは思うけど。まあ、プレイスタイルは自由だよね!
——私も人の事えらそうに言えないし。
「ぬぅ……死に戻ったか。精進が足りぬな」
見た目通り? おなかに響くような重く低い声。
うーん、いい声してる。
「ぬ?」
職業はさておき、種族といい見た目といい声といい、見事にマッチしている。
職業以外は。
しかし、MMORPGの醍醐味の一つはロールプレイだ。
ここはやはり、私も何か一つ個性を——
「そこな同族の娘さん。拙僧に何か御用かな?」
はっ!
しまった。ついナリキリについて考察を。
「い、いえ、見事な筋肉だなー、と思いまして……」
って、これじゃ私が筋肉フェチの変態みたいじゃないですか!?
だけど、赤鬼坊主さん(仮)は照れた表情で後頭部をつるりと撫でた。
「これはお恥ずかしい。拙僧はキャラクターカスタマイズとやらが苦手で、肌と目の色こそ変えたものの、現実のままにしておるのですが」
え! そのガタイも頭も、本物!?
「——という事にしてある」
え?
「まあ、ロールプレイって奴だよ『鬼巫女さん』。まあ、見た目は現実そのまんまなんだがな。せっかくのVRMMOを楽しみたいじゃん?」
……うぉい!
ロールプレイかよ!?
って、見た目は現実のまま?
「え? そのか——頭も?」
「まず、そこかい! まあ、俺はリアル坊主だからな。あ、頭に角はないぞ」
当たり前です。
つか、素はなんか砕けた感じの人だなー。
「え、リアル坊主って、もしかして職業が?」
「おう、リアルにお経唱えてるぜ」
袈裟着て数珠持った身長2メートルの坊主……
かふー◯んがい◯?
「なんか変な想像してないか?」
「いいえ?」
そういや、自己紹介してないや。
「あ、私の名前は『饕餮です。なんか変な頭文字付けられてましたけど、職業で巫女やってます。よろしくお願いします」
「ん。あ、ああ。はじめまして。お……ゴホン、拙僧は名を『生麦大豆二升五合』と申す。長く呼びにくい故、知人からは汗顔の至りながら『和尚』と呼ばれておるので、其方もそのように呼ばれるが良かろう。こちらこそ同族の誼、よろしく願う」
な、生麦……?
「えっと、真言宗の方です?」
確か、民間伝承の呪文?で。空海の御宝号『南無大師遍照金剛』が由来だった、筈?
「お、知っておられるのか!」
あれ、なんか嬉しそう?
「いや、今時は仏教についてすらろくに知らぬ者が多いのでな。うむ。幼い身ながら、博識であられる」
ん? 幼い?
え? ……幼い?
「これでも、一応結婚できる歳なんですけどね」
親の許可はいりますけど。
で、誰が幼いんですか?
「えっ?」
「——なにか?」
文句でも?
「……いや、失礼致した」
「そうですか。お気になさらず」
くすくす。ええ、気にしなくていいですよ。
ゆるさないけど。
ところで、和尚さんは何に負けて死に戻ったんだろうか。
現実の肉体データも影響を受けるこのゲーム、シュワちゃんなターミネーターと殴り合えそうなガタイの人を倒すってどれだけ、強いんだろう?
うん、気になる!
「あの、失礼ですけど、何に負けてこちらに戻られたんですか?」
気になって、我慢できそうにないので訊いてみた。
「うん? ああ。いや、エリアボスなのだが」
「……エリアボス?」
なんですそれ。
「うむ。試練の神が異世界人を試す為に生み出した特殊な存在、なのだそうだ。設定だが。街と街の間、街道の途中で待ち構えていてな。倒さねば次の街に進めぬようなのだ」
次のエリアに進む為に倒さないといけないボス、って事かな?
あと、設定って言っちゃダメです。ロールプレイ、ロールプレイ!
「強そうですね」
「うむ。相手は石で出来た大きな人形なのだが。これがまた硬くて、殴り続けていると拙僧の拳の方が痛くなる始末でしてなぁ」
武器持ってるイメージじゃないな、とは思ってましたけどね。
文字通りの殴りアコですか!
……濃いなぁ。
で、私が戦うとすると石で出来た人形、っていうのはキツそうだけど、まあなんとかなるかな?
次は、エリアボス狙ってみる?
「そちらも死に戻りなされたご様子だが、何が相手で?」
ん? なんで分かっ……あ、そっか。
死に戻りした今の私はアンデッドじみた蒼白さなんだっけ。
「インスタントエリアでのボス戦後に、ヘタった状態で通常フィールドで復帰したら、熊に殺られました」
「うん? インスタントエリアのボス戦というとエリアボ……くま?」
あー、普通のフィールドボス戦だとインスタントエリアはないんだっけ。
「あー、相手にしたボスはマドリー・スピナーの上位種? 変異種? だったんですけど、『宝冠』絡みのイベント戦だったみたいで」
和尚さんはしばらく黙考した所で目を剥いて叫んだ。
「……もしや『魔獣の森』か?」
「え、はい」
強さ的には多分黄金鹿に次いで、ウェンディコ周辺でもトップクラスなんじゃないかなぁ。
狂乱してたからか。樹々を軒並みへし折って、開けた空間を作ってたから何とか倒せたけど。もしあれが普通の森の中での戦闘だったとしたら、私は勝てる自信はない。
縦横無尽に飛び回られていたら、まだ【アクロバット】のスキルレベルが低い私では追いつけなかっただろう。
そういう意味では、やはりあの女王蜘蛛は狂っていたのだ。
「そう言えば、雷電さんがソロで突っ込んでったとか書いてたような…… すまぬ。そのボスの画像か動画はないかの」
女王蜘蛛の?
確か倒して剥ぎ取り前に撮ったのなら一枚だけあったような……
確認してみる。
両腕と脚は全て捥げて、胸や蜘蛛の腹に突き立てられた挙句、人の首が捻れて180度後ろを向いている、ぶっちゃけグロい画像が。
「えっと、かなり原型を留めてないんですが……よろしいですか?」
和尚さんとフレンド登録し合い、メッセージ添付で画像を送る。
「——あー、うん。これは……」
「すみません。最初に遭遇した時に撮るの忘れてまして」
「あ、いや、なんとか原型が分からない程ではないし、こういう魔物が出ることもあると判るだけでも十分だ」
そうですか。なら良かったです。
ところで、なんで若干引いてらっしゃるんですかね?
和尚さんとはその後もしばらくお話ししてから別れ、私は露店市場の方へ。
ポーションや細々とした消費アイテムを結構使ってしまったから、新しく買い集めないとね。
ついでに掘り出し物も探そうっと。
なお、和尚さんは流石に掲示板でまでロールプレイする気はないそうです。




