巫術〈ミノカミ〉
お待たせしました。
大きい、というのはそれだけで一つの武器だ。
大きい、という事は体重がある、という事であり、それを支えるだけの頑強な骨格と強靭な筋肉を備えている、という事だ。
視界は常に見下ろす形となり、迫る危険は察知しやすくなる。首や胴といった弱点になりやすい部位は位置が高く攻撃しづらくなり、また威圧感も伴う。
そして、その体重が重ければ重い程、繰り出される踏み付けや突進は強力となる。体重1000kgを超え、十分な速度を付ければ自動車すら跳ね飛ばすレベルである。
ましてや目の前にいるのは、その身に魔力を宿せし魔物が一匹。
しかも、見るからに上位種の、黄金の毛皮と枝角を持った巨大な鹿。
まるでギリシャ神話に出てくるケリュネイアの雌鹿のよう。
(雌なのに角があるという事から、あれは馴鹿だ、って説があったっけ……)
ふと、意味もなく思い出してしまった。
黄金の鹿の、こちらを睥睨するエメラルドの双眸は、鋭い。
やっばいなー。マジで洒落にならないや。
突然遭遇したイエローディアーの上位種らしき魔物、ゴールディアース。
いきなりの突進はなんとか回避した。だが、めくれ上がり吹き飛ばされた地面の土や石で、ダメージを喰らってしまっている。
LPのゲージは6割。遭遇した時は9割くらいだったから、余波だけで3割も持っていかれた計算になる。
いくら私のVITがさほど高い訳でもなく、ほぼ布系統の初期のみの装備とはいえ、これは洒落にならない。
「これは無理くさい」
……まあ、倒すのは無理だろうな。
イエローディアーですら実は割とギリギリだったりする。動きを誘導して、なるべくダメージを避ける戦い方をしていた。受けたら終わりだし。
それなのに、だ。フィールドボスクラスっぽいコイツに勝つイメージなど、まるで浮かんでこない。
「でもま、やれるだけの事はやりますか」
強者の余裕か、悠然とこちらを見つめている。こちらの準備が整うのも待つつもり?
……こんにゃろめ。
まず、〈コンパクカッセイ〉を使い、自身のステータスを強化する。
これでMPも6割に。更に、異界の道具袋からあるアイテムを引っ張り出す。
〈ウェンディコ名産麦酒〉。別に自棄で呑む訳じゃない。というか、未成年ですし?
「奉納致しますは供物の酒。請うて願うは十二の獣神たる見の神の。禍事祓いし神通力。かしこみかしこみ申します」
韻を踏み、合わせて舞うように陶製の酒瓶の栓を抜き、廻りながら中のお酒を撒き散らす。
飛び散り、日の光を受ける飛沫はまるで蛇。
「来たるは牙。宿るは毒。瘴を顕して凶を祓わん。蛇の神たる御身の神威。——顕現せよ! 巫術〈ミノカミ〉!」
ああ、厨2くさい。
これ、実は思いつきの適当な詠唱だったりする。
いや、だって読んだ本には、奉納する際に供物が必要なのと請願の際に思いを込めた祝詞が大事、としか書いてなかったんですもん。
ある程度の韻を踏みつつ、〈ミノカミ〉の効果を考えたら、こうなった訳で。
あ。供物がお酒なのは、見の神が巳の神=蛇の神であり、巳は水に通ずると共に、蟒蛇ならばお酒、という連想からだ。
そして、それは正解だったらしい。
私の全身とロッドに、瘴気のような青紫色をした紐状の煙が纏わり付く。それはまるで毒蛇のよう。
これで私のMPは残り1割。MPは使い切ったら、一時的に自然回復しなくなる上に魔法や状態異常に対する耐性がガクンと下がるらしいので、本当にギリギリだ。
相手は物理特化に見えるが、油断はできない。
「さて、逝きますか!」
【震脚】を踏み、ゴールディアースの眼前へ。
身体系のスキルやアーツはMPではなく、隠しステータスであるスタミナを消費する。もし、MP消費なら漏れなく制限状態になってしまうので非常に有り難い。
MPのようにゲージで視格化されている訳ではないけども、一応ある程度の目安は分かるので問題は少ない。
「——っふ!」
直突き、更に引いて、もう一度突く。
目を狙っての突き上げだが、振り下ろしてきた枝角に弾かれた。
たたらを踏む。
「こなくそっ」
側面に回り、棒術アーツ〈スプラッシュ〉で袈裟懸けに振り下ろし。
避けられた。
ふと見ると、右の前脚が持ち上がっている
。
「やばっ!?」
右の蹄が地面を叩いた。
ゴバァッ!と地面が砕け、土砂と石が猛烈なスピードで飛び散る。
慌てて、バックステップで後方に。
大きな塊はなんとか躱し。
ロッドを回転させ。
飛来する小さい石礫や土砂を弾き飛ばす。
ただの脚の振り下ろしが、私の【震脚】の何十倍も強力とか、本気で化け物である。
体勢を整え、黄金鹿の方を見ると。
土煙に巻かれている?
「チャンスっ!」
【震脚】で一気に懐に飛び込む。
スキルを複合して発動させるオリジナルアーツの一つとなり、より強力となった〈雀撃ち〉を放つ。
〈雀撃ち〉の追加効果は貫通ダメージだ。
当たれば、こちらの物!
土煙を吹き飛ばすように放たれた高速突きが、黄金鹿の胸部を貫いた。
でも……
「まるで怯んでない!?」
ちょ、えぇ!?
ダメージエフェクトである光の粒子が、黄金鹿の胸部から噴き出してはいるし。
〈ミノカミ〉の効果か、全身に毒状態のエフェクトである紫色の靄が纏わり付いてもいる。
だが、黄金鹿はまるで動じた様子もなく、フン、と軽く鼻を鳴らしただけだ。
こいつ、マジで化け物だ!?
後はもう〈竜尾の一振り〉位しか手がないよ!?
ふと、黄金鹿が頭を下げて、俯いた。
ん? ダメージの影響……にも見えないけど?
まるで何かを溜めるような仕草。
嫌な予感がしたので、バックステップを繰り返して距離を取る。
「 ——って、え、えぇ……!?」
突然ゴールディアースが頭を上げる。
と、その二本の枝角から天上へ向け、光が迸った。
黄金の光が噴き上がり、一本に収束していく。
それはまるで、光輝く聖剣の一振り。
太く迸り、激烈に輝く刃が。
こちらの方へ振り下ろされる!?
天空を切り裂き。
大地を砕き。
進路上の空間を消滅させながら。
迫る光の奔流に私は呑み込まれた。
特殊巫術〈ミノカミ〉Lv. 0 → 1
《発動条件:酒種類の供物アイテム使用》




