危難を越えろ!
タイトルが地味に難しいです。
なんかアナウンスが入ったけど、後回し!
ドドドドドド……と薄暗い夜闇の向こうから大地を駆ける轟音と土煙が見える。
「まるで『大暴走』だな……」
「スタンピード?」
「ごく稀に起こる魔物の集団暴走による都市襲撃だよ。俺も別の街で一回しか遭遇した事しかない。まあ、規模は比べ物にならなくて百どころか千とか万の単位なんだが」
「なにそれこわい」
「お前ら無駄話は後にしろ!」
前に立っているNPCの方々の会話はちょっと気になるけど、戦闘前にそういう話は是非ともやめていただきたいです。
「魔法と弓の使い手は接敵前に攻撃をして、数を減らしてくれ!」
「先頭にいるあの馬鹿どもはどうするんだ? 距離が開いているなら避ければいいが、近い場合は巻き込む可能性があるぞ!」
リボるんの要請に対し、プレイヤーの魔法使いの一人が訊き返した。
ああ、いましたね、そんなの。
「——無視して下さい」
私の言葉に全員が一斉に振り向く。
こら、こっちみんな。前に集中して下さい!
既に私にもなんとか視認できる距離にまで近付いてきている。
そして、私のスキル【解析】は彼ら——このトレインの元凶を捉えた。
『アグニート』 Lv.1
〔人間〕軽戦士 PC
『ルドルフ』 Lv.1
〔獣人:犬〕軽戦士 PC
『とろろ饂飩』 Lv.1
〔ダークエルフ〕盗賊 PC
『シュガーれす』Lv.1
〔人間〕アーチャー PC
あれ? 一人足りない?
「今、一人呑まれた。……ドワーフの足ではやはり限界があったみたいだな」
ああ、なるほど。まあ、それはさておき、彼らPCのネーム表示は赤みを帯びた黄色、オレンジ色になっている。
通常のPCネーム表示色は緑色だ。オレンジ色——つまり、犯罪者である事を表す。
しかも黄色ではなく、赤みを帯びたオレンジという事は死者を出している。恐らくは、トレインで引っ掛けたのだろう。
遅れを取り戻さんと、あえて夜狩りをしていたパーティーを何組か見掛けていたし。
アクティブの『シャドウウィーゼル』は言わずもがな。『ディグラット』はともかく『ナイトアーミー』はリンク特性発動後は暫くアクティブ化する厄介な性質だから、なすり付けられたらひとたまりもないだろう。
「彼らは既に犯罪者です。しかも赤味混じり。死者まで出しています。纏めて倒しても——なんら問題ありません」
私の言葉に数人が息を飲む。
事故にしろ故意にしろ、トレインというのはMMOにおいては好まれない行為だ。アクティブやリンク特性を持つMOBを大量に引き連れ、単純に狩場を荒らすというだけではない。
問題は、通り過ぎた近くの人に大量のMOBをなすり付ける可能性が非常に高い事だ。
例えば、強敵との戦闘の最中に誰かが通り過ぎたと思ったら、突然大量の敵に周囲を囲まれたら?
強敵と同クラスならそれだけで終わりだし、雑魚でも気を取られたり、邪魔をされたりして、最初からいた強敵に倒される事も考えられる。
まさに迷惑行為と言っていい。トレインは、PKが出来ないゲームではMPK手段でもある。
あえて言おう。巻き込む位なら誰もいない所で死に戻りしろ、と。
「た、助けっ——」
「ひぃひぃ……」
「も、門だ。助かっ」
「人がいる……!」
相手がシステム的にPK判定を受けた犯罪者プレイヤーであるならば、纏めて撃滅してもなんの問題もない。犯罪者プレイヤーを殺害しても、犯罪者認定を受ける事はないからだ。
というか、私は単にあいつらをぶちのめしたい。
野営で限界はあるとはいえゆっくり休めない事に対する、紛れもない、私怨だ。
「うわぁ……」
「鬼巫女さんの微笑み……」
「こわっ、マジこわかわっ!」
なんか聞こえるけど、無視しますよー。
ロッドを持っていない左手を前方に翳す。
「魔法、射撃、遠距離攻撃用意!」
さあ、殲滅を始めますよ。
「薙ぎ払え!」
中衛から一斉に炎や氷の矢や球体、石や木の鏃を持つ矢が飛び、前方の大群に降り注ぐ。
「ぎゃああっ!?」
「なっ、まっ、ひっ」
「なんで、こっち人!?」
「ぎゃふっ!」
なんか聞こえた気がするけど、聞こえなかった事に。
んー、削れたのは3割ってトコ?
遠距離攻撃できるメンバーも5人しかいないしなー。
序盤だから、どうしても単発になるし範囲攻撃あっても威力は低いものだから仕方ない。とはいえ、もう少し削れていれば余裕あるんだけど……たられば、かな。
「よっしゃー! 掛かってこいやー!」
最前列の重戦士プレイヤーが雄叫びを上げる。あれは強化系スキルかな? 全身から陽炎が立ち昇って、なんとなく格好良い。
重戦士の構えた円い盾に真っ黒な巨大蟻の『ナイトアーミー』が激突した。
「くおっ! だが、甘い!」
重戦士は右手に持った青銅製の棍棒で、蟻の頭部を上から叩き潰す。
つよっ! 一撃とかどんな筋力してるんですか!?
別の壁役も次々と戦闘に入り始めた。
だけど、彼らは無理はしない。正面と周辺の敵を、ヘイト管理スキルを駆使しながら防御重視で抑え、後ろへ一斉に襲い掛かる数を少しでも減らすのだ。
横から抜けてくるMOBは多いが、それを捌くのがアタッカー達の仕事である。
リボるんや大剣、斧を構えたプレイヤー達が、その高い攻撃力で叩き潰していく。
中衛の魔法使いとアーチャー達は敵群の後方への攻撃継続だ。後続を少しでも削っておけば、それだけ終わりは近くなる。
後衛の回復役は、主に壁役に支援魔法と回復魔法を飛ばし、下がってきた怪我人を素早く癒して前線を維持していた。
私は——今、『シャドウウィーゼル』2体と絶賛戦闘中である。
壁役とアタッカー達を迂回するように。中衛、後衛を狙ってきた狡猾な個体がいたので、カバーに入ったのだ。
〈ハラエノミソギ〉は1分前に張り直したので、暫くは安心だ。
「めんどくさいなっ、もうっ!」
『シャドウウィーゼル』は体格が小さく動きが素早いので、攻撃を当てにくい。
攻撃性が非常に強く、積極的に喉や目などの弱点、防御が薄い肌が出ている場所などに攻撃してくるが、攻撃自体はさほど強くはなく軽いので、落ち着いて対処すれば捌くのは容易だ。
イタチって見た目は可愛らしいけど、実は凄い凶暴なんだよね。
預かったフェレットとペットの小型犬を、家に二匹だけにして出掛けて戻ってきたら、小型犬が内臓を食われて死んでいた。と、泣き崩れる高校の友人を慰めた経験があるので、相手にするのは実は結構怖いのだけど。
「そうは言ってられないか、な! と!」
『シャドウウィーゼル』の飛び掛かりを回避すると同時に、ロッドを返して先端を土手っ腹に叩き込んだ。
吹っ飛んだイタチに素早く駆け寄り、【震脚】で踏み潰す。
「で、そっちは見え見えですよっと!」
ロッドを構え直して、隙を見て襲い掛かってきたもう一匹を弾き飛ばした。
私の隙を突きたいなら、影に潜る位してみなさい! ……あ、いや、やっぱそれは無しで。こいつら、名前からしてレベル上がったらそんなスキル使ってきそうだし!?
追撃に、ロッドを抉り込むように突く。〈ハラエノミソギ〉の維持の為、MPは節約する必要があるのでスキルは使えない。リボるんからMPポーションは幾つか預かっているが、もしもの事を考えると無駄使いできないからだ。
代わりにリアルの必殺技を使う。『雀撃ち』みたいな武術としての技ではなく、リアルな殺し技である。
今度は喉を突き、地面に叩き付けて、更に抉り込む。
その後スタンピングスタンピングスタンピングスタンピングスタンピング!
【震脚】を使っていないから威力が出ない分、回数でカバーする。
「ギュィー!」
何度目かの踏み付けで動かなくなった『シャドウウィーゼル』を放置し、次に備える。
あ、あそこヤバそう! もー、いっそがしいなぁ!
一時間が経過し、ようやく動くMOBがいなくなった。
「やったか!?」
おいばかやめろ。
全員が息を止め、警戒を続ける。
だけど、動くものがいないのがわかると、全員の喜びが弾けた!
「やったー! 勝ったー!」
「よっしゃー!」
「うわーうわー!」
「神よ、感謝致します……!」
あちこちでこの戦いの勝者達が拳をぶつけたり、ハイタッチしたり、抱き合っている。
「お嬢、お疲れさん」
「リボるんもお疲れー。……死亡者は?」
心配事はそれだけだ。プレイヤーはまだ死に戻りできるから良いが、NPCに居た場合は……
「——奇跡的に無し。プレイヤーに瀕死の重傷が2人いるが、まあ、大丈夫だろ。死んだのはあの迷惑連中だけだ」
ほっと、一息。良かったー。
あと、そいつらは本当にどうでもいいです。
「〈ハラエノミソギ〉の生命系統魔法効果上昇が大きかったみたいだな。あれで、かなりMPの節約が出来たみたいだ」
前線の維持もしやすかったしな、と続けた言葉に更に安堵。
巫女の職業スキル【巫術】は非常に癖が強いスキルだ。自分や他者に掛ける補助・付与に特化し、コストも比較的重い。
だが、限定的であるが故に威力は大きく、適切に運用すれば集団戦で最大限のパフォーマンスを発揮する可能性を秘めているのだ。
使えるなら尚更鍛えてみたい。それはゲーマーや、戦いに関わる者の業と言えるだろう。
うーん、わくわくしてきたね!
ピコーン!
ん?アナウンス?
《試練の神ライルトからの緊急クエスト『襲い来る大群を防ぎ、南門を守れ!』を達成!》
《クエスト成功に伴い、ボーナス経験値と特殊称号『危難を凌ぎし者』が付与されました!》
試練の神? 緊急クエスト!?
なにこれ、いつの間に。
「まあ、なんだ。とりあえず、今日はなんだかんだあったけど無事に終わった、でいいんじゃね? ——めんどくさそうなのは明日からで」
そだね。私はもうヘトヘトございますですよー……
『危難を凌ぎし者』[特殊] New!
偶然の危難を見事潜り抜けた者に対し、試練の神が讃えて授けた称号。試練の神に認められた、という事はその可能性を認められた事を意味する。




