三話
遅ればせながら三話です。
仕事の都合上、不定期更新ですが温かい目で見守ってください。
サラが目覚めた時には、既に太陽は上り小鳥のさえずりの聞こえる9時頃のことであった。どうやら昨晩の疲れが残っていたらしく、いつもより起床が遅れはしたが、その分体は軽かった。ソファに眠っていた客人ベラを起こさぬよう朝食の準備を始める。やがて、その匂いにベラが目を覚ました。
「何か焦げ臭……ってきゃー! サラ姉!? 何してるんですかー!」
「目玉焼きを作っている」
「それ、卵燃やしてるだけ! 日頃何食べて生活してるんですか!」
どうやら彼女は料理が苦手であるようだ。その日は慌てたベラによって外で朝食をとることとなった。ベラはここの店美味しいんですよー、などと上機嫌である。彼女はサラが幾分か不機嫌そうなのはこの際触れないことにした。
サラとベラがイデット城中庭に入ると、ナギとアデルは既に到着していた。勇者一行の出発を見届けるのはサラの父ローウェル王国騎士団長のみのようだ。
「今回の旅の目的は二つ。四大陸それぞれの世界の扉を封じ、堕天使ローゼを討伐することだ。サラ、ナギ、アデル、ベラ。多忙な国王に代わりこの私がお前たちを見送ることを許して欲しい」
勇者一行の出発式は、朝日も登りきらない早朝に慎ましく終了した。ここからは、宴気分ではなく本気で世界を救う旅をするのだ。サラはそう感じていた。右腰には勇者の短剣、いつもの防具にいつもの露出の多いスタイルである。ただひとつ違うのはその額には細い布が巻かれている事だろう。サラの故郷、アドリエルの名産品である刺繍が施された伝統工芸品であり、故郷の幼なじみたちが送ってくれたものであった。
「サラ姉、そのハチマキ可愛いですね!」
「そうか? ベラはスカーフを新調したのだな」
一行はイデットを後にし、アリゾル大陸は極東の国マルクにある世界の扉を目指していた。サラとベラが睦まじく会話していると、そこにナギが加わりベラの話し方を真似る。
「サラ姉、俺は俺はー? なんか気づかない?」
「全くわからんな。それからサラ姉ってのはやめろ。だいたい貴様の方が年上だ!」
「えー! そんなあ。神具のピアス新調したのにぃ。鈍いなあもう」
「貴様は女子か!」
サラは口を尖らせて文句を言うナギに突っ込む。隣にいるはずのアデルが一言も話さないので、振り返るとそこには衝撃の光景が広がっていた。
「ところでアデル様は何か新調しまし……!!!」
「ああ、鬱陶しかったので切った」
あの、腰辺りまで伸びていたアデルの髪は綺麗さっぱりと着られていた。長い前髪は左目を覆ったままである。
「わあ! アデル様、出発式でフード被ってるんだもの! 気づかなかったですぅ。何だか若返って見えますよ!?」
「私は老けて見えていたのか?」
それは言っちゃいけない! サラは止めようとしたが、時すでに遅し。しかし意外にもアデルの表情は変わらず、その心は読めないのであった。
アリゾル大陸は、四大陸の中でも中央に位置する面積が広く、温帯~熱帯の気候が特徴である。サラ一行の旅立ったギルドレア王国はアリゾルの最北端の港街であり、目指すマルクまでは一度アリゾル大陸を横断する大きな河を渡らなくてはならない。そのため、一行はまず川沿いの国ザイルを目指していた。
サラは、とあることを切り出すかとても迷っていた。それは、アドリエルのことである。ザイルに向かう途中、アドリエルに立ち寄ることができるのであるが、それは少し遠回りな経路であった。別段急ぐ旅路ではないが、私用で仲間を長旅に突き合わせるのは気が引けると思っていたのだ。
彼女がそんなことを考えていると、前を歩くサラとベラの隣から、ナギがひょっこりと顔を出した。
「ねね、サラ。俺たちが今目指してるのってザイルでしょ? だったらさ、アドリエルにも立ち寄れるんじゃない?」
それが単なる興味か、ナギの気遣いなのかは今の彼女にはわからなかった。それに、何だか見透かされているようでムカつく。そんなことを考えサラはつい、反抗的な態度をとってしまう。
「皆を私情に突き合わせる義理はない」
「え? いや? 単に俺がアドリエルに寄りたいだけ。だってあそこ、神具が沢山あるもんね」
そういうことか。期待した私がアホだったわ。サラは一瞬でもナギに感謝しようと思った自分に怒りが湧いてきた。ナギに苛ついたサラがアドリエル行きを反対しようとしたとき、それまで黙っていたアデルが口を開いた。
「確かにアドリエルは武器も沢山ある。ザイルに着くまでの装備が必要だ。立ち寄ろう」
「私も新しい弓が欲しいです!」
アデルに続き、ベラも賛成する。結局、サラの私情に関係なく、アドリエルに立ち寄る理由が出来た一行は目的地に向かい進路を変更した。
一行がはじめの街にたどり着いたのは、日も暮れはじめた夕方のことであった。時間帯が遅いので、宿を取るもの一苦労かと思われたが、このアリアと言う街は宗教圏が同じであることもあり、アデルの助言に従いギルドレア王国の勇者であることを伝えると、すんなりと宿を取ることができた。
「ギルドレア宗教圏の国は大抵この技が通用するだろう。だが、ザイルに着く頃にはこう上手くいくとは限らない。宿が取れるうちに体力を温存しておいたほうがいい」
若い頃に他大陸に渡った経験があるというアデルの知識は信用できるものであるようだ、サラはそう思った。ベラとナギは、感心した様子である。
「へえ、さすが王国魔術師さまは経験豊富なんだな」
「アデル様……やっぱり実力者は知識も豊富なんですね!」
アデルの方は讃頌されることにあまり関心が無いのか、無言でチェックインの手続きを終える。彼の選んだホテルは、清潔さや料金の相場も妥当であった。
「アデル様に金銭管理を任せておけば安全だな。等分は宿泊費の支払いはアデル様に任せるよ」
「勇者殿にそう言われたら、引き受けるしかあるまいよ」
そう言ってフッと笑うアデルはどこか優しげで、サラも少し驚いていまう。こんな表情もできるのか。彼女は純粋に驚いた。ナギがサラの目の前に顔を覗かせる。この僧侶は逐一人の顔を見て話すのが好きらしい。
「サラ! 夕飯はそこらの酒屋でどう?」
「お前、仮にも僧侶だろ! 酒なんて呑んでもいいのか?」
聞いた瞬間に、サラは後悔した。ああ、何か嫌な予感がする。それも、哀しい気持ちになるような、そんな予感が。サラの予感は的中した。次の瞬間、ナギは少し困ったように笑ってこう言ったのだ。
「俺のこの目で僧侶だなんて誰も思わないよ」
サラの心臓はズキリと脈打った。やっぱり――サラは後悔した。聞くんじゃなかった。こいつはこの前からそうだ。こんな風に何かを諦めたみたいな顔をする。サラは、それがとても苦手だった。理由はわからないが、ナギがこんな顔をすると心がざわついてしばらくは落ち着かないのだ。この手のツッコミはよしたほうがいいのかもしれない。サラが謝ろうとした次の瞬間、ナギはいつもの表情に戻った。
「なーんてね。もしかして今、謝ろうとした? あはは、ごめんごめーん。俺は全然気にしてないよ。寧ろ、僧侶なのに酒も呑めて便利! とか思っちゃってる鈍ら坊主なんで!」
軽くウィンク。サラは怒りで顔が真っ赤になるのを感じた。
「ナギ……お前は人の心をそうやっていつもいつも!」
殴りかかろうとするサラをベラが必死に止める。それを傍らで見ていたアデルは呆れ顔で傍観するのみである。
「サラ姉! おちついてー! アデル様も見てないで止めてくださいー」
「私は暴力は苦手だ」
「それでも王国一の僧侶か! このふしだら者!」
「あはははは!」
「ちょっとナギさん、笑ってないで謝ってください! サラ姉が止まらない……!」
「え、なんで? 俺悪くないよね? アデル様」
「……ノーコメント」
四人の声は、夜のアリアの街に響き渡ったのであった。