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二話

 ギルドレア国王の耳に、3か月前より国外調査へ派遣していた国王付き僧侶ナギ・アーキル・ラマイより堕天使ローゼの復活と世界の扉が開いたという話が届いたのは、親友の愛娘サラ・リリシエント・パニーニが王国騎士団本部へ移籍してから、約半年後の話であった。

 堕天使ローゼの復活は、ギルドレア王国全土にまたたく間に広がり、サラの耳にも当然それは届いていた。だが彼女は半信半疑であった。そもそもサラはギルドレア王国に仕える身でありながらも、あまり信仰深い人間ではなかったためである。多くのギルドレア国民がローゼの復活に怯える中、彼女の関心は他にあった。

 それは、城壁の内側にある繁華街でいかにして可愛い少女を見つけるか。サラには女友達が必要であった。騎士団員たちは男性、しかも技術の熟練した中年ばかり、加えて年が近いといえば、僧侶ナギくらいであったが、どうにもサラは彼が苦手である。そういう謂れで騎士団内には気の合う同世代の友達などできなかった。

 そこでサラは休日に繁華街に出かけることを覚えた。また、国王の親友の娘ということもあって、城内に出入りすることも多く、社交的なサラはすぐに友達を作り、それは王宮のメイドにまで及んだ。入団し3か月経つ頃には4,5人の少女たちと美味しいと評判の店へランチへ行くのが習慣化していた。

 だから、国王との会食でと世界の扉が開かれたことを耳にした時は驚きで胃がひっくり返るかと思った。

「ならば、国王。ローゼは実在したのですか?」

 堕天使ローゼ。それは初代イデット王を騙し、神の怒りに触れさせた宗教上の悪女である。その瞳はルビーのように紅く、美しく魅惑的な天使であったという。ある時魔王に貶められ、寝返ったローゼは魔王の領土を広めるべく神の息子であり陸の王であったイデットを誘惑し陸地を魔物で埋め尽くしてしまうのであった。神の激励によりローゼの罠に気づいたイデット王は、ローゼと共に世界中に溢れていた魔物も閉じ込めたとされ、世界の扉はそれを封じており各大陸に1つずつあるとされている。

「ああその通りだ。そこで私とローウェルは王国騎士団より勇者一行を派遣する考えだ」

「勇者、ですか」

「そうだ。本来ならばローウェルを派遣したいところであるが、王国騎士団の仕事があるのだ。そこで、複数の者を選出しようと思う」

 それまで夢物語だと思っていたものが、真実であったということに、サラは驚きで最高級の食事も味気なく感じてしまう。魔法も使えない彼女だ。現実的に生きてきたことが影響しているのだろう。同席しているローウェルも、世界の扉の開放には驚きを隠せない様子であった。

「勇者の発表は後日になるらしい。そのときは、王国騎士団は全員集合だ。サラも正装で出席しなさい」

「わかった、パパ」

 その後、ローゼに関する話題は一切なく、会食は数時間続いた。


 あくる日、サラは国王謁見のためと用意された服にうんざりしていた。それはいかにも動きにくそうな、ギルドレア王国の女性の正装であったからだ。悩んだ末にサラは、初日に父から貰った動きやすそうなタイトスカートへ着替えた。だが、それも杞憂であった。

 国王が、王国から排出する勇者を選出するという一大イベントは、国民の関心を大きく引いたようだ。会場の外まで多くの人々が集まっていた。少し遅れ気味に入場したサラは、人垣をかき分けるように進んでいたが、途中父に呼び止められる。

「サラ、こちらに来なさい」

「助かったわ。とても間に合いそうになかったの」

 父は、無言でサラを連れて歩く。いつもと様子の違った父をサラは不思議に思った。父がサラを連れて行ったのは、王国騎士団本部長の席であった。

「パパ。私はここには座れないわ」

「今日は特別さ」

「あまりに贔屓だわ」

「いいから、ここにいなさい」

 その有無を言わさぬ雰囲気に、戸惑う。そんな中、国王の演説が始まってしまった。

「この、記念すべき一日に冥福を。私、第15第ギルドレア国王・ギルベルト・マルーンはここに、勇者一行の選出を行う」

 ギャラリーからは拍手が起こる。その圧倒的な雰囲気に、サラは驚いていた。

「まずは、魔法使いアデル・フェンデル!」

 歓声の中、その姿はめったに見られないという王国専属魔法使いアデルが壇上に上がる姿が見えた。長く青い髪を緩く束ねている男性のようだが、その表情はサラには見えない。

「そして、僧侶ナギ・アーキル・ラマイ!」

「ええっ。あいつが!? 医務室はどうするのよ」

 サラが思わず声をあげると、見知った銀髪がこちらを一瞥した。久しぶりに見る赤い瞳にやはり落ち着かなくなり、サラの方が先に目を反らしてしまう。ナギが壇上に上がると、その見た目に観衆も動揺の声が上がった。サラは、何故か心臓のあたりが締め付けられるような、そんな気分になりナギの様子を伺うが、彼の表情は読めない。国王が、静粛に! と叫ぶ。

「皆の者、この者はギルドレア1のヒーラーだ。徳の高い僧侶である。彼の活躍に期待せよ。そして、弓の名手ベラ・ヴァーノン! そして勇者……」

 国王の勇者の言葉に、盛り上がっていた民衆も静まる。いったい誰が選ばれるのか? それは誰もが関心を持っていた。それはサラにも言えることであった。国王は、ゆっくりと口を開き、瞬間サラにウィンクを投げた。

「王国騎士団本部長が第一子、サラ・リリシエント・パニーニ!」

 サラは自分の耳を疑った。国王様は、今何と言った? 私の名を呼ばなかったか? いや、それは自分の願望なのではないだろうか。だが、それは次の瞬間に現実であるとすぐに認識できた。

 国王がこちらを見ていた。父が見ていた。民衆が、サラに注目していた。震える足取りで壇上への階段を進む。サラは、震えていた。緊張や怯え、驚きではない。武者震いだった。壇上に上がる時間がとても長く感じた。その間、サラは王国の正装で来なかったことを正解だったと感じた。勇者がドレスなど着ていては格好がつかないというものである。壇上に上がった瞬間、民衆が沸き立つ。国王と向き合うと、一礼した。

「勇者サラよ、我ギルドレア王国はそなたの活躍を期待し、この剣を授けよう」

 受け取った剣は初代イデット王のものとされる剣であり、見た目の装飾の重厚さにはそぐわず軽い短剣であった。そこからは、あまり記憶がない。勇者一行に選出されたベラというもう女性メンバーに話しかけられたときにも、サラは上の空であった。


 その日は王国中、勇者一行の出発を祝う祝賀会となった。どの店も営業を中止し、国民は宴を続けた。イデット城での宴会がお開きになると、サラをはじめとする勇者一行は明日の出立に備えて解散となった。男性陣はそれぞれ男子寮へ、サラと元は地方の町娘であったと言うベラはサラの自宅へと戻る。ナギは女性陣二人の護衛を勝手でたが、サラにより制された。

「必要ない。私は王国騎士団員だ。それに、こんな日に私たちを襲う者はいないさ」

 一行の中で最も生身での戦闘能力が高いと思われるサラにそう言われると、ナギも何も言えなかったようだ。サラとベラは日も暮れ始めた路地を二人して歩き始めた。

「疲れましたねえ、サラちゃん!」

「ああ、疲れた。ああいう場は慣れていないんだ」

「私もですよー! 前日からドキドキでした!」

 弓の名手ベラの話によると、前日に国王からの伝達があり勇者一行に選出されたことが知らされたのだと言う。

「私はあの場ではじめて知らされた」

「きゃあ! 本当ですか!? それってとってもビックリですよね!」

 ベラは黒髪を耳の高さでツインテールにまとめ、利き手に革の手袋、背中には常に矢の入った筒と弓を背負っているようだ。真っ白なブラウスにスカーフをマントのように羽織り、エプロンのついたミニスカートに革製のブーツを履いた様は、しっかりと若者の流行を取り入れている。人懐こい性格なのか、よく話すタイプのようである。

「ねえサラちゃん。歳は? 私は18です!」

「22」

「やっぱりお姉さんだ! じゃあ、サラ姉って呼んでいいかな? それより気になるのは、ナギさんですよね。あの紅い目にはちょっとビックリしちゃいました」

「アイツは……私にもよくわからない。けど、王様が言ってたことは本当だよ」

「ふうん。あーでも、あのアデル様も一緒だなんて! 王宮魔術師ですもの、相当な実力者ですよね? ところでアデル様って年齢不詳だと思いませんか?」

「確かにね」

 そんなことを話している内に、二人は裏路地へ入っていった。時間帯が遅いだけに、暗い。だがサラは油断していた。こんな日に私たちを襲う者はいない。そんな思い込みがあったことと、少し疲れていたことが原因だったのかもしれない。気がつくとサラは、数人の男に囲まれていた。

「勇者さまだろ? 国王から貰った金をよこしてもらおうか!」

 それは、酒に酔い薬漬けになったホームレスだった。サラは華麗な足技で数人までを倒したが、いかんせん人数が多すぎる。ベラに関しては男の一人に拘束されており、相手が3人残った時点でサラもまた、体力の限界を感じ始めていた。そんな時だった。

「ほら、やっぱり護衛が必要だろ?」

 そこに現れたのは、銀髪の男であった。酔った男たちは、ナギの瞳を見ると恐怖に震え立ち去ってしまう。

「あれ? もういいのか。俺、サラにこれからカッコイイとこ見せる予定だったんだけど?」

 その表情は、サラには読めない。サラは、再び胸が締め付けられるようなそんな気分になった。だが、それを言葉にすることはできなかった。

「ナギ。いつからいた?」

「最初からね。ベラだっけ? 怯えてるな。俺の目が怖いのか、安心しろよ見た目だけ。サラ、頬貸してみな。傷になってるから治してやる」

 そう言うとナギはサラの頬に軽く触れ、傷を治癒してしまう。多くのヒーラーが傷を塞ぐ程度しかできないが、ナギは浅い傷であれば完全に治癒できるようだ。それを見たベラは、感動する。

「わあすごい! サラ姉の傷が消えてる! 綺麗な顔が元に戻ってよかったね!」

 感動するベラをよそに、サラ本人は、どさくさに紛れて頬に触ってくるナギにげんこつをお見舞いした。

「触ってる時間が明らかに長い!」

「いってー。せっかく治したのに。サラ姉、冷たいぜ」

「お前の方が年上だろう! それにその呼び方はベラにだけ許したものでだな」

「あはは、バレたか。俺もサラ姉って呼びたいんだもん」

「バレたもなにも、初めからわかっていることだ」

 まるで痴話喧嘩のようにやり取りする二人を見て、ベラは一言こう言った。

「ふふふ、お二人は知り合いなんですね? 仲良し!」

 そこでまた二人の言い争いが始まったのは言うまでもない。


「ねえねえ、サラ姉さん。ナギさんって素敵な方ですね!」

「ただのチャラ男だろありゃあ」

「それだけですかね? 何ていうか、つかみどころのない不思議な人だけど、きっといい人ですよ!」

「私はどうも苦手なんだ……」

「仲良しだったじゃないですかあ!」

「だからあれは仲が良いわけではなくだな」

 サラ宅では、ガールズトークが始まっていた。友達の多いサラであったが、異性の話などしたこともない彼女は少し恥ずかしそうである。案外、まんざらでもないようだ。

「けど、アデル様も素敵ですよねえ。あの長い前髪の下って秘密がありそうで惹かれちゃいます!」

「確かに、紳士的ではあった」

 どうやらベラはミーハーな性格であるようだ。しかし彼女がペラペラと楽しそうに話してくれるものだから、サラは楽であると感じていた。案外二人の相性は良さそうである。目の前でミーハーな会話を続けるこの少女が弓の名手であると言うことが想像し堅いが、一行のメンバーに選出されただけのことはあるのであろう。そんなことを考えながら、サラはベラとの会話を楽しんでいた。


 サラ宅にてベラとサラが友好を深める一方、帰宅したナギとアデルもまた酒を酌み交わしていた。

「まさかあんたが出てくるとは思ってなかったぜ。王宮魔術師さんよ。噂では色々研究してて論文とか出してるらしいじゃん。研究は続けなくて良かったのか?」

「好んで外に出たわけではない。王命に逆らえなかっただけだ」

 青い髪を緩くまとめ、長い髪で片目を覆った年齢不詳の魔術師アデルはやれやれと言わんはばかりに溜息をついた。

「ところで聞きたいんだけど、あんた年齢は?」

「35だ」

「へえ。予想通りというか、予想外というか」

 口数の多いようには思えないアデルに対し、褐色肌の赤目の青年ナギは万人が聞きにくいと思っていた質問を投げかける。誰に対しても媚びないその態度は彼の長所でもあり短所でもあるのだろう。

「ところで私も聞きたいことがあるのだが」

「ん? 何だ? 何でも聞けよ。遠慮は無しだぜ」

「ああ、実は少々聞きづらいと思っていた」

 アデルはまじまじとナギの瞳を覗き込む。対するナギは、酒を一口煽る。何を考えているのかよくわからぬ表情だ。

「今度その目が生え変わったときには、実験に使わせてもらえないだろうか?」

 予想外の質問にナギは飲んでいた酒を吹き出す。彼が調子を狂わせるのは珍しいいことであった。

「アンタ、俺を怪物か何かと思ってるのか!?」

「? 済まない、てっきりモンスターとのハーフかと。いや、これは失礼した。それではその目は生え変わらないのだな」

 どうやら随分と変わり者のようだ。これにはナギも怒りを通り越し笑っている。

「アンタ、面白いな! 人間と子供が作れるモンスターの子孫だとしても、そのモンスターはそこまで低俗なやつじゃないと思うぜ?」

「そうなのか? そうか、確かに高度な知能を持つものの体は生え変わりはないな……少々酔っているらしい。迂闊だった」

 アデルは実に残念そうである。対して、ナギは何故か楽しそうに笑っているのであった。どの者が見ても変な2人であることに変わりはないだろう。勇者一行の出発を祝う宴は朝まで続き、ギルドレア王国の熱狂は冷めぬまま翌日を迎えることとなったのであった。





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