(仮)雪ウサギも夢をみる 1
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ぽわぽわ、モフモフ。
それは白ウサギのイメージ。
「おう、ツキ!」
高い段差のある位置から声をかける若者がいる。
陽の反射によって、顔が見えづらいが声によって分かった。つい最近出会った若者だ。
「おはよう、ん、ちょっと待ってて。タシュバ」
緑で生い茂った苔が満載。
透明度が半端ない、せせらぎ音が聴こえる清流にて。傍にある滝の水飛沫を受けながら、ツキは朝の日課である水浴びを受けていた。
「プハー、にょっ♪」
「相変わらず器用だよなぁ。ツキの体は丸くて重そうなのに沈みっぱなしじゃないし、水の上でもプカプカ浮いてよ。ホント不思議だな」
水の中でくるりと丸い体を反転させ、水面からあふれ出る太陽の光を全身の細胞にしみ込ませる。自分の体の一部であろう、ピンク色の長いお耳をユラユラと力なく漂わせれば、魚が興味本位で寄ってきた。
一瞬の隙も逃さない――すかさず丸い両手で挟むように捕縛する。活きが良く背をのけ反らせては水へと戻りたがる川魚にごめんねと心の中で謝りつつも、タシュバが持つ籠へと放り込んだ。
ぐう~~、ぐるるるる
「……にょぉ~」
自称・可愛い乙女をキャッチフレーズにする椿。
頬を染めて恥ずかしがってはみたが、腹の虫はおさまることを知らず。いっせいに不協和音のパレードを引き起こし、お腹をぐうぐう鳴らした。
集めておいた木にカチカチ山よろしくといったばかりに、タシュバが石を摩擦して火を起こしてくれる。魚が焼けた香ばしい匂いをふんふんと鼻孔に吸い込むと、よだれが流れ出て来た。
(もう限界、食べさせて――)
川から上がったツキは体をブルブル揺らし、水滴を飛ばす。
雪うらぎらしくピョンピョン飛んではタシュバに近づき、手渡してくれた焼き魚を手からかすみ取り、口いっぱいに頬張った。臭みのないさっぱりした味と、ちょうどいい塩味が口内を満たしてくれる。
「うまっ、美味しいにょ! 醤油が欲しいもんだにょ~」
「しょうゆ?」
「ああ、こっちの事。気にするなにょ。ここにはなさそうだから~、にょっ!」
捕まえた川魚は6匹。タシュバに火で焼いてもらった。
胡坐をかいた男の足の間に定位置とし、串刺した魚の骨身だけを残して器用に食べつくす。
燃え盛る火の傍に居るくらいでは、熱で自身は溶けないらしい。事実を知った時は心の底から安堵したが、自分はあくまで雪うさぎ。まだ内心はビビっていた。
「神声が『にょ――ッ』だぜ。28年生きてて、初めてひっくり返って笑ったぞ。何で『にょ』が語尾に付くんだ」
深緑の奥深い山中で。
些細な雪の名残から、日本人だった椿は雪うさぎとして誕生した。椿の神声が風に乗って、竜国、はては神の国にまで知れ渡った。知らずに発していたらしい。力ある王族達にはっきりと椿の神声が届いていた。
「知らんにょ。勝手に出るから分からんにょ」
二匹目の魚をもぐもぐ食べると、丸い両手を合わせて御馳走様をした。なんとも礼儀正しい雪うさぎ。こんな雪の精霊いがいるのかと、タシュバは珍妙な顔をした。
「ツキ、お前、いつまで山に籠るんだ。ここじゃなく、町とか、外に出てみたいと思わないのか」
「いやにょ。ここは住みやすいにょ。どうしてタシュバはそんな事を言うにょ?」
頭をやわやわと撫でるタシュバの手が止まり、椿のピンク色の長い耳が不安げに揺れ動いていた。
川の水面にて自分の姿を確認した椿としては、この姿で人間と会っても受け入れてはくれないんじゃないかと恐怖を抱いている。
「俺は竜の国、ハルバーン国から来たと言ったな。その竜王から、お達しが出たんだよ。雪うさぎの身柄を確保しろと。お前が人間に見つかったら、悪用されかねないらしいからな」
「にょ……?」
「ツキ、お前は冬と春の境界で生まれたんだ。冬に終わりをつげ、春の風を運ぶ奇跡物なんだよ。お前の心しだいで、いつでも冬を呼び、春の訪れを持てるんだ。すごい奴……らしいぞ?」
最後には疑問形で締めくくるタシュバ。
実に怪しい。視線が泳いでる。奴は他に何かを隠してる。
「ふん、私はそんな事しないにょ。季節は勝手に巡るもんね。タシュバは、自然の法則を歪めたらおかしくなるって知らないにょ?」
椿のつぶらな瞳がタシュバを射抜く。
ぜったいここから動くもんかと、丸い拳を力強く握ってふてくされた。
「あのな、これは言いたくなかったんだが――」
***
ニョォォォ――――ッッ!
「最初からそれを早く言ってにょ!」
椿の間抜けな叫びは神声となり、国を跨いで木霊する。タシュバが言った最後の言葉は、身の毛もよだつ話だった。人間達に捕まった時の場合、雪うさぎを増やす為に他の種族と婚姻させられるかもしれないと危ぶまれた。
「隠して、後でお前が知ると傷つくと思ったらすぐに言えないだろ。悪かったって」
「誰が好きでもない奴とけっ、けっ、結婚、するもんかにょ! いやにょ! てか、この体で性こう…げふんげふんっ、して、雪うさぎが増殖するのかにょ? うおぉーーん、は、ハズカシッ」
顔が青くなったり赤くなったりと忙しい椿。にょーと叫んで突っ伏した。
「ツキ! 頼むから神声で叫ばないでくれよ。フォルテッダが暴れるだろっ!」
タシュバの騎乗する竜は中型。
濃紺の翼を持つ高速飛行を得意とするドラゴンである。
どのドラゴンもそれなりに気位が高く、竜騎士の訓練された猛者にしか背に乗せる事しかできない。気に入りの人物なら無条件で受け入れる懐の深さも持ち合わせているが、稀に等しいらしい。
雪うさぎの椿を見るなり、フォルテッダは喉を鳴らした。猫科のような甘え声。鼻を椿にすり寄せると嬉しさからか、目を閉じ夢見心地な表情となっていた。
しかし、椿の悲愴な神声を聴いたフォルテッダは唸る。大空を旋回しながらタシュバだけを振り落とす仕草を見せた。自らの気に入りの人物を貶すように聴こえたのか、翼と長い尾がタシュバ目がけて振り下ろされる。焦ったタシュバは謝罪した。
「いでっ、いでっ、フォル、悪かった。翼で叩くな、落ちるだろっ」
「フォルちゃんは良い子にょ! ちゃんと分かってるぅ~。タシュバはダメダメだにょw」
「はいはい、俺が悪かった。本当に反省してます。フォル、これでいいだろ?」
「クウーーッ!」
椿の丸い手がフォルテッダの体を撫で上げる。
気を取り直したフォルテッダは安定した飛空を続け、無事に首都・ハルバーンに着いた。