運命
「人生はどうしてこう上手くいかないのかしら。」
「人生だからだよ。」
「答えになってないわよ。」
「うーん。じゃあ運命だから。」
「運命?」
「そう。この世のものはすべて運命によって動かされているのだよ。」
「じゃあ、今こうやって話をしていることも運命?」
「そう。全部運命。僕が男に生まれたことも、君が女に生まれたことも。」
「まあそれは運命かもしれないわね。」
「そうそう。日本に四季があるのも、食塩がNaClなのも、最初からそう決められていることなんだ。」
「ニヒリストがいたり厭人家がいたりするのも運命なのね。ずいぶん暗いわね。」
赤いサイレンを回しながら救急車が通った。
「君が失業したことも運命なんだよ。」
「いやな運命ね。」
「運命なんだからそんなに落ち込む必要はないんだよ。なんたって運命なんだから。」
「それってなんだか運命を理由に逃げてるみたいでいやだわ。責任をすべて運命に負わせて。」
「それは少し違うよ。僕が言いたいのはそういうことじゃなくて、ただ運命を、現実に起こったこととしてしっかりと受け止めてほしいってことなんだ。」
「失業は起こるべくして起こったことだから仕方がないって?誰のせいでもないと?」
「そう。君を失業に追いやった人も悪くはないんだよ。」
「それがあなたの処世術なのね。いかにも博愛主義者らしいわね。」
「博愛主義者ではないけれど、処世術っていうのは合ってるかも知れないね。僕は争いを見ることも巻き込まれるのも嫌いだからね。」
ウエイトレスがコーヒーのおかわりを注ぎにきた。
「私のこれからの運命はどうなっているのかしら。」
「どうなっていてほしい?」
「そうねぇ。今度はもっと優しい人たちのいるところで仕事がしたいわ。できれば今までと同じように絵に関する仕事。恋愛もしたいし結婚もしたい。子供もほしい。まだまだやりたいことがいっぱいよ。」
「そこまで言えるなら大丈夫。きっと思い通りになるよ。」
「どうして?運命は決まっているんでしょう?」
「うん。そう。たしかにそうだ。でも君は今、運命の存在を知ったんだ。」
「それがどうかしたの?」
「とても大事なことなんだ。君は運命を知ったことで、運命と戦えるようになったんだ。今までは知らなかったから運命と戦おうとは想わなかった。けれど今は違う。やりたいことをやるために運命と戦うんだ。」
「運命と戦う?」
「そう。君は今のまま運命に流されててもいいの?自分から何の行動も起こすことなく、流されたまま人生を送るの?」
「いや、いやよ、そんなの絶対にいや!」
「なら、今から必死に運命と戦うんだ。無駄に終わるかもしれないけれど、何もしないでいるのはもっと無駄だろう?君にはそれだけの力があるんだ。」
「・・・運命と戦う。」
「そう。君は結構負けん気が強いし、気も強いし、根性もあるしね。きっと立派に戦える。」
彼女は僕の顔をじっと見つめた。
「それに、運命は案外人の心に弱いんだ。」
僕はパチリとウインクをして見せた。
これを読んで、何か考えてもらえるとうれしいです。