料理人は女神さま!?
料理が好きだ。
作るのも食べるのも大好き。
食材について学び、調味料を調べ、料理に関するあらゆることを学んだ。
古今東西、ありとあらゆる国の料理を調べても興味は尽きない。
『食とはすなわち人生で得られる幸せの一番分かりやすい形である』
料理人としての師でもある料理人だった父の言葉を小さな頃から聞かされ、私も当たり前のようにそう思った。
美味しい料理は人を笑顔にする。美味しい料理を誰かと笑い合って食べれたらそれはとても幸せだ。
料理は人を幸せにする。
それが私の信念。何がどう変わってもこれだけは変わらない。そう、ただの日本人の料理人見習いに過ぎなかった私が生まれてそれほど時間が流れていない異世界の豊穣の女神なんてものに生まれ変わったとしてもそれだけは決して変わったりなんてしないのだ。
だから………だからぁ!!
「台所を貸せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
元日本人 三朝明美こと現、豊穣の女神 アリエルは叫んだ。心の底から叫んだ。芋(生煮え)が刺さった先割れスプーンを握り締めたままベットで仁王立ちし、魂の雄叫びをあげた。
側にいて食事を出してくれた恩人である青年がぱちくりと目を瞬かせているが知ったことか!!
生まれてすぐに主神を初めととする神々に「地味」「平凡」「なんかぱっとしない」などとすき放題けなされた挙句、事故で死んだはずなのに全然別の場所にいてしかも神様なので色々な知識がいっぺんに入ってきて混乱している所を「まぁ、丁度いいから持て余していた地上をちょっとどうにかしてきて」とぽいと天界から地上に落とされたときにも感じなかったほどの怒りを、今、アリエルは感じていた。
そこは平穏な日本しか知らないアリエルにとって地獄のような光景にしか見えなかった。
地上は戦乱と人心の乱れにより荒廃の一途を辿っていた。貧富の差は激しく、富は一部に集中し、いくつもの国が興り消えていった。
世情が落ち着くことはなくただ動乱が続く世界。人々の顔から生気は失せ、どこか停滞した空気を孕んでいた。
神々も一応はどうにかしようと奮闘はしたらしい。
例えば戦の神がこれはという人間に加護を与え、武力において統一させようとしたが、初めは上手くいっても武力による統治はあちらこちらで不満が出てやがて他の武力により滅ぼされた。
今度は正義の神が加護を与えたが今度は些細な罪ですら赦さぬ独裁政治に民が反発し、これまた戦いになり国が滅びる。
ならばと今度は愛の神が人に愛を与えれば加護が強すぎたのか愛欲に耽り、誰もが意欲的になかすることはなく文明が停滞した。
こんな風にどの神が地上を平和にしようとするが上手くいかなくて、元々面倒なことは嫌いな神々はもう知らんと最低限人間が滅びぬ程度に監視しつつ地上は放置しているのが現状だ。
そんなことを神として与えられた知識から「知った」アリエルは神の自由と無責任ぷりに呆れ、そしてその神の一員になってしまった己に絶望した。
ぽいと放り出され、呆然としていたアリエルが落っこちたのは荒れに荒れた兵士達が入り乱れる戦場のど真ん中。死体と殺意と血。それらが混沌と交じり合い独特の空気を作り出す人が作り出した地獄。
ギラギラした獣のような目をした兵士達が(一応)女に見えるアリエルに襲い掛かったのはある意味当然といえよう。
「ひょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
逃げた。ひたすら逃げた。全力前進力の限り逃げた。途中で神様チート能力を無理やり発揮させてとにかく逃げた。(攻撃系の力はなくても逃亡に適したテレポート系の力があったのは助かった)
逃げて逃げてそして目覚めたばかりの力を乱用した結果。
「きゅうううううううううう~~~~~~~~~~~~」
力尽きて生き倒れた。
死ぬ。神様に生まれ変わったのに死ぬ。人生はかない。おいしい料理が食べたかった。せめて、私の遺体が美味しい食物の肥料になってくれれば…………云々。
つらつらそんなことを考えていると(結構余裕?)土を踏む音が聞こえた。
ああ、誰か来た。逃げなきゃ。でももう、いいや………と目を瞑る。なんかもう、疲れたよ………。
ゆっくりと意識が闇に沈んでいった。
ジャガイモの皮を剥く。玉子を溶く。鍋が焦げ付かないようにかき回し、パン生地をこねて窯に火をいれ調整する。
エプロンを着た明美が台所で忙しく動き回るのを見てアリエルは思わず手を伸ばす。だが、伸ばしたアリエルの手は忙しそうに冷蔵庫を開ける明美を掴むことなく宙を掻いた。
パタパタと動き回る明美を見て、アリエルはこれが何かを悟った。
ああ、これはあの日の夢だ。料理を勉強するために世界中を駆け回る父親が久しぶりに帰宅し互いに料理談義に花を咲かしたあと料理の腕を披露しようと料理をしているのだ。
ああ、この時はあんなことになるだなんて思いもしなかった。
腕によりをかけた料理を父親と二人で食べ、些細な料理法の見解の違いから盛大なる口喧嘩を勃発させた挙句に家を飛び出した明美は車道を大幅にずれ、歩道に突っ込んできた車に激突され、十九年の人生に幕を閉じたのだ。
「お父さん………」
ぽろぽろと涙がこぼれて来るのを止められない。自分は死んでしまった。あんな口喧嘩がたった一人の肉親である父親との最後の思い出だなんてなんて報われない。
「お父さんお父さんお父さん!」
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!
アリエルはその場にうずくまって謝った。
夢の中で明美が満面の笑みで食卓に料理を並べ、それを父親が嬉しそうに手伝っていた。
戻れない光景。二度と手に入れることの出来ない幸福にアリエルはただただ泣きながら謝り続けた。
「ごめんなさい………」
泣きながら目が覚めた。涙で滲んだ視界に映る景色は全く見覚えのないもので困惑したようにアリエルは起き上がった。
その際に眦に溜まった涙がポロリと頬を流れる。
神であるアリエルは生まれた時から今の姿をしていた。だが、人間として生きた記憶を抱えるため他の神よりもずっと感情がたやすく揺れてしまう。
その涙が夢を思い出させ、そして芋づる式に後悔を思い出させてしまった。ぽろぽろと再び流れ落ちていく涙にアリエルは口を押さえて嗚咽を零さぬように歯を食いしばった。
どれぐらいそうしていただろうか?いい加減涙も尽きて来た頃、とんとんと小さく部屋のドアがノックされてアリエルはびっく!と肩を震わせた。
目覚める直前の追い掛け回された記憶が蘇り、身体が強張る。
逃げないと!
だけど神としての力は使いすぎのためにまだ使用することが出来ない。
どうすればいいのか分からないままただドアを見つめるしかないアリエルの前でドアがゆっくりと開かれた。
アリエルの顔が引きつる。
恐怖からではなく、怒りで。
「あ、起きたんですね」
のほほんを人間にしたらこんな顔なのだろうと思わせるほど緊張感のない笑顔を浮かべた金髪の青年は湯気を立てるそれをアリエルの元へと運ぶ。
アリエルの顔色がどんどん悪くなった。
「大丈夫ですか?おなかが空いてませんか?おかゆを作ったので食べてください」
そう言って目の前に差し出されたのは子鍋に入った自称おかゆ。
だが、異臭を発し、ところどころ変色し、具なんて皮つきのままごろごろ原型を留めて入っている。
これは料理とは言わない。
プルプルと震える手で先割れスプーンを持つ。芋が有り得ないぐらい硬い。芋だけでなく米も硬い。二度三度と突いてやっと芋がスプーンに刺さった。芋は食べれないと判断して米だけを口に入れる。
口内に広がる味に一瞬、意識が持っていかれそうになった。
ぷつん。
アリエルの中の料理人魂が爆発した。
「台所を貸せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」
そして話は冒頭へと戻った。
それはまさにアリエルの料理人人生において最大の苦戦であった。
調味料も調理器具もほぼ単一のものしかなく食材として認識されているものの種類も少ない。神としての知識がこの世界の料理事情が明美のいた世界に比べて大幅に遅れており、塩で煮る焼くなどの単純な料理法しか確立していないことを教えてくる。
「ふ、ふふふふふふ。いいわ。真の料理人たるものどのような状況であろうとも腕をふるってみせるわ!!」
芋の皮を超特急で剥きながら叫ぶアリエルの後ろで彼女を助けた青年が「おお~~~」と感心したように拍手していたがテンションがあがりにあがってしまったアリエルの耳には届かなかった。
「これが!料理よ!!」
ありあわせの材料を駆使して作り上げたのは芋を主体とした料理の数々。魚の干物があったのでそこから出汁を取り、その出汁を元に芋の冷製スープ・葉ものの野菜(ほうれん草に似た食感)と芋の炒めもの・野菜の肉巻きなど等、もてる知識と技術を用いて作り上げた料理を前にアリエルは満面の笑みで手を広げた。
「うぁ~~~すごい………こんな良い匂いのするご飯なんて始めて見た」
「ふ、匂いだけではないわ!!味も美味しいのよ!!さあ、食しなさい!!」
「はい!!いただきます!!」
青年がスープを一口口に含む。
沈黙。沈黙。更に沈黙。だがアリエルは焦らない。不敵な笑みを浮かべたまま青年の反応を待つ。
プルプルとスプーンを持つ青年の手が震える。
「なに、これ………なんですか?これ、すごく、すごく………おいしい!!」
次々と青年の口の中に料理が消えていくのをアリエルは「そうでしょうそうでしょう」と満足げに頷く。
「とてもとてもおいしいです!」
うんうん。
「ご飯はとてもおいしです。僕は幸せです!」
うんうんうん。料理とは幸せになるお手軽手段だよ。
「惚れました!好きです!僕にずっとご飯を作ってください!」
うんう………ん?え?いま、なんっていった?
不穏な言葉に固まったアリエルの手を青年の手がぎゅっと握り締める。キラキラと子犬のような無邪気な瞳がアリエルを見つめた。
「了承してくださったのですね!ありがとうございます!!僕、一生大切にします!!幸せになりましょうね!」
「え?え?えぇぇぇぇぇぇ?」
それが後世、料理人の女神と呼ばれることになる女神 アリエルと彼女の夫にしてアリエルの一番弟子として食の聖人と呼ばれることになる青年との冗談のような本当の結婚のなれ初め。