貯金がない、モグラピコピコ
リリィまさかの3話目
ルカの特製シチューでお腹を満たし、平和な日常を取り戻したリリィ。しかし、彼女には一つだけ深刻な問題が残されていた。
「お金が、ないっ」
スリムマックスΩは高額だった。それを買ってしまったため、リリィの財布と貯金箱は見事なまでにすっからかんになっていたのである。
このままでは、パンの耳すら買えなくなってしまう。
「手っ取り早く、かつガッツリ稼げるバイトを探さなきゃ!」
すでに危険な発言をするリリィ。
一枚の怪しげな求人チラシが目に飛び込んできた。
『急募! 農場の平和を守れ! 害獣モグラのポカポカ撃退バイト。日給保証・歩合あり』
リリィは叫んだ。
「これよっ」
指定された農場に到着したリリィに手渡されたのは、なぜか『大ぶりなピコピコハンマー』だった。
「新人の子? 私はこのバイトの先輩、イオよ! よろしくね!」
元気よく声をかけてきたのは、オレンジ色のバンダナを巻いた、身軽でスポーティーな装いの少女だった。彼女もまた、自分用の年季の入ったピコピコハンマーを肩に担いでいる。
「リリィです。あの、モグラってこの痛くない音がするハンマーで叩くんですか?」
「そう! でもただのモグラじゃないから気をつけて。あいつら、すっごく腹立たしいのよ」
イオの言葉の意味は、畑に出るとすぐに理解できた。
ボコッ、と土の中から顔を出したモグラは、なんと小さな手を穴のふちに置き、リリィに向かって「べーっ」と舌を出して笑いだし、あからさまに煽ってきたのだ。
「なっ、生意気なモグラね! くらいなさいっ!」
リリィは、ピコピコハンマーを振り下ろした。しかしモグラはヒョイと避け、隣の穴から顔を出してはまた煽ってくる。
「そっちか!」
「ピコッ」
「ピコピコッ」
「リリィ、右! 次は左!」
「イオ先輩、あいつら本当にムカつきますね」
二人は息を合わせてハンマーを振り落とし、生意気なモグラたちを次々とこらしめていった。
しかし、普段から運動不足(骨になって走ったのはノーカウント)のリリィは、数時間もすると息が上がってしまった。
「はぁ、はぁ……ちょっと、休憩、しませんか」
「お疲れ様! 初日にしてはいいスイング、良かったよ」
二人は木陰に腰を下ろし、冷たい水を飲んだ。風が心地よく、疲れきった二人はそのまま草の上にゴロンと寝転がった。
「イオ先輩って、すごくハンマーの扱いが上手ですね」
「ふふん、長くここでバイトしてるから。それにね、私には野望があるの」
少し眠くなったリリィは、ぼんやり聞いていた。
「私の実家には出世名があってね。大物モグラを倒して実績を積むと、名前の最後に『ナ』がついて、『イオナ』に改名するの」
「イオナ、なんか強そうです」
「でしょ? 絶対に出世してみせるんだから!」
いつの間にか二人の間には、共に汗を流し、モグラの憎たらしさを共有したことで、確かな友情が芽生えていた。
休憩を終えた二人は、畑の奥でひときわ巨大な穴を発見した。
「リリィ、間違いない。これ大物モグラの穴、 ついに私が出世する時が来た!」
「やりましたねイオ先輩、待ち構えて、叩きのめしてやりましょう」
二人は穴の横で息を潜め、ハンマーを構えて待ち構えた。
地下に響く音が近づくと、ついに巨大なモグラが姿を現した。通常のモグラの三倍はある、丸々とした巨体だ。
「いまっ!」
「うおおおおっ!」
リリィとイオは必死の形相で、大物モグラの頭にピコピコハンマーを乱れ打ちした。
「ピコピコピコピコピコッ!!!」
すべての攻撃が当たった。
しかし。
大物モグラはまったく痛がる素振りも見せず、ハンマーを小雨でも当たったかのように受けていた。それどころか、穴から這い出すと、どこからともなくビーチチェアを取り出し、優雅に座って冷えたカクテル、ネイキッド・アンド・フェイマスを楽しんでいる。
「ええっ!? くつろいでる?」
「私たちの攻撃が、肩たたき程度にしか効いてないってことをアピール!」
カクテルを飲み終えた大物モグラは「ふぅ」と満足げな息を吐き、悠々と穴の中へ帰っていった。
残された二人は、敗北感で悔しくて泣いた。
「このままじゃ終われない」
翌日。二人は雇い主である農場長のもとへ行き、大物モグラの撃退法を教わった。
農場長いわく
「大物は頭の毛色が違うところだけが極端に弱い。そこを狙い撃ちにするんじゃ」とのこと。
「なるほど、今度こそ勝つよ、リリィ」
「はい、イオ先輩!」
再び巨大な穴の前で待ち構える二人。やがて、大物モグラがカクテルシェイカーを振りながら現れた。より小馬鹿にしに来たようだ。
「 私が気を引く!」
イオが正面から突撃し、大物モグラがそちらに気を取られた瞬間、リリィが背後から大きくジャンプした。
「そこだあああっ!!」
リリィの渾身の一撃が、モグラの頭頂部にクリーンヒットした。
「ピコォォォーーン」
「モギュァァァァッ!?」
目を回した大物モグラは、シェイカーを放り出し、涙目で慌てて地中深くへと逃げ帰っていった。見事な撃退っぷり。
二人は抱き合い、飛び跳ねて勝利を喜んだ。
「やった……やったわね、リリィ!」
「はいっ! イオ先輩!」
次の日の夕方。査定が終わりバイトの給料袋を手にした二人の顔は晴れやかだった。
イオの胸元には、真新しいネームプレート。そこには『イオナ』と刻まれ輝いていた。
「へへっ、ついにイオナに出世したよ、 でも、私の野望はまだ終わらない。伝説のモグラさえも撃退して『イオナドン』になってみせる!」
爆発しそうな出世名へ向けて新たな一歩を踏み出したイオナ。
「イオナドン! 恐竜みたいでさらに強そうです! 私も手伝います」
笑い合う二人。リリィは自分の給料袋をそっと覗き込んだ。大物モグラを撃退したことで、バイト代には、たっぷり特別ボーナスが上乗せされていた。
貯金が増えそうだ。
よーし! 今日はバイト代で、イオナ先輩と一緒に『荒鷲満腹亭』で特製ミートパイでお祝いだ。
「さあさあイオナ先輩! 今日は大物モグラ撃退の記念と、改名のお祝いで私のおごりですからね! 遠慮なくドーンと食べちゃってください!」
テーブルいっぱいに運ばれてきたのは、焼きたて熱々の『特製ミートパイ特盛』
リリィは目を輝かせながら、ミートパイを頬張った。
「ん〜〜っ! サクサクのパイ生地にジューシーなお肉、運動した後のご飯は最高!」
「ふふ、リリィって本当に美味しそうに食べるね」
臨時ボーナスの入った給料袋の重みを懐に感じていたリリィは、すっかり「お金持ち」になったような気分に陥っていた。
フフフフン、今の私は貧乏地獄を脱出した、デキる大人の女性……ここは先輩にもっといいところを見せちゃおうかしら!
調子に乗ったリリィは、店員を呼び止めてバシッとメニューを指差した。
「 この店で一番高くて、一番おめでたいお酒を一本ボトルで! イオナ先輩におごります!」
「えっ!? ちょっとリリィ、いいの!?」
イオナは目を丸くした。
「もちろんです!」
運ばれてきたのは、琥珀色に輝く最高級の熟成果実酒『王様のアンプル』。
グラスに注がれた黄金色の液体からは、とろけるように甘く上品な香りが立ち上る。
「うわぁ、すごい香りの良さ! じゃあ、リリィの太っ腹に感謝して、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
「美味しいっ! なによこれ、喉を通ったあとに熟したリンゴと蜂蜜の余韻が鼻にくるよ、こんな高級なお酒、飲んだことない」
「へへっ、でしょうでしょう! 先輩に喜んでもらえて何よりです!」
イオナの嬉しそうな笑顔と絶賛の声に喜んだリリィは「私も一口だけ」とグラスに口をつけ、そのあまりの美味しさに感激し、調子よく二杯目、三杯目とイオナにお酒を注ぎ足していった。
「ふぅー! 美味しかったし、楽しかった。 ありがとうね、リリィ」
満足気にお腹をさするイオナがもう遅いからと帰り、伝票を持ったリリィは、会計台の前でピキリと固まっていた。
「……あれ?」
伝票に書かれた数字と、自分の給料袋の中身を交互に見比べる。
特製ミートパイ特盛、パフェ特盛……ここまでは予定通り、ボーナスのおかげで余裕だった。
しかし、調子に乗って注文した『王様のアンプル』の値段が、リリィの計算(どんぶり勘定)を遥かに超えていたのだ。というか一桁間違えてた。
また……また、お金がなくなっちゃったぁぁぁ!!どうしてぇぇぇ!!
上乗せされた今日のバイト代と、ちょっとずつ貯めていた貯金は、綺麗さっぱり消え去ってしまいました。




