01. 『長耳姫』の牢獄
一人の少年が、山ほどの護衛を引き連れて歩いている。
金髪に碧眼の、随分と顔だちの整った少年である。揃いの騎士服を着た二十人もの護衛を引き連れていることから、このアッシュベリー王国でも随分と高貴な身分であることが窺えた。
それもそのはずで、少年はライアン・アッシュベリーという、この王国の第一王子であり王太子なのだった。
ライアンは鬱蒼とした林に分け入った。
この林は手入れこそされていたが、華美とはほど遠い。それもそのはずで、この林はほとんど放置されたままの、客人を迎えるにはほど遠い場所なのだ。
ライアンの後ろを、護衛だけではなく二人の侍従が歩いている。そのうちの一人が、ひっそりとライアンに言った。
「殿下、やっぱり戻りませんか」
声をかけてきたのはライアンの幼馴染みで、彼は優秀な男ではあったが、少し臆病なところがあった。
「なんだ、相変わらず肝の小さい」
心配性な侍従を、ライアンが笑い飛ばした。
「別に城塞から出たわけでもない、この林は王家の管理さ。護衛もきちんと引き連れているのだから、危険なことなどあるものか」
くすくすと笑って、ライアンが筆頭護衛に話しかけた。
「念には念を入れて、事前に安全も確認している。おかしな輩が住み着いていたりなどはしない。そうだろう?」
「はい、確認済みです」
筆頭護衛が重々しく頷くのに、侍従が黙り込む。もう一人の侍従が、ひょいと肩を竦めた。
「それにしても、物好きですね。長耳姫を見物してやろうなどと」
途端にライアンが、顔を顰めた。
「長耳姫だなどと、随分と大層なあだ名をつけられたものだ。実際のところは王家の血など一滴も引かない、ただあの阿婆擦れ側妃から生まれただけの得体の知れない亜人女だろう」
こほん、と途端に二人目の侍従が咳払いした。
「殿下、あまり俗物的な言葉を使ってはなりません。亜人種を見下げるような発言も、誰かに聞かれれば問題になりかねませんよ」
「判っている、お前たちの前だけだ」
優秀ではあるけれど堅苦しいところのある侍従たちを笑い飛ばして、ライアンは前に視線を戻した。
ライアンは、内心でひっそりと舌打ちした。ただ当時側妃であった女から生まれたというだけで、『姫』などと呼ばれているのが気に食わなかったのだ。
アッシュベリー王国の『長耳姫』は、男を惑わせる毒婦に踊らされたアッシュベリー国王の罪の負債である。
その昔、ライアンの父である国王がまだ若く、国王ではなかった頃の話だ。
国王は、平民出身だが優秀で、何よりもそれはそれは美しい女に恋をした。身を持ち崩さんばかりの、気も狂わんばかりの恋だったと聞く。
女もまた、年若い国王に恋をした。けれど女の身分は低く、何よりも国王にはすでに優秀な婚約者がいた。
だから、国王はその平民女を側妃に置いたのである。
婚約者との婚約を破棄するなどと騒いだのであればまた話は違っただろうが、国王は平民女を王妃にする気はなかった。恋と政治は別であると割り切ったのだ。
だから、当時国王であった先代国王たちも国王のワガママを許したのだ。不自由な生活なのだから、心を癒やす時間くらいは与えても良いだろうと考えたのだった。
数年の間、国王と側妃は仲睦まじく暮らしていた。その間に正妃との間に第一王子であるライアンを生んでいたので、正妃の立場が脅かされることもなかった。
通俗小説であればここで正妃と側妃の確執などが起きるのかも知れないが、そういうこともなかったと聞く。側妃はとことん争いに向かない穏やかな女で、王宮で鳥などの死骸を見付ければ、ひっそりと土に埋めて花を供えていたらしい。
そうしてそれなりに穏やかに回っていたところに、大変な事態が起きる。
側妃がようやく孕んで産み落とした娘が、魔族の子どもだったのだ。長耳に鳥のような翼を持った、間違いようもない魔族の子どもだった。
アッシュベリー王家は過去五代まで遡っても人間以外の血が混ざったことはなかったので、これはあり得ないことだった。つまり側妃は、国王を裏切って知らない男との間に子どもを作ったのだ。
国王は荒れた。それはもう、そのまま憤死しかねない勢いだったそうだ。
平民出身の側妃を手に入れるためだけに、国王は色々なものを犠牲にしていたのだ。
平民女に惚れ込んだ国王を侮る貴族もいた。すでに公爵令嬢の婚約者がいたのに、別の女を求めた国王を嫌う国民もいた。
そういう、色々なことを飲み込んでも、求めた女だったのだ。どんな地獄に放り込まれてもこの手だけは放すまいと決め込んだ女だった。
だというのに、その側妃に裏切られたのである。ほとんど命をかけたような恋を、あっさりと足蹴にされたのだ。
側妃は必死に弁解していた。けれど人間である側妃から魔族の娘が生まれたというのは、どうやっても覆らない証拠だった。
なので側妃は、王家に嫁入りしていながら不義密通を行ったとして、あっさりと処刑されたのだった。
己を擲つように愛した女に裏切られて身も世もなく嘆く国王を、献身的に支えたのは幼い頃からの婚約者であった正妃であった。そうして国王はついに自分の真実の愛の相手が本来は正妃であることに気づき、今では仲良く暮らしているのである。
側妃が産み落とした魔族の娘は、孤児を育てる救護院に送られた。
もともと側妃は平民であり、アッシュベリー王国の貴族に魔族はいない。つまり政治的な価値は一つもなかったので、王家から切り離されたのだ。
「――というのが、アッシュベリー王国の大部分の貴族や平民たちが知っている顛末だね」
ライアンは呟いた。このように流布されている顛末が、実際のところは少しだけ違うことを、知っているからだ。
国王と王妃は、別に仲が悪いわけではない。それなりに信頼し合っているし、愛し合っている。
けれどそこに、気が狂わんばかりの恋はないのだった。アッシュベリー国王の恋心というのは、丸ごと側妃が奪って行ってしまったのだ。
国王と王妃は、お互いにそのことに不満はないようだった。政略結婚というのはこういうものだと、最初から割り切っているのだ。
つまり国王は、ほんの少しも側妃を愛することを止められなかったのだ。裏切られても、自分の手で処刑してしまっても、どうしても愛することを止められなかったのだ。
だから、側妃の娘は救護院に送られたのではなく、国王の管理する城塞の奥深くの塔に生まれてからずっと幽閉されているのだ。
側妃に裏切られていたことを知っても、側妃が処刑されてしまってからも、どうしてもその娘を手放せない。だからこれは、国王の異様なほどの執着によるものなのである。
「そしてその娘である『長耳姫』が幽閉されているのが、この『眠りの塔』ってわけだね」
小さな林を抜けて、一行は古びた塔の前で足を止めた。
聳えるほど大きいが、手入れされているわけではなく、あちこちに蔦の這った異様な雰囲気の塔である。
本来は、大きな罪を犯したけれども政治的な都合で殺すわけにもいかないというような、王族やそれに近しい貴族たちが幽閉されるための場所であった。
このところ王国は平和なので、この塔はほとんど機能していなかった。そこに、生まれたばかりの娘一人が放り込まれたのだった。
そうまでしても側妃の名残を手放せない、国王の罪の証である。
塔の前に立っていたのは二人の騎士だった。暇そうにしていたのが、王太子であるライアンが現れたのに気づいて慌てて姿勢を正している。
「ようこそ、殿下」
見張りの騎士たちは、困惑しているようだった。どうしてこんな何の価値もない塔に、ライアンが訪れたのか理解できないのだ。
「なに、気にすることはないよ。ちょっとした冒険さ」
穏やかにライアンが言えば、見張りたちが顔を見合わせた。ライアンが促せば、騎士の一人が鍵を取り出す。
「では、牢までご案内します」
見張りの一人が残り、見張りの一人が王太子一行を案内しようとする。その状況に、ライアンが首を傾げた。
「なんだ、お前たち以外に誰もいないのか?」
「はい、その通りでございます」
見張りたちは、特に疑問に思っていない。ライアンが眉を寄せた。
「『長耳』が逃げ出したり、誰か侵入者がきたらどうするつもりなんだ」
「まさか、何も起きませんよ」
見張りの騎士が言った。きっと『長耳姫』が生まれてから十二年間、ずっとこうだったのだ。
「『長耳姫』は、いつも空中に何ごとかを喋っているだけの気狂い女です。それにこんな何の価値もない場所には、どんな盗賊だって来ませんよ」
「ふうん……」
ライアンが『長耳姫』の具体的な様子を聞いたのは、これが初めてだった。だから興味深く聞いてから、ライアンは見張りの騎士を案内に促したのだ。
塔の中は複雑に入り組んで、階段があちこちに分かれていた。
見張りの騎士は手間取らせることを謝りながら、ライアンを案内した。一つの階段で一気に上に登れる、などということはないのだ。
ライアンはちらりとあちこちを流し見た。あちこちに蜘蛛の巣が張られていたし、廊下の隅には土埃が溜まっている。けれど思ったよりも綺麗だったので、少し驚いた。
「なんだ、思ったよりも綺麗にしているんだな」
「そうでしょうか?」
見張りの騎士が首を傾げた。気にしたことがないらしい。
「わたしどもも、滅多に塔の中には入りませんので」
何度も階段を上がり廊下を渡って、一行はようやく最上階に辿り着く。この奥の牢に、『長耳姫』が幽閉されているらしい。
歩くに連れて、ライアンの耳にも少女の声が聞こえてきた。
それは楽しげに弾んだ声だった。少なくとも、こんな牢に幽閉されている少女の声音ではない。
まるで普通の、年頃の少女のように、誰か友人たちと話でもしているように、少女が一人で喋り続けているのだった。
「……なるほど、気がおかしくなっているというのは本当のようだな」
「えぇ、はい……」
見張りの騎士の顔色は悪い。『長耳姫』のことを薄気味悪く思っているようだった。
まぁそれは当たり前だろう、とライアンも思う。異様な状況の中に、長時間いたいものではないなと思った。
「あの、やっぱり帰りませんか……?」
例の、気の弱い侍従が言った。
ライアンよりも少し年上の少年であるというのに、もう一人の侍従にしがみついている。しがみつかれているほうの侍従はと言えば、ごく素直に面倒臭そうな顔をしていた。
「なんだ、いっそ塔の前で待っていれば良かったのに」
「ひ、一人で置いて行かれるほうが怖いでしょう!」
ライアンが冗談交じりに言えば、侍従が悲鳴を上げる。そうしている間にも、どんどん声が近づいてくる。
ライアンが『眠りの塔』を訪れたのには、深い意味はなかった。ただようやく十六歳になって行動範囲が広がったので、前々から気になっていた『長耳』の顔でも拝んでやろうと思っただけである。
ちょっと行って、顔も見たことのない少女の顔を少しだけ眺めて、すぐに帰るだけのつもりだった。ほんのささやかな冒険のつもりだったのだ。
けれどライアンは、運命に出会うことになる。
ライアンの父である国王が側妃に狂ったように、ライアンも側妃の娘に、気を狂わせることになるのだ。まだ幼い、ほんの十二歳の、幽閉されているだけの少女を相手に。
己の身を擲つような恋を。気を狂わせるような恋を。身を持ち崩すような恋を。
美しい不吉が、ライアンを手招いている。
前々から、『罪の子と呼ばれた王女の末路( https://ncode.syosetu.com/n3170ke/ )』を再構築してみたいなーと思っていたので長編として書き出してみました
見切り発車です。本当に! プロットもない! 見切り発車です! 途中で止まるかも知れません。そのときには笑ってやって
設定の根底にはなろうテンプレがベースにありますが、ノリはどちらかというと正統派ハイファンです。それに合わせて文体もちょっと調整してあります
ハイファン、、ハイファンというほどでもない、、もうちょっと軽い、、、少女小説みたいな、、?? そういう、、、
一人か二人くらいついてきてくれると良いなー! の気持ち。何度でも言いますが、見切り発車です。よろしくどうぞー
あ、そうだ、作中で『長耳姫』と『長耳』の両方が出ているのは意図的です。王太子にカメラが寄ったときには『長耳』と表記するようにしました
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