【実録】深夜2時、夫の寝言をメモしたら「ルンバの予想外の使い方」を主張していた話。
ノンフィクションです。
深夜2時。
眠剤を飲んだ私は、さて寝よう、と布団に潜り込んだ。
眠気が来るのを待ってスマホを開いている間、既に床についていた夫は、私の隣で「うーん」とか「ふぅぅーん……」とか唸りながら寝返りを繰り返していた。
ただ、夜の中に煌々と照るスマホのあかりを見ても何も言わないので、寝苦しいとかではなく寝たまま激しく動き回っているだけのようだ。
なにか夢でも見ているのだろうか。
そう思っていると、もう一度打った寝返りでこちらを向いた夫が、ぽつりと、しかしはっきりと言った。
「ありがとうございます」
『ます』のところをやや、『まぁす』などと強調して発音している。
ちょっと使う場面が限られそうな言い方だ。誰にお礼しているんだろう。
でも、このくらいの寝言ならまだ大したネタにはなるまい。
明日起きた夫に「昨日、あなた寝言で『ありがとうございます』って言ってたよ」と話して終わる程度の軽い出来事である。
私は、『えー、どんな夢をみてたんだろう?』と軽く笑う夫の顔を想像していた。だがその間にも当の夫は、
「うーん」
と言ってはまた仰向けになり、かと思えば、
「ふーーー……」
と、軽いストレスを受けた時に彼がよくやる、長い吐息のため息を吐き、さらにまた、
「うーん」
と困ったように唸って、私に背中を向けた。でも、ちゃんと眠っている。
(寝てるのに随分うごくなぁ……)
私はちょっと感心しつつ、こんなに動いても全然目を覚まさない夫にちらりと目配せした。
その時だ。またむにゃむにゃと喋る寝言が聞こえた。
「ダメだ……ルンバ2台もいらないです……」
……待って?
―― ホ ン ト に な ん の 夢 を 見 て い る の 。
衝撃の発言に、スマホをいじっていた私の手はピタリと止まる。しかしそれだけではない。数秒置いてから、
「他に1台あります……」
とても困っている様子でまた彼はそう言ったのだ。
いやいや面白いことになってきたぞ?
私はこの辺りで慌ててメモアプリをたちあげ、この面白寝言を忘れないようにメモを取る事にした。
しかも驚くべきことに、寝言はこれだけで終わらなかったのだ。
「さあどうぞ」
「うん……。はい……」
まだ喋る。間の取り方からして誰かと会話しているらしい。
なんだ。ほんとになんの夢を見ているんだ。
面白くなって来てしまった私は、寝言に話しかけてはいけない事は分かりつつ、ついついこう、口を入れてしまう。
「夫(名前)さん、そこをどうにか。ルンバ2台導入してただけないでしょうか?」
すると訝しそうに名前を呼ばれた。
「……うん? ねこの?(※ホントは実名)」
私としては夢の中の他人になりきったつもりで話しかけたのだが、機敏に伴侶の声だと気づかれた。
しかしこれももちろん寝言である。更に、夢の中の私が急に変な事を言い出したか、あるいは急にその場に現れた事を怪訝に思っている様子で、
「ねこのどうした?」
お前あたま大丈夫か? みたいな、なんか本当に心配してるときの様子で訪ねられる。
でも名前を呼ばれたので、さすがにそろそろ起きるのではないかと思った。起きた夫に、「早よ寝ろ」などと急かされる前にメモをとりきろうと、私はせわしなくフリック入力を続ける。
しかし、結果としてその指はまだ止まらなかった。……だって、まだ喋るのだこの人は。
彼は更に、キリリとした口調で宣言した。
「散歩させます」
「ねこのを散歩させます」
「えっ? 散歩?」
さすがに唐突過ぎて私も聞き返してしまう。
すると彼は答えた。確認のためにもう一度言うがこれらは全部、彼の寝言である。
「その前に、バルサンは危険ですから」
「……うん、危険ですよね」
また誰かと会話している。
そして夫はひとり、結論に達した。寝言で。
「――バルサンをやります!」
……まあ、注釈しておくと我が家には時々、お出かけのついでに家の全室でバルサンを焚く習慣がリアルである。
ので、とりあえず私を散歩させるついでに家でバルサンを焚こう、という流れの夢なのかもしれない。私は笑いをこらえながら、この瞬間そんなそうに推察する。
ただ恐ろしいことに、バルサンの寝言はこれだけでは終わらなかった。まったく、ネタに困らない人である。
「……ん……? まって……?」
夫は、誰に対して話しているのか、更に口を開く。寝言なのに楽しそうな半笑いだった。
「……ルンバの上にのせたら煙が広範囲に行くのではないか?」
『めっちゃいいアイデアを思いついちゃったけど、どう考えても馬鹿らしいぜ! 』みたいな感情をのせて彼は吹き出している。
そこから更に、多分ホントに夢のなかで燻蒸を始めたバルサンをルンバの上に乗せたのだろう。
「え? すごい? 何畳でもいける……」
「ぶいーん、……ルンバすごい……」
間を開けながら台詞をのたまい、めちゃくちゃ感動し始める のである。もうダメだった。
私はたまらず、噴き出しながらまた寝言に質問した。
「いま、どこにいるの?ww」
すると夫も、寝言なのに答えてくれる。
「実家にいる……。フーン、腰痛い」
「んーえぇ、腰痛い……」
つまり夫の夢の中ではいま、彼の実母の家の床上を、二、三台のルンバが、煙を吐き散らかすバルサンの缶をのせつつ『ぶいーん』とうろついているのだ。
だって今、効果音付けて『ぶいーん』て口で言ってたし。
ついでに寝言で身体の不調を訴え出した彼は、また「ふーん」とか「うーん」とかいいながら寝返りをうちはじめる。そして言う。
「あとはおねがいします」
お願いされたので、私も思わず「かしこまりました」と返した。
そうしてここから、夫はまた怒涛の寝返りタイムにはいる。一つ寝返りをうつたびに、寝言も止まることを知らなかった。
「どっこいしょ」
「うん、うーん……、どっこいしょ」
「ふーーん……」
そうやって最後に不機嫌そうに打った寝返りでうつぶせになった瞬間、
「いい布団ですね、寝てしまいそう……」
またひとりで感心している。
いやあんた、寝てるのに何言ってんだ。
思わず声にも出して、私は突っ込んでしまった。面白すぎる。しかし、あまりに良く喋るので、私もメモを取りながらそろそろこの状況に馴れてきてしまう。
その間にも夫は、夢で何を悩むのか、
『うーん……』
と、面倒臭そうに唸り、かとおもえば、
『うん?(疑問)』
『うーん(納得)』
と、全部違う感情の「うーん」を披露してくれた。
そうしてここでようやく、沈黙した。
やっと大人しくなったか……。
そう思いながら、私は急に脇の下が痒くなったので、ぼりぼり音を立てて掻きはじめる。
すると、今度は多分その音が聞こえたのだろう。夫は急に
「ふんっ!」
と勢い付いて鼻を鳴らしながら、すぐ横で寝ている私の腹の上に手をのせてきた。そこでようやく目を覚ましたのである。手を伸ばした先にぶつかったものに驚いたように、ぼんやり呟く。
「なんかいた……」
でも、まだ寝ぼけている。私は苦笑しながら返した。
「なんかいたね」
「なんかいた……」
「妻でしたね」
『妻だった……。……おやすみ……」
この辺りで私も、眠剤がきいてくる。すべての会話をどうにかメモしきって、再び夢の世界に戻った夫を追うようにして私も眠りに落ちた。
この間、おそらく五分くらいは喋っていたと思う。
今、これを読むに堪える文章として起こしているのは明くる日の夜であるが、こうして改めて書ききってみると、
『人間って寝言でこんなにしゃべるんだ???』
と驚くような出来事であったと思う。めちゃくちゃ面白い体験であった。




