第32話:【殲滅機神(アバドン)】フルバースト
深層の巨大な天井を突き抜けんばかりに吹き荒れる、濃密な緑色の電子紋様。
それは俺(一条誠)の頭上で渦を巻き、やがて「巨大な十字のシルエット」を空中に描き出し始めた。
直線的な主翼、背面に配置された二基の巨大なターボファンエンジン。それは、魔法の世界の住人から見れば、鋼鉄でできた巨大な鳥か、あるいは十字架を背負った神の使いのように見えただろう。
だが、その本質は神聖なものなどではない。
地上に這いつくばるあらゆる装甲を、ただ物理的に紙屑へと変えるために設計された「空飛ぶ狂気」だ。
(アイリス。以前使った時のような、小手先の制限は必要ない。システムの出力をレッドゾーンまで振り切れ。俺の身体が砕けても構わん)
『了解しました。……マスター。光学迷彩型・強化外骨格の出力を限界突破。反動吸収、および姿勢制御機構を「A-10」の機体フレームと完全に同期させます』
俺の右腕を中心に、空間のノイズが激しく弾けた。
空中に浮かぶ十字の機体のシルエットから、最も凶悪な「中心パーツ」だけが分離し、俺の右腕を覆い尽くすように実体化していく。
全長約六メートル、重量約二トン。
人間が携行することなど、物理法則がどう歪んでもあり得ない、車一台分ほどの巨大な七銃身のガトリング砲。
それを、俺はアイリスの超高出力アシストによって、自らの「右腕の延長」として構え上げた。
「……機関砲を空に飛ばすためだけに造られた、最高で最狂の近接航空支援」
俺の低い声が、静まり返った深層の通路に響く。
剥き出しになったコアを守るため、要塞ボスが慌てて自己修復プログラムを走らせ、全身の砲門から迎撃のレーザーを放とうとする。だが、遅い。
「顕現せよ――【GAU-8 アヴェンジャー】。その真名、『殲滅機神』」
ガシャァァァァンッ!!
巨大なガトリング砲が完全に実体化し、俺の背後に浮かぶA-10の機体の幻影と完全にリンクした。
威圧感だけで、周囲の空気がビリビリと震え、酸素が薄くなったかのような錯覚を引き起こす。
クラリスも、夏美たちも、あまりの威容に声すら出せず、ただその「死の天使」の降臨を呆然と見上げていた。
『マスター。目標のメインコア、完全ロックオン。……弾種、30ミリ劣化ウラン・徹甲焼夷弾(PGU-14/B)。残弾数、一一七四発。……いつでもどうぞ』
(三十秒もいらないと言ったな。……三秒で終わらせる)
俺は、全長百メートルの巨大な要塞の「剥き出しのコア」へ向けて、巨大な七銃身の銃口を真っ直ぐに突きつけた。距離にしてわずか数十メートル。文字通りの「零距離」だ。
「消し飛べ」
俺は、重いトリガーを、一気に底まで絞り込んだ。
――その瞬間。
深層の通路から、一切の「音」が消え去った。
いや、音が消えたのではない。放たれた弾丸の速度が、音速を遥かに超えていたため、発射音が後から追いかけてきているだけだ。
毎分三千九百発という狂気的な発射速度で撃ち出される、牛乳瓶ほどの大きさがある30ミリ劣化ウラン弾の豪雨。
ドドドドドドドドドドォォォォォォォォォンッ!!!!!!
弾丸が、要塞のコアに「着弾」し、炸裂する音が先に響き渡る。
そして、その約〇・五秒後。
この世のすべての音をすり潰したかのような、地獄の底から響く怪物の咆哮が、通路全体を震わせた。
BRRRRRRRRRRRRRRRT!!!!!!
布を乱暴に引き裂くような、あるいは巨大なチェーンソーが世界そのものを削り取っているかのような、A-10特有の恐ろしい発射音。
俺の右腕と一体化したアバドンから、目にも留まらぬ猛烈な火線が、一筋の太い「光の柱」となって要塞のコアへと叩き込まれ続ける。
巨大なガトリングの反動は、一発ごとに数トンもの推力を生み出す。
アイリスの姿勢制御がなければ、俺の右腕は一瞬で引きちぎられ、身体ごと後方へミンチになって吹き飛んでいただろう。俺は歯を食いしばり、強化外骨格のパワーを全開にして、その暴れ狂う機神をねじ伏せた。
「ギガァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!」
要塞ボスが、断末魔の絶叫を上げる。
自己修復など、追いつくはずもない。
比類なき貫通力と質量を持った劣化ウラン弾の集中砲火は、剥き出しになった巨大な魔力コアを、まるで豆腐でも削るかのように一瞬で粉砕し、溶解させ、虚無へと還していく。
着弾の熱量で発生した猛烈なプラズマの閃光が、要塞の百メートルの巨体を内側から焼き尽くしていく。
「あ……あぁ……っ」
背後で、クラリスが膝をついたまま、その破壊の美しさに魅入られたように震えていた。
魔法という概念すら置き去りにする、純度一〇〇パーセントの物理の暴力。
それが、人類の脅威であるはずの深層の主を、文字通り「塵」へと変えていくのだ。
わずか三秒。
一一七四発の30ミリ弾を全弾撃ち尽くし、巨大なドラムマガジンが空転する乾いた音が鳴った。
俺がトリガーから指を離すと同時。
コアを完全に蒸発させられた超巨大要塞は、その巨体を支えるエネルギーを失い、内側から崩壊を開始した。
ズズズズズズ……ッ! ドゴォォォォォォンッ!!!!
自重に耐えきれず、百メートルの多脚の身体が次々とひしゃげ、崩れ落ちていく。
最後には、凄まじい大爆発と共に、深層の主は無数の光の粒子と、ただの「真っ黒な鉄屑の山」へと変わって完全に沈黙した。
『マスター。目標の生体・魔力・エネルギー反応、すべて完全に消滅。……大狂騒の鎮圧、および深層防衛システムの完全破壊を確認しました』
アイリスの静かな報告が、俺の脳内に響いた。
「……ふぅ。これで、残業は終わりだ」
俺は、白煙を猛烈に吹き上げる右腕の巨大なアバドンを、ふたたび虚空へと溶かして消滅させた。
強化外骨格のアシストが切れ、全身の筋肉が軋むような疲労感に襲われる。だが、その疲労感よりも、溜まりに溜まっていた胃痛のタネをすべて粉砕したという「爽快感」の方が遥かに勝っていた。
静寂が戻った深層の通路。
そこに残されたのは、圧倒的な力を見せつけた一人の男の背中と、呆然とへたり込む四人の姿。
そして――この一部始終を、瞬き一つせずに見届けていた、同接三十万人の視聴者たちだった。
『…………』
『…………え?』
『今、何が、起きた……?』
『音が……あの、空を引き裂くような音が、耳から離れない……』
『百メートルのバケモノが、たった三秒で、塵になった……』
あまりのスケールと衝撃に、コメント欄の動きすら一時的に麻痺していた。
だが、その麻痺が解けた瞬間。
迷宮都市のネットワークは、人類史上かつてないほどの「大熱狂」を引き起こした。
『うおおおおおおおおおおおおっ!!!!』
『見たか!! あれが俺たちの神だ!!』
『殲滅機神アバドン!! 名前まで最高にかっこいいじゃねえか!!』
『ネームレス様! いや、シン様!!』
『人類の救世主だ!! 一人で国を落とせるぞあの火力!!』
『無能ポーターとか言ってたS級パーティの連中、今頃息してるか!?www』
『伝説の誕生に立ち会えた……もう俺、死んでもいいわ』
画面は、虹色のスーパーチャットと、数え切れないほどの賛美の言葉で完全に埋め尽くされ、ついにギルドの配信サーバーが処理限界を超えて煙を上げ始めた。
俺は、ふりそそぐ光の粒子の中で、ゆっくりと振り返った。
夏美、コウタ、リコの三人は、まるで本物の神を前にしたかのように、両手を組んで涙を流している。
クラリスに至っては、特務調査官としての矜持など完全に忘れ去り、俺の姿に完全に心を奪われたような、熱を帯びた瞳で見つめてきていた。
「……あー。なんだ」
俺は、頭をガシガシと掻きながら、最高に気まずい沈黙を破った。
「その……色々黙ってて悪かったな。……とりあえず、帰るぞ。お前ら、立てるか?」
俺が普段通りの「ポーター」のような口調で手を差し伸べると、夏美たちはハッとして、慌てて俺の手を握りしめた。
「は、はいっ! ネームレス様……シン、さんっ!」
夏美の顔には、涙と煤が混じった、これまでで一番最高の笑顔が咲いていた。
世界が探し求めた正体不明の破壊神は、今、ここにその姿を完全に解禁した。
俺の隠密ライフは終わりを告げたが、この馬鹿みたいに熱狂する世界で、新たな「最強の探索者」としての波乱万丈な日々が、ここから始まろうとしていた。




