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第四話 強い女が弱そうな俺に声を掛けた理由が、どう考えても引っかかる

 街を出て、しばらく歩くと、舗装された道は徐々に荒れていった。


 人の往来が減り、道幅が狭くなる。

 草が伸び、ところどころに獣の足跡。


(この辺りからが山道ってやつか)


 俺は無意識に歩調を落とした。


 そのときだった。


 前方の茂みが、がさりと揺れた。


「――止まれ」


 低い声で言う。


 イベルタは一歩遅れて足を止めた。


 茂みの影から、緑色の小さな影が姿を現す。


 尖った耳。

 醜い顔。

 手には、錆びた短剣。


 ゴブリン。


(……出た)


 昨日のがいこつほどじゃない。

 だが、スライムとは比べものにならない。


 しかも一体じゃない。

 奥にも、気配がある。


(戦う理由がない)


 新緑鉱石が目的だ。

 ここで消耗する意味はない。


「回り道する」


 俺は小さく言って、進路を変えようとした。


 その瞬間、イベルタが動いた。


 腰に下げていた短剣が、滑るように抜かれる。

 次の瞬間には、距離を詰めていた。


「え?」


 声を上げる暇もなかった。ゴブリンが何か叫ぼうとした、その喉元に――


 ずぶり。


 一切の躊躇もなく、正確に刃が突き立てられた。

 ゴブリンは、音もなく崩れ落ちる。

 もう一体が反応したが、遅い。

 イベルタは体をひねり、逆手で短剣を振る。


 骨。

 肉。

 鈍い感触。


 ――終わり。


 数秒だった。


「……」


 俺は言葉を失ったまま、立ち尽くす。


 イベルタは、何事もなかったかのように血を払った。


「道、塞がれるの嫌だったので!」


「……つよ」


 思わず、声が漏れた。


 イベルタはきょとんとする。


「え? ゴブリンですよ?」


 いや、そうなんだが。


(いや……よく考えたら、そりゃそうだ)


 俺は、昨日までスライムを踏んでいた人間だ。

 一方でこいつは、ゴーゴン狩りを口に出す女。


 前提が、違う。


 頭の中で、前世の記憶が蘇る。


 競馬。

 競輪。

 オッズ。

 戦績。


 俺は、いつも賭ける前に数字を見ていた……

 はずだった。


 だが、肝心なところで、熱くなる。


(この馬、来そう)

(この選手、今日は行ける)


 根拠は曖昧。

 感情が先に走る。


 そして、外れる。


 結果を見てから、いつも思った。


(……そりゃ、そうなるか)


 逃げが有利な展開。

 差しが刺さる流れ。

 追い込み向きのバンク。


 答えが出てから見返せば、

 腑に落ちる理由はいくらでも見つかる。


 なのに。


(考える前に、賭ける)


 それで、何回やっちまった?


 目の前のゴブリンの死体を見て、同じ感覚がした。


(この女は、勝てる勝負だけしてる)


 ゴブリンは弱い。

 奇襲が効く。

 装備も判断も、上。


 だから、迷わず斬った。


 俺は逆だ。


 勝てるかどうかを考えすぎて、

 動く前に逃げようとする。


 イベルタが、俺の顔を覗き込む。


「大丈夫ですか? 顔、青いですよ?」


「……いや」


 大丈夫じゃないのは、体じゃない。


(俺はまだ、()()()を間違えてる)


 異世界でも。

 命をチップにした賭場でも。


 イベルタは短剣を鞘に戻し、歩き出した。


「行きましょ! 山、もうすぐです!」


 俺は一歩遅れて、後を追う。


 オレンジ色の背中が、やけに頼もしく見えた。


(……地雷、じゃないのか?)


 いや。


(いや、地雷は地雷だな)


 強い地雷ほど、厄介なものはない。


 俺は慎重に距離を保ちながら、山へ向かった。


 今の反省を活かして、熟考する。


 それは、馬や選手の近況成績を眺めながら、

「本当に人気通りに来るのか?」と疑う、あの感覚に似ていた。


 勝率。相性。展開。

 数字だけ見れば強い。だが、引っかかる。


 なぜ、コイツはこんなに強いのに、俺に声をかけた?


 さっきのゴブリン。

 動きは無駄がなく、迷いもない。短剣の振りも、素人じゃない。下手をすれば、俺よりよほど場数を踏んでいる。


 なのに、だ。


 酒場で俺を見つけて、

「連れてってください!」

 あの軽さで声をかけてきた。


 ……おかしい。


 強い冒険者なら、仲間はいくらでも見つかる。

 山に向かうなら、なおさらだ。

 護衛も、前衛も、金さえ払えば揃う。


 なのに、俺だ。

 丸腰の、いかにもど素人みたいな男に。


 人気馬に、明らかな不安材料が一つだけある時。それを見逃して、何度も痛い目を見てきた。


 今回も、同じ匂いがする。


 ……それは聞いても大丈夫か。

 不自然じゃない。

 雑談の範囲だ。


 俺は一度、息を整えた。手のひらが、じっとりと汗ばむ。街道を歩きながら、できるだけ何でもない調子で口を開く。


「なあ」


「はーい?」


 即答。やっぱり軽い。


「イベルタ。さっきの動き……かなり慣れてるだろ」


「そーですか?」


 とぼけた声。だが、足取りは一切乱れていない。


「正直に言う。あんた、俺なんかと組まなくてもいい腕だ」


 一瞬だけ、間があった。

 ほんの一拍。見逃せば気づかない程度の沈黙。


「……そう見えます?」


 声色は変わらない。だが、俺の勘が告げていた。


 ここだ。


 俺は、賭けに出る。


「なあ。どうして俺に声をかけた?」


 風が街道を抜ける。木々がざわめき、鳥が飛び立つ音がした。


 イベルタは、少しだけ前を歩きながら、ふと足を止めた。そして振り返る。

 あの、軽くて鬱陶しい笑顔のまま。


「……それ、今ここで聞きます?」


 その目だけが、笑っていなかった。

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