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第四十三話 四天王ケンジ

 昔のことは、あまり思い出さないようにしている。


 思い出しても仕方がないからだ。


 それでも、時々浮かぶ。


 仕事を終えて帰る夜道。

 マンションの灯り。

 玄関を開けた瞬間の、子供の声。


 「パパ、おかえり」


 妻が笑っていた。


 ありふれた家庭。

 特別なことなんて何もない。


 それで十分だった。


 いや。


 本当は、十分だったはずだ。


 夜中。


 家族が寝静まった後。


 スマホの光だけが、部屋を照らす。


 ミッドナイト開催のネット競輪。

 オートレース。

 そして、オンラインカジノ。


 最初は、ただの遊びだった。


 当たれば嬉しい。

 外れても笑って済む。


 そんなはずだった。


 だが、人間は欲深い。


 取り返せると思う。

 次こそ当たると思う。


 気づけば、額が増えていた。


 借金。


 もちろん、家族は知らない。

 知られたら終わる。


 だから黙っていた。


 ただ、それだけの話だ。


 そしてあの日、俺は死んだ。

 家族諸共。いや、おそらく計り知れない人数と、一緒に。


 目を覚ましたとき、俺は別の世界にいた。


 剣と魔法の世界。


 最初は混乱した。

 だが人間は、案外すぐ慣れる。


 俺の名前はケンジ。

 それだけは覚えていた。


 俺はエーテルディアに流れ着いた。


 大きな街だった。


 人も多い。


 ひょっとしたら、妻や息子も来ているかも。


 淡い期待を持って、探し回った。

 何時間も、何日も。


 しかし、見つからなかった。

 代わりに見つけたのは、カジノ。


 笑える話だ。


 異世界に来てまで、俺は同じことをしていた。


 最初は勝った。


 運が良かったのかもしれない。

 だが、そんなものは長く続かない。

 気づけば、また借金だ。

 取り立て屋が現れるのも、時間の問題だった。


 だから俺は逃げた。

 噂に聞いた王都へ向かった。

 理由は特にない。都会の喧騒に紛れてしまえば、またやり直せるかもしれない。


 そんな、ぼんやりした希望。


 だが、王都へ向かう街道で俺は黒いローブの女と出会った。魔物だった。


 すぐに分かった。

 人間じゃない。


 なのにその女は、俺を見るなり足を止めた。


 そして、信じられない言葉を口にした。


「……やっと見つけました」


 その声は震えていた。

 まるで、生き別れた恋人を見つけたみたいに。


 女は深く頭を下げた。


「長い間、お待ちしておりました」


 意味が分からない。


「誰だよ、あんた」


 俺がそう言うと、女は微笑んだ。


「申し遅れました」


 丁寧な所作。


 徹頭徹尾、敬語。


「私はかつての四天王に仕えていた者です」


 そして、静かに言った。


「あなたは、その後継者です」


 その後のことは、あまり覚えていない。


 抵抗した気はする。

 だが、無駄だった。

 女の力は、圧倒的だった。


 俺は連れていかれた。


 暗黒大陸へ。


 そこで、魔王に会った。


 巨大な玉座、重苦しい空気。

 その中心に座る男。


 魔王。


 だが、そいつは俺を見るなり笑った。


「へぇ」


 興味深そうに。


「転生者か」


 その言葉に、背筋が凍った。


「俺もだよ」


 魔王はあっさり言った。


 驚いた。この世界に、他にもいるのか。


 俺みたいな奴が。


 魔王は顎に手を当て、しばらく俺を眺めていた。


「面白い」


 そして宣言した。


「お前を四天王にする」


 あまりに突然だった。

 断れる雰囲気じゃない。

 いや、たぶん断っても無駄だっただろう。


 こうして俺は、魔王軍の四天王になった。

 他の四天王のことは、あまり知らない。


 互いに干渉しないらしい。それぞれが、それぞれの領域を持っている。


 そんな関係だ。


 俺は窓の外を見る。


 赤い空。黒い大地。

 そこへ、魔物が跪いた。


「ケンジ様、報告です。エーテルディアで騒動が起きています」


 俺は眉を上げる。


「騒動?」


「反逆者が動いています」


「名前は?」


「アケミ」


 噂には聞いている。

 俺の次の転生者。

 身体能力が高いらしいが、圧倒的な能力はない。

 ……おそらく、自殺者か。


 魔物は続ける。


「最近、新たな転生者の存在も確認されました」


 その言葉に、少しだけ笑う。


「またか」


 どうやらこの世界は、そういう場所らしい。


「アケミという女も、その影響で動き出した可能性があります」


 なるほど。

 騎士団とも揉めているらしい。


 つまり、秩序が揺れている。

 俺は静かに言った。


「チャンスだな」


 魔物が顔を上げる。

 俺はエーテルディアの方角を見る。


「騎士団が内輪揉めを始めたなら」


「今が一番脆い。エーテルディアを飲み込む」


 俺は小さく笑う。

 そして、静かに呟いた。


「我々の魔都にする」


 遠くで、雷のような音が鳴った。

 戦いの匂いがする。

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