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第四十一話 若き騎士長の就任。その理想、鞭一本で試させてもらう

 あれから数週間。


 焼け焦げた下層区も、表向きは落ち着きを取り戻していた。


 俺たちも、だ。肋骨はまだ痛むが、歩ける。笑える。賭けの話もできる。


 つまり、生きている。


 下層区の一角。かつてのアジト。


 ロキが書類を机に並べる。


「どうだぃ、ロキ。情報は掴んだ?」


「はい」


 淡々とした声。


「騎士団の多くは先の戦闘で壊滅。再編が進んでいます」


 当然だな。

 あの夜、名持ちが一人落ちた。

 上層が黙っているはずがない。


「で、新しい顔は?」


 ロキが一枚の紙を差し出す。


「新騎士長に任命されたのは、ライネル=プロメティウス」


 部屋の空気が止まった。


「え!?」


 イベルタが立ち上がる。


「ライネル義兄さん!?」


 俺は眉を上げる。


「知り合いか?」


「知り合いも何も……姉さんの、ミネルヴァ姉さんの旦那様です」


 イベルタの話によれば、


 プロメティウス家はこの国でも五指に入る名門。

 ライネルはその一人息子。しかも――


「二十代半ば、ですよね?」


 ロキが頷く。


「ええ。異例の大抜擢です」


 ドナルドが腕を組む。


「若造じゃねぇか」


「若い、だけではありません」


 ロキは紙をめくる。


「戦功多数。前線で兵と同じ食事を取り、負傷兵を自ら担ぐ。貴族らしからぬ振る舞いで人気も高い」


 人格者、か。


 俺は鼻で笑う。


「で?」


「平和と平等を重んじる思想家としても知られています。下層区の待遇改善を訴えていたこともある」


 アケミが目を細める。


「……ずいぶん都合がいいねぇ」


 あまりに綺麗だ。

 若く、名門で、実力があり、人格者。

 出来すぎている。


 イベルタは少し俯く。


「義兄さんは……本当に優しい人です。身分で人を判断しない」


「じゃあ」


 俺は椅子に深く腰掛ける。


「なぜ、騎士長を受けた?アリシアは?」


 沈黙。ロキが静かに答える。


「王命です。さらに、報告を担当したのはそのアリシアです。先の戦闘の報告に向かい、次の指示を伝えるために戻りました」


 なるほど。


 ()が死んだ。だから新しい()を立てる。

 しかも、民衆に人気のある若手。

 暴動抑止、下層区懐柔、騎士団の立て直し。


 全部に効く一手。


「王は賢いな」


「この街の上層部は、無能揃いですけどね」


 ロキの言葉に、俺は笑う。

 しかし、アリシアの奴、それなりに手負いだったはずだ。王都とやらがどれくらい遠いのかは知らないが、そのまま往復ってバケモノかよ。


「理想主義者を前に出す。盾にするには最高だ」


 イベルタが顔を上げる。


「盾……?」


「本当に平和を望むなら、俺たちと対話するはずだ」


 アケミが口を挟む。


「でも騎士長って立場は、秩序側だ」


 そう、どれだけ人格者でも。

 どれだけ理想を語っても。


 肩書きは騎士長。

 秩序の象徴。つまりは、俺たちの敵。


「接触の動きは?」


「あります」


 ロキが言う。


「三日後。下層区視察を予定」


 全員が顔を上げる。


 早いな。


「護衛は?」


「最小限。対話を重んじる姿勢を示すとのこと」


 俺は笑いを堪えきれなかった。


「はは……なるほど」


 博打だ。向こうも打ってきた。


 強硬策ではなく、融和策。

 俺たちが暴れれば、対話を拒んだ悪にできる。

 手を出さなければ、懐柔が始まる。


「どうするの?」


 イベルタが俺を見る。


 義兄。

 理想家。

 騎士長。


 敵かもしれない、家族。

 俺はゆっくり立ち上がる。


「会おう」


「ギャン?」


「賭けだ」


 アケミがニヤリと笑う。


「アンタ、好きだねぇ」


「理想主義者が本物かどうか」


 俺は窓の外を見る。下層区の煙突から、細い煙が上がっている。


「直接確かめる」


 ロキが静かに問いかける。


「交渉ですか?」


「違う」


 俺は笑う。


「値踏みだ」


 三日後、若き騎士長が下層区に来る。


 理想を掲げて、平等を語って。

 そして俺たちは、その目を見る。


 本物か、それとも王に仕えるだけの()か。


 沈黙を破ったのは、コルディだった。


「……そのライネルって人と仲良くなれば、私の黒鞭、返してもらえるかな?」


 全員の視線が集まる。

 俺は眉を上げた。


「黒鞭?」


「うん」


 少しだけ、悔しそうに唇を噛む。


「あの時、没収されたまま」


 アケミが腕を組む。


「没収って……誰にだい?」


「親父に」


 エタルド……我が子の物でなければ処分していただろう。コルディだって死刑にされていた。


 アイツも、親だった……


「騎士団詰所の武器庫に保管されてると思う」


 ロキが即座に補足する。


「正式名称は“対魔高圧拘束鞭”。魔力加工済みの特級装備。通常流通はしていません」


 俺は思い出す。


 コルディに捕まったあの日。


 俺が本気で斬りつけても、傷一つつかなかった。

 サンダーグラディウスの、魔力を帯びた刃で、だ。


「硬いどころじゃなかったな」


 コルディが小さく笑う。


「でしょ?あれ、私専用に調整されてるの」


 イベルタが頷く。


「確かに……あの黒鞭があれば、コルディは今よりずっと強い」


 ロキが淡々と告げる。


「現戦力比較で言えば、黒鞭装備時のコルディはイベルタと同等、あるいは一部状況では上回ります」


 ドナルドが口笛を吹く。


「マジかよ」


 俺は苦笑する。


「……俺より遥かに強いな」


「比べないでよ」


 コルディがむっとする。


 だが事実だ。

 あの鞭は異常だった。

 ただの打撃武器じゃない。


 魔力伝導、拘束補正、衝撃増幅。

 対人戦であれを使われたら、厄介どころじゃない。


 アケミが顎に手を当てる。


「で、取り返す算段は?」


「騎士団詰所は忍び込めないよ。厳重なんてもんじゃないから」


 ついこの間まで向こう側だったコルディが言うのだから間違いないだろう。


「つまりこうだな」


 指を一本立てる。


「ライネルが本物の理想家なら、返還交渉は可能」


 二本目。


「王の顔なら、絶対に返さない」


 三本目。


「もし裏で利用するタイプなら……条件付きで貸すかもしれない」


 ロキが小さく頷く。


「いずれにせよ、接触価値は上がりました」


 イベルタが不安げに言う。


「義兄さんは……武器を返さないと思う」


「ほぅ?」


「だって、騎士長だもん。規律を破るわけにはいかない」


 俺は笑う。


「じゃあ試そう」


 コルディを見る。


「お前の黒鞭を、どう扱うかで分かる」


「分かるって?」


「秩序を守るか、人を守るか」


 アケミがニヤリとする。


「アンタ、相変わらず性格悪いねぇ」


「博打はな」


 俺は窓の外を見た。


「賭け金を増やすほど、面白くなる」


 三日後。


 若き騎士長が来る。


 理想を掲げて。


 平等を語って。


 そして、俺たちは黒鞭の返還を持ち出す。


 それは単なる武器の話じゃない。

 下層区を信用するかどうか。

 敵だった者を信じるかどうか。


 その答えになる。


 コルディが静かに拳を握る。


「……取り戻したい」


 その声は、小さいが本気だ。


「よし。なら決まりだ」


「何が?」


 全員がこちらを見る。


「次の博打は」


 俺は指を鳴らす。


「理想主義者の度量試しだ」


 下層区の空気が、ゆっくりと張り詰めていく。


 黒鞭か、秩序か。

 それとも戦火か。


 若き騎士長ライネル=プロメティウス。


 あんたの器、見せてもらうぜ!

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