第三十九話 勝ち目なし?上等だ、不利な博打にゃ誰よりも慣れてる
俺は死ぬかもしれん。
身体中が痛い。
肋は何本かやられてる。
左足も、もう踏ん張りが効かない。
それでも立っている。
目の前のエタルドは無傷。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
淡々とした声。
余裕そのもの。
ちくしょう、受けるのも限界だ。
俺がここまで耐えられたのは、アケミとの稽古のおかげだ。
――――
木刀を使った稽古。
「ほら、もう終わりかい?」
「はぁ、はぁ……おま、体力ありすぎだろ……」
「アンタ、なぜ疲れるかわかってる?」
「運動なんて、してなかったから……」
「それはそうだが、それ以前に、緊張しすぎだ」
緊張? 何が悪いんだ?
「緊張したまま動くのは、体力をかなり消耗する。いまは稽古だが、本番なら尚更だ」
「なんでそんなこと……」
「アタシ、こう見えても若い頃はプロ格闘家めざしてたから」
あぁ、どうりで拳の握り方、蹴り方まで詳しい筈だ。無意識にボスだから強いと思っていた。
だが違う。
コイツも積み重ねた側だ。
俺と同じ、転生者だとしても。
「力むな。肩を落とせ。呼吸を止めるな。死ぬ瞬間まで、冷静でいろ」
――――
感謝するぜ、アケミ。
「死ね」
エタルドの槍が突き出される。
速い。だが、直線。
舐めているからこそ、単調。
点の攻撃は、かわしやすい。
俺はアケミ仕込みのダッキングで沈み込み、槍の穂先が頭上をかすめる瞬間、踏み込みと同時に横薙ぎ。
「むっ!?」
ついにエタルドの鎧に傷がつく。
金属が裂ける音。
だが、雷は通らない。
ダメ元だったが……やはり雷耐性。
いや、おそらく属性耐性の鎧か。
エタルドは一歩退いた。
ほんのわずか。
初めて、間合いを切った。
「……ほう」
声色が変わる。
俺は息を整える。
肩を落とす。
力を抜く。
緊張するな。
焦るな。
今の一撃は通らなかった。
だが、効かないと当たらないは違う。
鎧は硬い。
だが隙間はある。
関節。
脇。
首元。
膝裏。
雷が通らないなら、物理で削る。
「やるな、異端者。少しみくびっていた」
エタルドが槍を構え直す。
今度は直線じゃない。
円を描く軌道。
やっと本気かよ。
オッズは1:10000ってところか?
でもな、0じゃない。
俺は地面を蹴った。
死ぬかもしれん。
だが、ここで折れたら全部終わりだ。
革命も。
アケミの宣戦布告も。
イベルタの覚悟も。
そして、俺の物語も。
なら、やることは一つ。
削って、削って、削り切る。
エタルドの槍が唸る。
俺は笑った。
ようやく、面白くなってきたじゃねぇか。
エタルドの槍が唸る。さっきまでとは別物だ。
重い。
速い。
そして、読みづらい。
円を描いたと思った瞬間、軌道が変わる。
叩き落とし、薙ぎ払い、突き。
受ける。
弾く。
間に合わない。
衝撃。
視界が裏返った。
石畳が迫る。
背中から叩きつけられ、肺の空気が全部抜ける。
「が……っ」
息が、入らない。
肋に何かがめり込んだ感覚。
いや、めり込んだんじゃない。
折れた。
遅れて激痛。
立て、と命令する。
身体が動かない。
エタルドがゆっくり近づいてくる。
鎧は傷一つない。
さっき俺がつけた傷も、浅い。
「やはり、そこまでか」
冷たい声。
槍が持ち上がる。
終わりだ。
立てない。
痛い。
気持ち悪い。
吐き気が込み上げる。
視界が白くなっていく。
くそ。
ここまでか。
せっかく借金チャラになったのによ。
異世界転生。
チートもない。
特別な血統もない。
あるのは、ギャンブルで鍛えた無駄な度胸と、
死に損ないの根性だけ。
俺はこの世界に来た時、走馬灯を見た。
あの時も思った。
終わったな、って。
でも始まった。
全部が新鮮で。
驚きばっかで。
魔物。
剣。
カジノ。
アケミ。
そして、イベルタ。
俺の……相棒。
毎日が濃かった。
前世のくそみてぇな人生より、ずっと短いけど、ずっと充実してた。
借金に追われて、酒臭い部屋で天井見てた日々より、よっぽど、生きてた。
俺にしちゃ、上出来だ。
エタルドの影が覆いかぶさる。
「さらばだ、異端者」
槍が振り下ろされる。
ああ、悪くなかった。
キィン。
金属同士がぶつかる音。
衝撃が、来ない。
……?
薄く開いた視界の先。
俺とエタルドの間に、誰かが立っている。
片手で槍を受け止めている。
「アンタ、まだ寝る時間じゃないだろ」
聞き慣れた声。
乱暴で、不機嫌で、
でもどこか安心する声。
アケミだ。短剣で槍を受け止め、エタルドを睨み上げている。
「……貴様」
エタルドが一歩下がる。
初めてだ。コイツが、自分から間合いを取ったのは。
アケミは振り返らない。
「ギャン。死ぬなら革命終わってからにしな」
軽い口調。でも、背中は怒っている。
あの広場でアルベルトを裂いた時と同じ、地獄の鬼の気配。
俺は、かすれた声で笑った。
「……遅ぇよ」
「あとは任せな。アンタはまだ使い道がある」
アケミが一歩踏み出す。
空気が変わる。
エタルドの本気。
そして、それを上回る本物の怪物。
広場の中心で、最強格がぶつかる。
俺は地面に転がったまま、薄れかける意識で思う。
ああ、まだ終わらねぇ。
俺の物語は、まだ。




