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第三話 手頃な依頼を引き受けるはずだったのに、地雷っぽい女がついてきた

 酒場の中は、朝だというのに騒がしかった。


 カウンターに肘をつく冒険者。

 壁際で地図を広げる連中。

 床に転がった空のジョッキ。


 仕事場、っていうより、戦場の控室だ。


 俺はきょろきょろと見回しながら、壁に掛けられた木製の掲示板に近づいた。

 無数の紙切れが、釘で雑に打ち付けられている。


「……これが、クエストか」


 近くにいた、ひげ面の男が鼻で笑う。


「初心者か?」


「まあ……そんな感じで」


「だったら、上から順に見るんだな。間違っても、一番下は見るなよ」


 そう言って、ジョッキを煽った。


 掲示板の上段から、目を走らせる。

 仕事内容は、大きく分けて三種類らしい。


 まず目についたのは、労働系。


【資材運び】

【街道沿いの配達】

【倉庫整理】


 内容は単純だ。

 重い。

 地味。

 危険度は低い。


 報酬は――


(100〜200G、か)


 昨日一日、スライムを踏み続けて20G。

 それを考えれば、破格と言っていい。


 だが、次の段を見る。


【薬草採取】

【魔獣の肉の納品】

【鉱石の採掘】


 採取系。


 場所は森や山。

 多少の危険はあるが、討伐ほどじゃない。


 報酬は――


(200〜500G)


 なるほど。

 効率はいい。

 だが、事故る可能性も、ゼロじゃない。


 そして、一番下。


 紙の色が違う。

 字も、どこか荒々しい。


【盗賊団討伐】

【街道に出没するオーガ討伐】

【ドラゴンの心臓の納品】


 報酬欄を見る。


(1,000G以上……)


 無理だ。昨日の、がいこつ。

 あれ一体で、あのザマだ。


 勝てない勝負は、しない。


 それが、俺が唯一、異世界に持ち込めた教訓だった。


「……よし」


 中段に視線を戻す。その中で、一枚だけ、妙に目を引く紙があった。


【新緑鉱石 採取依頼】

・場所:西の山道 奥

・条件:神木付近

・報酬:500G


「新緑……鉱石?」


 思わず声に出すと、背後から声がした。


「それか」


 振り返ると、受付らしき女性が立っていた。落ち着いた雰囲気で、年は二十代後半くらいだろうか。


「新緑鉱石は、神木の樹液がな。何十年、何百年って年月をかけて、鉱石みたいに固まったものだ」


「樹液……?」


「希少だ。加工もしやすくて、武器にも防具にも使える。だから報酬が高い」


 なるほど。理由がある500Gだ。


「モンスターは?」


「神木そのものは襲ってこない。だが、山の奥だ。野生の魔獣はいる」


 完全な安全圏ではない。だが――


(討伐じゃない)


 狩る側じゃない。目的は「取って帰る」だけ。

 ギャンブラー的に言えば、中リスク・中リターン。


 十分、許容範囲だ。


「……これ、受ける」


 俺が言うと、受付の女性は小さく頷いた。


「名前は?」


 名前……か。前の世界で俺は死んだんだ。何も持ち込みたくねぇ、名前なんていらねぇ。


「末期ギャンだ」


 一瞬、怪訝な顔をされたが、深くは突っ込まれなかった。


「では、依頼受領。期限は三日。無理だと思ったら、必ず引き返しなさい」


 その言葉に、俺は少しだけ笑った。


「それ、得意なんで」


 紙にサインをし、簡単な説明を受ける。

 注意点を全て、頭に叩き込む。


 500G。

 昨日の25倍。


 だが、欲に目が眩むほどじゃない。

 冷静でいられる。


 俺は依頼書をしまい、酒場の扉に手をかけた。


(よし)


 スライム踏み続ける日々は、いったん終わりだ。


 勝てる勝負を選んだ。

 それだけで、今日は十分、上出来だろう。


 俺は意気揚々と酒場を出た。

 朝の光が、眩しかった。


 酒場を出ると、背後から間延びした声が飛んできた。


「待ってくださーい!」


 嫌な予感がして、足を止めずに歩く。

 だが、追いついてきた。


 オレンジ色の無造作な髪。そばかす。

 屈託のない笑顔だけは、やたらと可愛い女だった。


「依頼受けるとこ、見てましたー。山に行くんですかー?」


「……そうだ」


 距離、近い。

 声も軽い。

 ……こういうタイプは苦手だ。


「馴れ馴れしいな」


 独り言のつもりだったが、女は気にした様子もない。


「わたしも連れてってください! 一人はー、不安なんでー」


「却下」


 即答した。……が、そこで思考が止まる。


(待てよ)


 俺はこの世界に来て、まだ二日目だ。

 西の山道? 神木?

 正直、地図もろくに見ていない。


 方向音痴とか、そういう次元じゃない。


(この女、少なくとも“山に行く”って言ってる)


 つまり――


(道は知ってる可能性が高い)


 視線を女に戻す。


「……お前、どの山か分かってんのか?」


「はい! だいたい!」


 だいたいが怖い。

 だが、完全なゼロよりはマシだ。


「いいぜ」


「ありがとーございます!」


 即、両手を上げて喜ぶ。

 軽い。軽すぎる。


「山でゴーゴン狩るので、お願いしまーす!」


「……は?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「ゴーゴン?」


「はい! 目が合うと石になるやつです!」


(無理無理無理無理)


 昨日のがいこつで死にかけた俺が、石化モンスター?完全に勝てない勝負だ。


「俺は採取だ。討伐はやらん」


「えー? でも山ですよー?」


「山でも取るだけだ」


 女は首を傾げた。


「あれ?じゃあ、何しに?」


「新緑鉱石」


「……あー」


 なぜか納得したように頷く。


「じゃあ、場所同じですね!」


(同じなのかよ)


 嫌な偶然だ。


「私はイベルタ!えと……」


 名乗りかけて、俺を見る。

 名前を、待っている顔。


「……」


 黙る。名乗る気はない。

 女も、数秒沈黙したあと、あっさり言った。


「ま、いっか! 旅人さんで!」


 助かった。


(余計な深掘りをしない。そこだけは評価する)


 だが、ダメだ。

 一緒に行けば、確実に面倒ごとに巻き込まれる。

 ゴーゴンなんて単語が出てきた時点で、この女は地雷だ。


「やっぱ一人で行く」


 踵を返す。


「あ、待ってよ旅人さーん!」


 無視して歩く。


 歩く。

 ……歩く。

 足音が、消えない。


(あ、ダメだ)


 こいつ、ついてくる。


 振り返ると、イベルタは当たり前のように後ろを歩いていた。


「一緒の道ですし!」


「……」


 最悪だ。俺はため息をつき、空を見上げた。


(勝てない勝負はしない、だが……)


 避けられない勝負、ってのもあるらしい。


 俺は無言で歩き出した。


 オレンジ色の影が、ぴったり後ろについてきた。

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