第三十七話 死にたくない
私はコルディ。
いま、頭のイかれた従姉妹に殺されそうになっている、不幸な美少女だ。
エーテルディア中央広場。
石造りの台の上。
後ろ手に縛られ、膝をつかされている。
手首が痛い。
縄が食い込んでる。
視線が刺さる。
群衆。
野次。
囁き。
まるで見世物小屋。
……あーあ。
死を間近にして、思う。
なんで、アイツを逃しちゃったのかな。
異界の賭博師。
ギャン。
あのとき、あそこで、ほんの少し気まぐれを起こさなければ。
私は今、処刑台に立っていなかったかもしれない。
でも。
退屈だったんだよね。
あの目が、面白そうだったから。
「この者は、騎士団から指名手配犯を逃した罪人!」
アリシアの声が、広場に響く。
「死をもって償うのは当然のことです」
正義の顔。
完璧な発音。
一分の隙もない姿勢。
……見せしめのつもりかよ。
キモ。
周りの連中も、うなずいている。
お前らが死ねよ。
アリシアは左手に持った剣を振り上げる。
あぁ。
コイツ、左利きだったな。
昔からそうだった。
私より才能があって、
私より努力家で、
私より狂ってる。
私は目を閉じた。
ここまでか。
もう少し生きたかったな。
……。
……え。
私、死ぬの?
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
「いやだああああああああああ!!」
情けない声が出た。
みっともない。
最悪。
アリシアは顔色一つ変えず、剣を振り下ろす。
その瞬間、爆発。
視界が白く弾ける。
鼓膜が破れそうな轟音。
身体が宙に浮く。
石片。
煙。
悲鳴。
私は爆風に巻き込まれ、地面を転がった。
「いだぃぃ……!」
腕が痛い。
足も痛い。
全部痛い。
「コルディ!!」
聞き慣れないはずの声。
でも、分かる。
「え……ギャン?」
視界が滲む。
煙の向こうから、男が駆け寄ってくる。
「よかった、間に合った」
「よくない!怪我した!」
涙が止まらない。
私は泣いた。
「バカバカバカ!痛いヨォ!!」
情けなく、大泣きした。
処刑台で死ぬ覚悟をした直後に、助けられたんだ。
そりゃ泣く。
あの爆発。
あれはイベルタ姉ちゃんの火薬矢。
間違いない。
煙の向こう、アリシアが立ち上がる。
爆風で土煙にまみれ、誇りを払うように肩を払う。
左腕。剣を持っていた腕は、爆破で裂け、血が流れている。飛ばされた衝撃か、側頭部からも血。
だが、目は冷静。氷のように鋭い。
「これは大罪ですよ?」
静かな怒り。
「イベルタ姉さん!!」
イベルタの顔が蒼白になる。
「アリシア……!」
アリシアは、刃こぼれした剣を右手で拾う。
利き手ではない。
それでも、構えに迷いはない。
群衆がざわめく。騎士たちが剣を抜く。
私は地面に転がったまま、涙を拭った。
……あーあ。
これ、完全に戦争じゃん。
イベルタは身構える。
アリシアは、一歩踏み出した。
中央広場の空気が、凍りつく。
「かかれ!!」
アリシアの号令が、広場を震わせた。
次の瞬間、騎士達が一斉にイベルタ姉ちゃんへと襲いかかる。
剣。
槍。
盾。
だが、一人、また一人と倒れていく。
金属が裂ける音。悲鳴。
鎧ごと断ち切られる衝撃。
「この短剣、強い!!」
イベルタ姉ちゃんが叫ぶ。
あの短剣は、嵐龍の牙。
一振りで風の刃を纏う業物。
空気そのものを刃に変える魔具。
鎧なんて紙切れ同然。
騎士の重装甲が、布のように裂ける。
なんでイベルタ姉ちゃんが、あんな業物を……?
その疑問が浮かんだ瞬間。
「死ねよ、イベルタ!」
アルベルト兄さんが矢を放つ。
殺意が一直線に走る。
「させないよ」
銀色の閃光。
スリーセブンスのボス・アケミが、飛来する矢を一閃で叩き落とした。
そのまま前へ。途中ですれ違う騎士達を、まるで雑草でも刈るように薙ぎ倒しながら。
……あのおばさん、めちゃ強じゃん。
いや、笑い事じゃない。
戦場だ。処刑場が、完全に戦場へ変わっている。
その時、背後に重い気配。
殺気というより、圧力。
「ギャン!伏せて!!」
「!?」
ギャンが反射的に伏せる。
頭上を、巨大な大槍が唸りを上げて通過した。
石畳が抉れ、火花が散る。
振り向く。そこに立っていたのは……
「コルディ……お前はどちらの味方なんだ」
低い声。
エタルド=ローキンス。
私の父親。
私は距離を取り、身構える。
「ギャンの味方だ、クソ親父!!」
本音。即答。でも、素手じゃ無理だ。
せめて、黒鞭さえ取り戻せれば……!
親父は私を一瞥しただけで、無視した。
視線はギャンへ。
「我が子を誑かせおって」
槍を構え、踏み込む。
速くて、重い。
空気が裂ける。
ギャンが剣で受け止める。
金属がぶつかり合い、雷が迸った。
衝撃波が広がる。
「くそ、ざけんな!!」
ギャンが歯を食いしばる。押されてる。
力も、経験も、魔力も。全部、格が違う。
ギャンと親父が対峙する。
正面衝突。真正面からの殺し合い。
……ごめんね、ギャン。絶対勝てない。
親父は本気だ。
家の誇りも、騎士団の威信も、全部背負ってる。
でも、私は知ってる。
ギャンはまだ、そこまで背負えてない。
だから、私がなんとかしなきゃ。
心臓が暴れる。
縄はもう爆風で半分千切れてる。
いける、タイミングさえ合えば。
私は、深く息を吸った。
戦場の匂い。
血の匂い。
焼けた石の匂い。
――生きてる。
まだ、生きてる。
なら、やるしかない。
※今回の前半終了パターン
……あのおばさん、めちゃ強じゃん。
いや、笑い事じゃない。
戦場だ。処刑場が、完全に戦場へ変わっている。
その時、背後に重い気配。
殺気というより、圧力。
私は振り返ると、そこには槍を振るう親父がいた。
「!?」
まるで風船を割るかのように、ギャンの頭は砕け散った。
「ギャン!!そんな……」
「娘を誑かした報いだ」
振り向くより早く、叫ぶべきだった。
R.I.P




