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第三十六話 裏の女王、表の絶対強者

 あれから、更に二か月が経過した。


 外は茹だるような暑さ。

 石畳が陽炎に揺れ、空気は焼けた鉄みたいに重い。


 どうやら、エーテルディアにも夏が来たらしい。


 だが、暑さ以上に熱を帯びているのは、アケミの資金だった。


 アケミは莫大な元手をもとに、マーチンゲール法でチップを積み上げ続けていた。


 マーチンゲール法。


 簡単に言えば――

 負けたら倍、勝つまで倍。


 例えば一枚賭けて負けたら二枚。

 二枚で負けたら四枚。

 四枚で負けたら八枚。


 どこかで一度でも勝てば、それまでの損失をすべて回収し、最初に賭けた分の利益が確実に残る。


 理屈上は必勝。

 だが実際は違う。


 連敗が続けば賭け金は指数関数的に膨れ上がる。

 資金が尽きるか、テーブルの上限にぶつかれば終わり。


 だから普通の人間にはできない。

 だがアケミは違う。


 元手が桁違い。

 そして何より、カジノが逆らえない。


 債務者からの取り立ても容赦ない。


 貴族。

 騎士。

 商会の主。


 差し押さえられた豪邸。

 土地。

 倉庫。

 農園。


 いつの間にか、上層区のあちこちにアケミ名義の資産が点在していた。


 カジノ側も必死だ。


 一度に莫大な出金をされたら、さすがに耐えきれない。


「アケミ様、本日もご健闘を……」

「こちら、特別席をご用意いたしました」


 媚びる。

 頭を下げる。

 笑顔を貼りつける。


 もはや、アケミはエーテルディアの裏の女王だった。


「……凄いな、お前」


 俺は素直に言った。


「なんで、もっと早くやらなかったんだ?」


 あれだけの才覚。

 あれだけの胆力。


 最初から本気を出せば、世界の半分は握れただろうに。


 ふと尋ねた、その瞬間。

 アケミの目が、すっと細くなった。


 温度が消える。

 笑みが消える。

 代わりに、鋭い刃のような光が宿る。


「……今までは、どうでもよかっただけさ」


 淡々とした声。


「私たちは討伐依頼が出された。ゲイン達が殺された」


 空気が冷える。


「先に仕掛けたのは向こうだ」


 テーブルの上のチップを、指で弾く。

 乾いた音が響く。


「だからアタシも、容赦しないって決めたんだよ」


 それは宣言だった。


 復讐の、支配の、そして――

 秩序破壊の。


 夏の陽射しよりも熱く、

 氷よりも冷たい炎が、そこにあった。


 アジトに戻ると、ロキが待っていた。


 薄暗い室内。

 窓は閉じられ、外の熱気だけが壁越しに伝わる。


「とっておきの情報がある」


 淡々とした声。


 アケミは無言で麻袋を放った。

 ずしりと重い音。


 中には少なく見積もっても1,000Gは入っている。


 ロキは中身を確かめもせず、口を開いた。


「今朝、アリシアが王都から帰還した」


 空気が止まる。


 イベルタの顔が、音を立てて凍りついた。


 アリシア=ローキンス。


 S級クエストのため王都へ向かっていた、

 イベルタの実の妹。


 大陸北端。

 万年凍土の元凶と呼ばれた魔獣・ゼロクトゥルフ。


 その討伐を完遂し、戻ってきたという。


 冗談じゃない。


 ロキは続ける。


「いまの騎士団の体たらくに喝を入れ、明日からアケミさん、イベルタ、そしてあんたを狙い、下層区の大掃討を行うらしい」


「は? 大掃討!? 奴らの狙いはアタシらだけなんだろ!?」


 アケミの声に苛立ちが混じる。


「アリシアなら……やりかねません」


 イベルタが、かすれた声で言った。


「あ、あの子は……異常ですから……」


 静寂。


 ロキが、さらに言葉を落とす。


「それと」


 空気が重くなる。


「今夜、異界の賭博師を逃したコルディが、処刑される」


「な!?」


 理解が追いつかない。


 コルディ?

 処刑?


「エタルドにとっては実の娘だ。投獄で終わらせるつもりだったはずだが……アリシアがそれを許さない」


 ロキの声は変わらない。


「今夜6時。中央区広場で執行されるそうだ」


 俺は壁にかかった時計を見る。


 異世界特有なのか、アケミの趣味なのか分からない、針の位置がやたら分かりにくい代物。


「アケミ、いま何時なんだ?」


 アケミは一瞬だけ目を伏せ、答えた。


「……午後5時半だよ」


 頭が白くなる。


「マジか」


 残り三十分。

 中央区までは、全力で走っても二十分はかかる。


 準備する暇はない。

 考える時間もない。


 イベルタの拳が震えている。

 アケミは黙ったまま、外套を羽織った。

 ロキは視線を逸らす。


「間に合う保証はない」


「保証なんていらねぇ」


 俺は剣を掴む。


 前世では、間に合わないことばかりだった。


 借金も。

 家族も。

 人生も。


 だが今回は違う。


「行くぞ」


 外はまだ明るい。

 だが空気は、嵐の前みたいに重い。


「待ってください!!」


イベルタが叫ぶ。


「コ…コルディを助けに行く必要…あります??あの子は、敵側ですよね!?わざわざアリシアの逆鱗に触れに行かなくても……」


「ある」


 俺は即答した。


「どのみち明日襲ってくるんだろ?いまならそのコルディっての味方戦力になる方に賭ける」


 アケミらしい解釈だが、助かる。


「わ……わかりました」


 イベルタはアケミから借りている短剣を握った。


 アリシア。


 ゼロクトゥルフとかいう、ヤバそうな奴を倒した化け物。そして、今夜処刑台に立たされるコルディ。


 間に合え、間に合ってくれ!


 時計の針が、六に近づく。

 俺たちは、走り出した。


 処刑まで、あと三十分。

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