第三十三話 勝つべくして勝ち、喰らい尽くせ!
翌日、俺は宿を出た。
昨夜の喧騒が嘘みたいに、朝の空気は澄んでいる。
あのあと、普通に。
本当に普通に、友達同士が「じゃあまた」と言うみたいに別れた。
捕まらなかった。
追われなかった。
何も起きなかった。
……それが逆に、不気味だった。
街路を歩く。
パンの匂い。
行商の声。
石畳に差す朝日。
その中で、見慣れたオレンジ髪が視界に飛び込んだ。
「ギャンさん!!よかった、心配しましたよ」
勢いよく駆け寄ってくる。
「イベルタ……」
胸の奥が、少しだけほどける。
「無事でよかったです……」
「ちょっとな。寄り道してた」
「寄り道、ですか?」
疑うような目。でも責める色はない。
「まあ、色々あってな」
「……詳しくは、アジトで聞きます」
真面目な顔に戻る。
俺たちは人目を避けるように、下層区へ向かった。
石造りの街並みが次第に荒れ、道幅が狭くなる。
湿った空気。
薄暗い路地。
アケミのアジト。
扉を三回、間を置いて二回叩く。
「はいはーい」
軽い声。
中に入ると、アケミが椅子の背にもたれていた。
「へぇ、無事だったんだ」
「勝手に殺すな」
「半分くらい捕まってると思ってた」
物騒な女だ。
俺は椅子に腰を下ろし、昨夜のことを話した。
遊技場。
プリマシャ。
ファミレス。
コルディの言葉。
アケミは途中から顎に手を当てて聞いていた。
「へぇ、あのエタルドの娘がねぇ」
「あの子、昔から変わってるからなぁ」
確かに。
「とにかく無事でなにより」
アケミが手を叩く。
空気が変わる。
さっきまでの雑談が、切り替わる。
「じゃあ、本題いきましょうか」
アケミはリストを机の上に置く。
名前と、数字。予想はつくが、あえて尋ねる。
「これは……?」
「債務者候補リスト」
やっぱりか。あの日、エーテルキングスカジノで、この女は客を見ていたんだ。
リストには職業、年収、家族構成、現在の借入状況が詳しく書かれていた。
「凄い……一体どうやって」
イベルタが呟くと、アケミは得意げに言う。
「さて、何故でしょう?」
「……ロキだろ」
情報屋ロキ。エーテルディアのことなら全て知っていると自称する男。アケミの資金力ならば、奴から買える情報だ。
「正解!それと、もう一つ仕掛けを仕込んだ」
「仕掛け?」
「あぁ。明日、全財産を持ってエーテルキングスカジノに行くよ」
その後、俺達はアケミに作戦を叩き込まれ、そのままアジトに止まった。
翌日、アジトを出た俺たちは、エーテルキングスカジノへ向かう。
騎士が巡回しているが、人混みは壁になる。
俺たちは無事、カジノに到着した。
アケミは堂々と会員証を提示する。
「アケミ様、本日も御来店、ありがとうございます」
イベルタも会員証を提示するが。
「どうぞ、お通りください」
これがVIPと一般客の差ってやつか。ちなみに俺は会員証はないが、アケミの紹介として顔パス。
俺たちはアケミについていき、ブルーorレッドの席に着く。
「はい、軍資金」
アケミから渡されたチップ。
「うぉ」
1,000,000G分。
重い。震える。
イカれた金額。
異常なチップの量に、観客が現れ始める。
「アレ、伝説の女・アケミじゃね!?」
「おい、隣にいるのは金借りのイベルタじゃねーか!」
「まだアイツに貸す奴がいるなんて」
アケミも当然凄いけど、イベルタもある意味凄いな。
その後、5、6ゲームほど普通に遊んだ。
勝ち、負け、を繰り返し拮抗。
しかし一発数千Gの勝負、観衆が増えていく。
そして7ゲーム目。
「埒が開かないね」
アケミが言う。
「ドロー。全ツ」
空気が凍る。
960,000G。
黒服が動き、ざわめきが広がる。
周りにはギャラリーも集まる。
「俺も乗る」
半ツ。そしてイベルタも。
「今日で、借金終わらせます」
半ツ。
合計1,970,000G。
狂気の額。
「あのテーブルやべーぞ!」
「アイツらイかれてる!」
ブルー。
四。
レッド。
四。
静寂が一瞬だけ落ちた。
そして次の瞬間、爆発した。
「ドローだ!!」
「マジで引きやがった!!」
「全ツ通したぞあの女!!」
チップの山が積み上がる。
黒服たちの顔色が変わる。
笑顔が、貼り付いた仮面になる。
「おめでとうございます、アケミ様」
声が硬い。
17,730,000G。
数字が現実味を持たない。
ただの桁の暴力。
俺の手の震えが止まらない。
イベルタは、息をしていない。
ここからが本番だった。
アケミは野次馬の中へ歩く。
「あなた。少し話しましょうか」
名指し、上層部の人間。
リスト通りに契約書が広がる。
貸付。
担保。
豪邸、土地、会場権利。
書かせる。
渡す。
そして煽る。
「取り返せるよ?」
その一言で、理性は溶ける。
権力者ほど、負けを認められない。
プライドが、次の賭けを強制する。
俺はアケミという女が恐ろしく思えてきた。
実はあのドローは運任せじゃない。
もう一つの仕掛け。それはあのディーラーもまた、アケミの傀儡だということ。
金が動く。
地位が動く。
誇りが崩れる。
オマケにカジノは損をしない。
回収できる構図。
滅ぶのは、依存した権力者だけ。
この革命は、血を流さない。




