第三十二話 騎士とか、ローキンス家とか、どーでもいーんだよねぇ
最初は、警戒していた。
コルディと二人きり。
騎士団の管轄。
上層区。
普通に考えれば、俺は捕まっていてもおかしくない立場だ。それなのに——
「うわ、当たった!」
気づけば俺は、光る魔導銃を握りしめていた。
ガンシューティング。
魔物型の標的が飛び出し、撃つと派手に弾ける。
「反応遅いよー」
「うるせぇ!」
次はレーシング。
浮遊魔導車を操り、空中コースを滑る。
「ちょ、曲がれ曲がれ曲がれぇぇぇ!」
「あははは!」
そして、クレーン。
魔導アームがぬいぐるみを掴み損ね、落とす。
「絶対掴んだだろ今!」
「掴んでないねー」
ゲームの種類は多岐にわたる。
ここは、ただの遊技場だ。
騎士団も、革命もない。
光と音と笑い声だけの空間。
——ハッとする。
俺は、自分の状況を、わかってんのか!?
捕まるかもしれない立場。
イベルタは逃げてる。
革命は動いてる。
なのに俺は、ぬいぐるみを狙っている。
正気か?
「あはは、次アレ行こうよ」
「あ、お……え!?」
コルディが指差した先。
派手な看板。
プリティ魔導映写・プリマシャ
……あれ?これ、前世にもあったような。
「行こ行こ」
「お、おぅ……」
半ば引きずられるように、箱型の個室へ。
中はカーテンで仕切られ、二人きり。
「三、二、一!」
ぱしゃっ。
光が弾ける。
写真。
そして目の前の魔導タッチパネル。
「ほら、デコろ!」
「デコるって何だよ」
「ほらここ、ハートとかキラキラとか!」
完全にアレやん……。
前世で女子高生がやってたやつやん……。
「いやー、こういうの苦手だなぁ」
「えー、楽しいよ?」
コルディは俺の肩に体を寄せ、画面を覗き込む。
距離、近い。
なんかいい匂いする。
心拍数、上がる。
違う意味で危険だ。
「ここに落書きしよー」
「やめろ俺の顔に猫ヒゲ描くな!」
「あははは!」
画面の中で、俺はやたら楽しそうに笑っている。
俺、こんな顔してたか?
「ねえ」
コルディが、少しだけ声のトーンを落とす。
「楽しい?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……ああ」
本音だった。
楽しい。命が軽い世界で、こんな時間があるなんて思わなかった。
コルディは、満足そうに笑う。
「よかった」
画面からプリントが吐き出される。
落書きだらけの二人の写真。
無防備な顔、平和な夜。
俺はゲーセンを出ると、コルディの案内でレストランのような場所に向かった。
石造りの外観。ガラス越しに見える温かい灯り。
「おい、もうあんまり金ないぞ」
「じゃ、出すよ。行こ」
軽い。
「まだ高校生くらいの娘に奢ってもらうのか俺は……」
「こーこーせーってなに?」
「気にすんな」
身構えながら扉を開ける。
中に入って理解した。
……あ、これファミレスだ。
家族連れ、若いカップル、騎士の休憩組。
高級店じゃない。
妙に安心する。
席に通される。
「予想通り、やっぱり私と友達になってくれた」
「ん?」
水を飲みながら、首を傾げる。
「いや、だからさ」
メニューを閉じ、コルディはにやりと笑う。
「イベルタ姉ちゃんと友達になるくらいだもん。変わり者とウマがあるのかなって」
色々突っ込みたいが、飲み込んだ。
姉ちゃんって呼び方も。
変わり者って部分も。
「変わり者、か」
確かにコイツも大概だ。騎士団長の娘のくせに、標的である俺とゲーセンで本気で遊んで、プリントに猫ヒゲ描く。
「私さ」
急に声のトーンが変わる。
「ホントは騎士とか、ローキンス家とか、どーでもいーんだよねぇ」
料理が運ばれてくる。
俺の前には肉料理。
コルディの前には、軽いツマミと飲み物だけ。
「食わねぇの?」
「夜はあんまり食べない主義」
そう言いながら、フォークでちまちま突く。
さっきまで笑っていた顔とは、少し違う。
「私もさ、小さい時は友達いたんだけど」
視線は皿ではなく、窓の外。
「くっだらない地位とかなんとかでさ。バカ親父があの子とは関わるなとか、家の格がどうとか」
苦笑い。
「気づいたら、みーんな距離取るようになってた」
上層部。
騎士長の娘。
何不自由なく見える立場。
でも。
「恵まれてるって、つまんないよ?」
俺を見る。
「最初から全部決まってるんだもん」
騎士になる。
家を継ぐ。
政略で動く。
敷かれたレール。
……ああ。
なんとなく分かる。
「だからさ」
コルディは笑う。
「イベルタ姉ちゃんとか、アンタみたいなの、ちょっと面白い」
「面白いで近寄るな」
「あはは」
でも、その笑いは少しだけ寂しい。
俺は肉を一口食べる。
「……騎士、嫌なのか?」
「嫌っていうか」
フォークが止まる。
「私が選んだわけじゃないからね」
静か。
さっきのゲーセンの喧騒が嘘みたいだ。
「アンタはさ」
コルディがじっと見る。
「自分で選んでるでしょ?」
言葉に詰まる。
選んでる、のか?
流れて、転がって、気づいたらここだ。
「……どうだろうな」
「でも楽しそうだったよ、さっき」
プリマシャの写真。
無防備な俺の笑顔。
「私といると、捕まるかもしれないのにさ」
軽く言う。
でも、それは事実だ。
騎士長の娘と夜更けまで遊んでいる。
普通なら、あり得ない。
「……なんで捕まえないんだ?」
思わず出た本音。
コルディは一瞬だけ目を細める。
「捕まえた方が、楽しい?」
「いや」
「でしょ?」
いたずらっぽく笑う。
「私は、私が楽しい方を選ぶだけ」
料理は減らない。
でも時間は過ぎていく。
窓の外。遠くで、鐘の音が鳴る。
ゆっくりと、重く。
「ねえ」
コルディが最後に言う。
「もしさ、私が騎士じゃなかったら」
少し間。
「普通に友達、やってくれる?」
俺は水を飲む。喉が、妙に乾く。
「……もうやってんだろ」
コルディは一瞬、目を丸くして。
それから、笑った。
今度は、本当に嬉しそうに。
夜は、まだ終わらない。




