第三十話 異界の賭博師と騎士団長の娘
俺たちは100Gほど勝ってカジノを出た。
大勝ではない、だが負けてもいない。
アケミは満足そうに伸びをする。
「で、明日からどうすんだよ。アケミさんよ」
結局普通に遊んだだけ。
俺には分からない。カジノから金を抜くなんて、どう考えても運要素が高すぎる。
「あぁ、目星はつけたよ」
軽い口調。
「それより、アンタら足に自信あるかい?」
「は?」
正面入口を出た瞬間、空気が凍る。
いた。
エタルド。
蒼銀の鎧。その後ろに数名の騎士。
さらにアルベルトと、その隣に立つ少女。
金髪を揺らす小柄な影。
あれがアルベルトの妹、コルディか?
まだ二十歳前だろうか。
「さぁ、死んでもらうぞ。アケミ、イベルタ」
冷たい宣告。
俺は一瞬、胸を撫で下ろす。
俺、対象外?そりゃそうだよな、何も悪いことしてないし。
「そして異界の賭博師!」
「おい、俺は何もしてないだろ!!」
叫びも虚しく。
「かかれ!」
騎士達が一斉に動く。
鎧が鳴る、剣が抜かれる。
「え、アレやばくね!?」
アケミが街路の一角を指さす。
何もない。だが次の瞬間。
「走るよ!!」
子供騙しも甚だしい。
だが、完全にケムに巻かれたのは騎士の方だった。
俺たちは雑踏へ飛び込む。
市場。
屋台。
叫び声。
荷車。
「下層区まで走るよ!」
アケミとイベルタは、風の如く速い。
「ちょ、待っ……マジで!?」
置いていかれる。
肺が焼ける。
足が悲鳴を上げる。
命から辛辛逃げる。
振り返れば、鎧の波。
民衆が悲鳴を上げて散る。
アケミもイベルタも、もう見えない。
嘘だろ?
その瞬間。
ビュン、と空気が鳴った。
腕に衝撃。
「……っ!?」
何かが絡みつく。
これは鞭か?黒く光る、細い線。
俺の右腕をきつく締め上げる。
冷や汗がどっと出る。
心臓の鼓動がうるさい。
終わる?
いや、まだ!!
俺は腰の雷剣を抜く。
「切れろぉ!!」
雷光が走り、刃が鞭を叩く。
しかし、弾かれる。
「は?」
もう一度斬る。火花。
だが、断てない。
「おいどうなってんだよ!!」
くすくすと、笑い声。
「あはは。無駄無駄」
人混みの向こうから歩いてくる、小柄な影。
「私の鞭は特殊素材なの」
騎士団の中に紛れていた少女。騎士達とは違い、軽装。
コルディ=ローキンス。
アルベルトの妹。
そして今、俺の腕を握る処刑人。
「捕まえた」
無邪気な声。
もう、アケミとイベルタは見えない。
俺は、完全に孤立した。
騎士達の足音が迫る。
終わる?
いや、まだ賭けは終わっていない!
「離せ!」
雷剣に力を込める。
だが、刃は弾かれる。
「言ったでしょ? 特殊素材」
ぐい、と腕を引かれる。
体勢が崩れ、石畳に膝をつく。
周囲では騎士たちが包囲を狭めている。
終わる?
脳裏に過る。
処刑台。
牢屋。
拷問。
せっかく異世界転生して、借金も消えて、
これから勝ちにいくはずだったのに。
こんなところで死ぬ?
いやだ。
生きたい。
媚びるか?
「ま、待て。話せば――」
喉まで出かける。
騎士団に入る?
情報を売る?
アケミを切る?
その瞬間、頭の中に浮かぶ。
イベルタの笑顔。
「ギャンさん」
くそ。
裏切れねぇ。
裏切るくらいなら――
死んだ方がマシだ。
「抵抗しないでよ」
コルディがくすくす笑う。
「お兄様達は殺す気満々だけど、私は違うから」
「……は?」
槍を構えた騎士長エタルドが、低く言う。
「コルディ。余計な真似をするな」
「だって面白そうじゃん。この人」
俺の腕をくい、と引く。
「異界の賭博師、だっけ?」
騎士たちが一瞬、戸惑う。
その隙、コルディが指を鳴らす。
煙玉。
白煙が弾けた。
「なっ――!」
視界が真っ白に塗り潰される。
鞭が強く引かれ、体が宙に浮く。
「ちょ、おい!」
「走るよー」
軽い声。
石畳を駆ける音。
路地を曲がる。
市場を抜ける。
人混みに紛れる。
俺は引きずられながら必死で足を動かす。
逃げるチャンスは?
鞭を斬れない。
振りほどけない。
周囲は上層区。
騎士の本拠地。
下手に暴れたら即詰み。
「どこ連れてく気だ!」
「うーん、処刑場?」
「やめろ!!」
「牢屋?」
「死ぬよりマシか……」
「嘘嘘w」
振り返る。
満面の笑み。
「遊びに行くだけ」
「は?」
やがて辿り着いたのは、
白い建物。
騎士団本部でも、牢でもない。
煌びやかな看板。
色とりどりの光。
中から聞こえる、歓声と電子音のような音。
「……なんだここ」
「娯楽施設」
コルディは当然のように言う。
「エーテルディア居住区限定のね」
扉が開く。
中は異様だった。
魔導機械が並び、光が走り、
コインの代わりに魔石が弾かれる。
射的のような装置。
対戦盤。
光る盤面。
まるで――
ゲーセン。
「……は?」
「さぁ」
コルディが鞭を解く。
だが距離は取らない。
逃げれば、すぐ捕まる位置。
「遊ぼうよ」
にこり、と笑う。
「騎士に引き渡すなんて、つまんないじゃん?」
俺の心臓はまだ暴れている。
処刑は?
牢屋は?
違う。
もっと分からない場所に来た。
生き延びる道は?
媚びる?
従う?
利用する?
それとも、ここで何かを掴むか。
イベルタは?
アケミは?
今頃、どうしてる?
俺は唾を飲み込む。
生きる。何があっても。
「……何で俺なんだ」
コルディは即答した。
「だってさ」
その瞳は、騎士のそれじゃない。
「あなた、面白そうだから」
遊戯の光が、俺の顔を照らした。




