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第二十九話 ギャンブルで熱くなったまま続ける奴は、最後には必ず大敗する

 二局目も、俺が取った。


 青。


 場がざわつく。

 アケミは無言。

 イベルタは小さく息を呑む。


「……連続」


「まだ偶然だ」


 三局目。


 赤。


 今度は外した。


 四局目。


 青。


 外れ。


 五局目。


 赤。


 外れ。


 三連敗。


 周囲の視線が少し和らぐ。

 “伝説の女の連れ”は大したことがない、そう思われ始める空気。


 胸の奥が、じわりと熱を持つ。


 テーブル中央の履歴。

 青、青、赤、青、赤。


 次は赤だ。


 流れは赤。


 今、赤に厚く張れば取り返せる。

 いや、取り返すどころか、跳ねる。


 俺はチップを掴む。

 いつもより重く感じる。


「赤」


 積もうとした瞬間、横から指が伸びた。


 止められる。


「やめな」


 アケミだった。


「……なんでだ」


「アンタ今、完全にカカッてる」


 イベルタが首を傾げる。


「カカる?」


 俺は自分の呼吸に気づく。

 浅い。

 速い。


 さっきまで読む側だったのに、

 今は取り返したい側に回っている。


 ディーラーが告げる。


「青か、赤か」


 俺は、チップを握ったまま、止まる。


 アケミの目は動かない。


 数秒。


 俺は、チップを引いた。


「……パスだ」


 イベルタが驚く。


「えっ?」


 カードが開く。


 赤。


 場がざわつく。


「あちゃー!」


 イベルタが頭を抱える。


「アケミさんが止めなければ!」


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


「ありがとう」


「……は?」


 イベルタが素っ頓狂な声を出す。


「今、赤でしたよ!?」


「ああ」


 俺は頷く。


「当たってたな」


「じゃあなんで――」


「完全にカカッてた」


 自分で言う。


「ここで当てても、どうせ溶かしてた」


 静かに言い切る。


 イベルタの口が開いたまま止まる。


 アケミが小さく頷いた。


「そういうこと」


 彼女はチップを整えながら続ける。


「ギャンブルで勝てない奴はな、外した奴じゃない」


 一拍。


「かかったまま続ける奴だ」


「……かかるって、何です?」


 イベルタの声は少し震えている。


 アケミは視線を履歴に向けたまま言った。


「冷静さを失うことさ」


「……」


「取り返す、倍にする、今だ、流れだ。そう思い始めた瞬間、賭けじゃなくなる」


 俺が続ける。


「感情の回収になる」


 イベルタの目が揺れる。

 何かを思い出している。


「スロットで、当たりは近いって思って突っ込んで……」


 声が小さくなる。


「やめられなくなって……」


「最後どうなる?」


 アケミが聞く。イベルタは俯いた。


「……ゼロです」


「そう」


 アケミは静かに言う。


「冷静さを失った奴は、最後に必ずゼロになる」


 場では次のゲームが始まっている。

 だが俺はもう、脈を取り戻していた。


 鼓動が落ち着く。

 呼吸が戻る。


 さっきの赤は、()()()じゃない。


 あれは罠だ。


 当たっていれば、次は倍。

 負ければ取り返し。

 どのみち熱は冷めない。


 アケミが横目で俺を見る。


「ここで突っ張る奴なら、組むのやめてたよ」


「……そうか」


「革命やるんだろ?」


 小さく笑う。


「感情で張る奴は、使えない」


 イベルタがぽつりと言う。


「……じゃあ、勝つ人って」


 俺はチップを整えながら答える。


「負けても、熱くならない奴だ」


 そしてゆっくりテーブルを見る。


「今の赤は、俺を試しただけだ」


 アケミが頷く。


「合格」


 ディーラーが再び告げる。


「青か、赤か」


 俺はもう、熱を持っていない。

 脈は安定。血管の流れは、読める。


「……さて」


 今度は、本当に読む番だ。


 さらに二連敗。


 だが俺は、賭け金を上げない。

 一定。常に一定。

 チップは削れる。だが崩れない。


 もし、あの時カカッたままだったら。


 勝ち分を全ツッパ。

 次で倍プッシュ。

 外れ。そして破産。


 未来が、はっきり見える。


 だが俺は崩れない。


 的中、的中、また的中。


 怒涛の連勝。空気が変わる。

 イベルタの目が丸くなる。


「……来てる」


 六連勝。大きくは張っていない。

 だが確実に積み上がる。


 結果、プラス。

 俺はチップをまとめる。

 イベルタが呟いた。


「ギャンさんも、アケミさんも……凄いですね」


 俺とアケミが、ほぼ同時に言う。


「たまたまだ」


 視線が一瞬、交差する。

 その時、背後の空気がわずかに重くなった。

 さっきまでの熱気とは違う。


 冷たい視線。


 三人の背後に、不穏な影が静かに近づいていた。


「そこまでだ。スリーセブンスのリーダー、アケミ!!」


 低く、よく通る声。


 振り返った先に立っていたのは、蒼銀の鎧を纏う男。長槍を携え、迷いなくこちらを射抜く視線。


 エーテルディアの騎士長・エタルド。


 周囲の客がざわめき、さっと距離を取る。

 イベルタの顔色が変わった。


「エタルド叔父さん……」


 空気が、さらに重くなる。


「イベルタ」


 エタルドの声は冷たい。


「お前もスリーセブンスだろ。親戚だろうと、容赦はしない」


「は?」


 イベルタが目を瞬かせる。


「私、スリーセブンスじゃないけど」


「リーダーといるなら同じだ」


 槍先が、わずかに持ち上がる。

 床の大理石に反射する鋭い光。


 アケミ諸共、一族の恥晒しであるイベルタを始末する気か。


 俺の喉が乾く。


 だが、アケミは動じない。

 視線はテーブル。ディーラーに向けて短く言う。


「青」


 おい、お前この状況で賭けるのか?


 ディーラーは当たり前のようにカードを配る。


 アケミが、ゆっくり振り返る。


「おい、騎士野郎」


 軽い声音。


「アタシはここの客だぞ? 手ェ出せんのか?」


 俺には理解できない。

 騎士長だぞ?国の象徴だろう。


 しかも指名手配の可能性がある相手だ。

 なんで俺は、こんな奴についてきちまったんだ。


 次の瞬間、静かな足音。

 空気が変わる。


「エタルド騎士長。私のお客様に、何のご用かな?」


 振り向く。


 輝く金髪。純白のスーツ。

 整いすぎた顔立ち。

 そして、場の全てを支配するオーラ。


 エーテルキングスカジノのマスター。


 微笑んでいるが、その目は笑っていない。


 エタルドは数秒、沈黙する。


 視線がぶつかる。

 国の武力と、資本の支配者。

 やがて、騎士長は槍を納めた。


「……外で待っている」


 短く告げ、背を向ける。重い足音が遠ざかる。

 そしてカードがめくられる。勝ったのは青。


 アケミがチップを引き寄せる。

 そして、くくっと笑う。


「笑っちまうだろ?」


 俺を見る。


「前の世界じゃ絶対ありえない。騎士は正義の象徴。

 警察がカジノに逆らえないなんてな」


 確かに、権力の序列が逆転している。

 この世界の血管は、金で出来ている。

 アケミは楽しそうだ。


 だが、俺は違う。

 胸の奥が、冷えていく。

 騎士長が外で待っている。

 見た感じ、かなりヤバそうだった。

 イベルタや、アルベルトなんて、多分目じゃない。


 逃げ場はない。俺はもう完全に巻き込まれた。

 その確信だけが、はっきりと残った。

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