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第二十八話 いざ、エーテルキングスカジノ!ニブイチのゲーム、ブルーorレッド

 エーテルキングスカジノに向かったのは、俺とイベルタとアケミの三人。ドナルドは来なかった。


「俺は博打は打たねぇ。上層部はイケ好かねぇが……生活があるからよ」


 それだけ言って、背を向ける。

 アケミが小さく鼻で笑った。


「アイツ、あの顔で妻子持ちだから」


「……マジかよ」


「人は見かけじゃないさ」


 ドナルドは振り返らず、片手だけ上げて去っていった。あの背中は、戦わないんじゃない。


 戦う場所を選んでいるだけだ。


 そして俺たちは、エーテルキングスカジノにたどり着いた。


 時刻は正午過ぎ。

 陽光は高く、白い石造りの外壁を照らしている。


 重厚な扉、磨き抜かれた金属装飾。

 腐臭も血もない。代わりに漂うのは、香水と金の匂い。


 中に入ると、冷えた空気が肌を撫でた。


 高い天井、赤い絨毯。シャンデリアの光が、昼間でも眩しいほどに降り注ぐ。


 中央ホールではすでに人が動いている。正午だというのに、席は七割ほど埋まっていた。


 イベルタが小声で言う。


「……平日ですよね」


「勝負師に曜日は関係ない」


 アケミは迷いなく受付へ向かった。


 カウンターの奥。

 黒服の男が、穏やかな笑みを浮かべる。


「ようこそ、エーテルキングスカジノへ」


 アケミとイベルタは無言で会員証を差し出した。

 金縁のカード。刻まれた紋章。


 男は一瞬だけ視線を上げ、そして丁寧に頷く。


「アケミ様。本日もご利用ありがとうございます」


 様、か。

 イベルタも問題なく通される。


 そして男の視線が、俺に向いた。


「こちらの方は」


 俺が口を開く前に、アケミが言う。


「アタシの連れだよ」


 男は一瞬だけ俺を値踏みする。

 だが、すぐに微笑みを戻した。


「承知いたしました。どうぞごゆっくり」


 顔パス。あっさりと通された。

 拍子抜けするほどに。


 そういえば、ドナルドと来た時は、会員証すら出さなかった。あの時、俺はただ後ろに立っていただけだ。


 取り立て屋の付き添い。あるいは同業者。


 あの男は博打を打たないと言っていた。

 なら、ここで通る理由は一つだ。


 ()()()として、顔が割れている。


 この場所は勝つ者よりも、回収する者を恐れているのかもしれない。


 ホールに一歩踏み出す。


 チップの音。

 カードが擦れる音。

 ルーレットが回る音。

 欲望が、渦を巻いている。


 俺は息を呑む。


「すごいな」


「まだ昼だよ」


 アケミが言う。


「夜になれば、もっと濃くなる」


 俺はゆっくりと周囲を見渡す。


 貴族らしき男、豪奢なドレスの女。

 鎧姿の騎士。そして、議員バッジを胸につけた中年。


 血管。

 ここが、血の流れる場所。

 俺の鼓動が少し速くなる。


 アケミが低く言った。


「今日は暴れない」


「様子見か?」


「違う」


 彼女は笑う。


「挨拶だよ」


 その目は、獲物を見ていた。


「三年ぶりに、()()()が戻ってきたってね」


 イベルタが小さく息を吸う。


「向こうは気づきますか」


「もう気づいてるさ」


 その瞬間、二階バルコニーの奥。

 ガラス越しに、黒服の集団がこちらを見ているのが見えた。


 監視。

 歓迎じゃない、確認だ。

 アケミは視線を外さず、俺に言った。


「異界の賭博師」


「お前もだろ……なんだ?」


「今日は勝たなくていい」


「……は?」


「まずは、流れを読む」


 俺は口の端を吊り上げる。


「流れを読むのは得意だ」


「飲まれるなよ」


「飲まれないって言っただろ」


 ホール中央、巨大なテーブルがひとつ、空いている。


 ディーラーが静かに待っていた。


「いらっしゃいませ」


 Johnnyカジノでも見た、一枚バカラ……タイガー&ドラゴンのようなゲーム。


 ブルーorレッド


 アケミがチップを積む。


 金属音が鳴る。


 イベルタも、小さく頷きながら座る。

 俺は最後に席へ腰を下ろした。


 剣は持っていない。

 あるのは、頭と度胸だけだ。


 下層の腐臭は、ここにはない。


 だが、この光の下で溶けている金は、あの路地に繋がっている。


 革命は叫ばない。帳簿を書き換える。

 ならまずは、この血管の脈を測る。


 ディーラーがカードを滑らせる。


 細長い札に、この世界の文字が刻まれている。

 見たことのない形。曲線と直線が絡み合った記号。


 数字……なのか?


 だが、分かる。

 意味が頭の奥に直接流れ込んでくる。


 これは“七”。

 これは“零”。


 理屈じゃない。

 翻訳でもない。

 最初から知っていたみたいに、分かる。


 この世界に来た時からそうだった。

 聞いたことのない言葉。

 見たことない文字。


 全て理解できた。


「……やっぱり」


 アケミが小さく笑う。


「アタシも最初は同じこと思ったよ」


 視線をこちらに向ける。


「なんで読めるんだ、ってね」


「……お前」


 俺は目を細める。


「人の心でも読めるのか?」


「読めないさ」


 即答。


「でも予想はできるよ」


 彼女はチップを指で弾く。


「最初にここへ来た時、アタシもこの札を見て、頭が止まった。見たこともない文字。なのに読める」


 カードがめくられる。


 “六”。


 音もなく意味が理解できる。


「なんでだろうな」


 自分の声が、どこか遠い。

 アケミは鼻で笑った。


「理由なんてどうでもいいだろ」


 視線はカードから外さない。


「あるのは、分かるという現在だけだ」


 正論だ。理屈を探しても答えは出ない。


 この世界はそういうものだと、最初から受け入れさせられている。


 俺は指先でチップを撫でる。


 分かる。


 文字が読める。ルールが理解できる。

 確率も、流れも、読み取れる。

 なら、やることは一つだ。


「張るぞ」


 チップを前へ押し出す。

 アケミは視線だけで笑う。


「軽くな」


「分かってる」


 今日は勝たなくていい。

 流れを読む日だ。


 ディーラーが静かに告げる。


「青か、赤か」


 場が静まる。周囲の視線が、わずかにこちらへ向く。


 三年ぶりに戻った伝説の女。

 その隣に座る、正体不明の男。

 そして、もはや有名人、金借りのイベルタ。


 監視の目、血管の鼓動。

 この場で勝つことよりも、

 この場の癖を掴む。


「青だ」


 静かに言う。カードが開かれる。


 七。


 六。


 青。


 小さなどよめき。だが俺は笑わない。

 アケミが小さく呟く。


「やるじゃん」


 イベルタが息を吐く。


「偶然、ですよね?」


 俺はチップを回収しながら言う。


「……さぁな」

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