第二十五話 強い装備と強い仲間、俺が強くなったわけじゃない
渓谷からの帰り道。
森を抜ける頃には、空は完全に闇へ沈んでいた。
月明かりが、細い街道を銀色に照らしている。
嫌な静けさだった。そして――
カタ、カタカタ。
土を踏む音。
「……来たな」
霧の代わりに現れたのは、スケルトン。
闇の中、空洞の眼窩がこちらを向く。
「くそ、幽霊の次は髑髏かよ」
「戦闘は避けられませんでしたね」
馬車が止まる。前方を十体ほどが塞いでいる。
イベルタは迷わず飛び降り、短剣を抜く。
低く踏み込み、骨の間をすり抜ける。
一閃。首が落ちる。
さらに回転し、膝裏へ刃を差し込む。
崩れる。
無駄がない、戦場の動きだ。
「……俺もやるか」
腰の剣、サンダーグラディウスを握る。
新品。鍛冶屋のネェちゃんが打った雷属性の剣。
鞘から抜いた瞬間、刃に青白い光が走る。
「うおおおお!」
振り下ろす。
――バチィンッ!!
骨に触れた瞬間、雷が走った。
骨が弾け、粉砕する。
軽い、いや違う。武器が強すぎる。
カツンッ
後ろから朽ちた剣で斬られたようだが、銀の鎧はその刃をまるで通さなかった。
「何しやがる!」
俺は振り向きざまに横薙ぎ。
雷光が弧を描き、三体まとめて砕け散る。
「……やれる!」
胸が高鳴る。強くなった錯覚。
その時だった。
ズン……と、地面が鳴る。
一際大きな影が、闇から歩み出た。
通常の倍はある体躯。
黒ずんだ骨。
巨大な大剣を片手で担いでいる。
「スケルトンリーダーだ!」
御者が声を上げる。
「早く乗れ! 奴は強いぞ!」
だが、俺の血は沸いていた。
「イケる!」
地面を蹴る。
「やったらああああ!」
スケルトンリーダーが大剣を振り下ろす。
速い。
重い。
そして俺は、剣の素人だ。
身体が反応しない。
間合いの取り方も、受け流しも、知らない。
「やべ」
死ぬ。
その瞬間、イベルタの矢が、スケルトンリーダーの手首を射抜いた。
骨が弾け、大剣がわずかに逸れる。
「今!」
俺は半ば本能で踏み込んだ。
「よっしゃああああ!」
サンダーグラディウスを縦に振り下ろす。
雷が爆ぜ、刃が胸骨を断つ。
青白い光が内部を駆け巡り、轟音とともに、スケルトンリーダーは粉々に砕け散った。
残骸が崩れ落ちる。残った雑魚スケルトンたちは、統率を失ったように動きを鈍らせる。
「やるじゃん、ギャンさん」
イベルタが息を整えながら言う。
「ナイスだ。お前がいなきゃ真っ二つだった」
本音だ。
「リーダーを倒せばしばらくは湧かねぇ。アンタら、早く行くぞ」
馬車に飛び乗る。
御者が鞭を鳴らす。
車輪が闇を裂いて進む。
振り返ると、骨の残骸が月光に白く光っていた。
心臓が、まだ速い。
勝った。だが、俺は理解している。
今のは俺が強かったんじゃない。
武器とイベルタが強かった。
調子に乗れば、次は死ぬ。
それだけは、よく分かっている。それでも、雷を纏う剣の感触がまだ手に残っていた。
エーテルディアに戻った俺たちは、その足で冒険者ギルド協会へ向かった。
受付に写真と報告書を提出する。
職員は数枚の写真を確認し、淡々と頷いた。
「死霊の存在確認、記録します。依頼達成です」
革袋がカウンターに置かれる。
1,500G。重みが、現実を感じさせる。
俺たちは外へ出ると、馬車の御者を呼び止めた。
「助かった。これ、チップだ」
100Gを渡す。
御者は目を丸くし、それから深く頭を下げた。
「……ありがてぇ。あんたら、また乗るときは声かけてくれ」
残りは1,400G。
きっちり折半。700Gずつ。
ギャンブルで増やした金じゃない。
命張って稼いだ金だ。
「さて、ギャンさん! 行きます!?」
目が輝いている。
「行くって……」
「Johnnyカジノですよ!」
やっぱりそれか。
タフだな、こいつ。あんな渓谷行って、スケルトンと斬り合って、帰宅してすぐ賭場か。
「俺は今日は疲れた。休ませてくれ」
本音だ。身体もだが、精神が削れている。
「体力ないなぁ、もう。じゃ私一人でJohnnyカジノ行ってこよっと」
「ほどほどにな」
「それ、ギャンさんが言います?」
くすっと笑って、イベルタは去っていった。
俺も行きたい。正直に言えば、700Gを倍にする算段を、もう頭のどこかで始めている。
だが、今日はやめた。
俺は宿に戻り、剣を壁に立てかけ、そのまま倒れ込むように眠った。
夢は見なかった。
次の日。
目が覚めた瞬間、違和感があった。
身体が軽い、筋肉が熱を帯びている。
視界が妙に鮮明だ。
「……なんだこれ」
拳を握る。昨日より確実に強い。
俺は慌ててマイステータスカードを取り出した。
淡い光が浮かび上がる。
名前:マッキ=ギャン
レベル:5
「……上がってる」
昨日まで3だったはずだ。
スケルトンどもか、リーダーか。
戦闘で、ちゃんと経験値が入っている。ゲームみたいな世界だとは思っていたが、改めて実感する。
「レベル5、か」
前世の俺は、何も上がらなかった。
借金だけが積み上がっていった。
だがこの世界では、戦えば上がる。
生き残れば、強くなる。
単純だ。
単純で、残酷で、悪くない。
俺は立ち上がり、サンダーグラディウスを握る。
昨日より、しっくりくる。
だが同時に思い出す。
イベルタの矢がなければ、俺は真っ二つだった。
「調子に乗るなよ、俺」
そう呟いた瞬間、コンコン、と部屋の扉が鳴った。
朝っぱらから誰だ?俺は眉をひそめ、扉へ向かった。
「……誰だ」
眠気混じりに声を出すと、宿屋の主の声が返る。
「朝早くすまんな。客人が来ていてな」
客人?イベルタか?どうせカジノで負けて泣きつきに来たんだろ。
そう思いながら階段を降り、宿の入口へ向かう。
扉の前に立っていたのは、黒い外套。細い目。
下層区で会った情報屋だった。
眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
「……あんたか」
情報屋は俺を見るなり、淡々と言った。
「スリーセブンス討伐の依頼を、昨日実行した者が現れました」
一瞬、言葉の意味が飲み込めない。
「……は?」
頭の中で、昨日の広場がよみがえる。
ゲインの顔。子供の笑い声。
「な、なんだと……!?ゲインは!?アイツらは!?」
俺の問いに、情報屋は静かに首を横に振った。
「生き残っているのは、おそらくスリーセブンスのリーダーだけでしょう。ゲインさん達は最後まで居場所を割らなかったらしい」
空気が、重くなる。
昨日、俺は握手をした。
「お前はもう友達だ」と言われた。
その翌日にこれか。
情報屋は続ける。
「あなたを気に入っているので、この情報はただでいい」
軽い口調だが、目は笑っていない。踵を返しかけたその時、ふと思い出したように言った。
「ちなみに彼らを殺したのは、アルベルトとコルディという兄妹です」
アルベルト。
その名が、脳裏を撃ち抜く。
「……アルベルトだと!?」
イベルタの従兄弟。
ローキンス家の血。
背中に冷たい汗が伝う。
つまりこれは偶然じゃない。
討伐……いや、見せしめ。粛清だ。
全部が一本の線で繋がる。
「では」
情報屋はそれだけ言って、朝霧の中へ溶けるように去っていった。
宿の入口に、俺一人が立ち尽くす。
イベルタに報告するべきか?知らなければ、穏やかな一日でいられるかもしれない。
「……くそ」
俺は拳を握る。
俺たちは選ばなかった。
だが、誰かが選んび、そして誰かが死んだ。
俺はイベルタを探すため、街を歩き出した。
嫌な予感が、また胸を締めつけている。
※今回の前半終了パターン
「スケルトンリーダーだ!」
御者が声を上げる。
「早く乗れ! 奴は強いぞ!」
だが、俺の血は沸いていた。
「イケる!」
地面を蹴る。
「やったらああああ!」
スケルトンリーダーが大剣を振り下ろす。
速い。
重い。
そして俺は、剣の素人だ。
身体が反応しない。
間合いの取り方も、受け流しも、知らない。
「やべ」
死ぬ。
スケルトンリーダーの大剣は、銀の鎧ごと俺を真っ二つに切り裂いた。
R.I.P




