表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/50

第二十四話 見に来ただけ

 翌朝。


 薄い光が、崩れかけの天井の隙間から差し込んでいた。


 下層区の朝は静かだ。上層区の鐘も、ここまでは届かない。ただ、遠くで鍋を叩く音と、子供の笑い声が聞こえる。


 俺は目を開けたまま、天井を見ていた。


 隣ではイベルタが毛布にくるまっている。寝顔は、年相応だ。


「……イベルタ」


「ん……」


「お前、まだスリーセブンスとやるつもりか?」


 問いかけは、低い声で。

 しばらく沈黙が続いた。

 イベルタはゆっくりと起き上がり、膝を抱える。


「昨日は、ちょっとカッコいいって思っちゃった」


「義賊ってやつか?」


「うん。でもね」


 彼女は視線を落とす。


「盗みは盗みだよ。私、ローキンス家に秩序を押し付けられてきたけど……だからって、なんでも許されるわけじゃない」


 少し間を置いて、俺を見る。


「ギャンさんは?」


 俺は鼻で笑った。


「俺はやらねぇ。やりたくねぇ」


 金は欲しい。2,000Gはデカい。


 だが、あの広場の子供の笑い声が、耳に残っている。あれを踏み潰してまで取る金じゃねぇ。


「……そうだね。私も、そう思う」


 イベルタは小さく頷いた。それで決まりだ。


 俺たちは、スリーセブンスの三人がいる民家へ向かった。


 扉を叩くと、例の男が顔を出す。


「どうした。もう決めたか?」


 俺はまっすぐ言った。


「例の依頼は受けねぇ。俺はお前らを外道だとは思わねぇよ……悪い奴には違いねぇけどな」


 コワモテは一瞬だけ目を細め、それから小さく笑った。


「正直だな」


 奥の二人も、肩をすくめる。


「討伐しねぇ代わりに味方もしねぇ、か」


「中途半端とも言う」


「それでいい。白黒つけたがるのは、上の連中の悪い癖だ」


 そう言って、手を差し出す。


「お前はもう友達だ。俺はゲイン。困ったことがあったら言え」


 友達、か。軽い言葉じゃない。


 俺はその手を握った。


「俺はギャン。またな」


 イベルタも、小さく頭を下げる。


「お世話になりました」


 外に出ると、下層区の朝はすっかり動き出していた。昨日見た子供が、木の棒を振り回して遊んでいる。老婆がパンを焼いている。誰かが洗濯物を干している。


 盗賊の巣というより、ただの街だ。


「……なんか、変な感じだね」


 イベルタがぽつりと言う。


「何が」


「悪い人たちのはずなのに、嫌いになれない」


 俺は肩をすくめる。


「世の中ってのは、そんなもんなんだろ」


 善人が必ず正しくて、悪人が必ず間違ってるわけじゃねぇ。


 だからややこしい。前いた世界も、この世界も。


 俺たちは下層区を抜け、石畳の整った通りへ戻る。

 空気が変わる。視線の質も変わる。


「次はどうするの?」


「決まってんだろ」


 俺は顎で示す。冒険者ギルド協会の大きな建物が見える。


 あの2,000Gの依頼をどうするか。

 受けないと伝えるか、それとも知らん顔をするか。

 どちらにせよ、俺たちはもう盤面の外じゃない。


 俺はギルドの扉を押した。軋む音とともに、いつもの喧騒が迎える。


「さて、イベルタ。どの仕事にするよ」


「うーん……コレは?」


【アルカレンス渓谷の死霊調査】


 内容は現状の視察と報告。

 現場の写真撮影。詳しくわかるものを数枚。


 報酬は1,500G。


 上手くやれば戦闘なしで行けそうだ。

 しかし、アルカレンス渓谷ってなんだ?


 俺はイベルタに尋ねた。


「エーテルディアから少し離れた場所にある渓谷です。昔は罪人や、不治の病を患った人……そして」


 イベルタがいい辛そうにいう。


「介護が無ければ生きられないお年寄りや、産んだ子を育てられない無責任な親が子供を捨てた場所です」


 そんなところの亡霊調査……か。


 俺は前世では、やれ霊だの神だの、オカルトは一切信じてなかった。あんな物は人を騙すために語る奴か、面白がって話す奴、またはアル中の戯言だ。


 だが、この世界じゃ否定はできない。

 夜には平原を骸骨が歩いている世界だ。

 幽霊くらい、いてもおかしくはない。

 むしろ、いない方が不自然だ。


「……戦闘の可能性は?」


 俺は淡々と聞いた。

 イベルタは少し考える。


「低確率ではありますが、ゼロではありません。渓谷の奥に近づかなければ問題ないはずです。今回は調査ですから」


「死霊の討伐じゃない、と」


「はい」


 1,500G。堅実な額だ。

 リスクも低め。戦闘なしの可能性あり。


 ギャンブルじゃない。

 仕事だ、俺は小さく息を吐いた。


「受けよう」


 イベルタは頷き、依頼書に印を押した。


 翌朝。


 エーテルディアを出て半日。馬車を降り、徒歩で森道を抜けると、急に視界が開けた。


 そこがアルカレンス渓谷だった。

 深く抉れた大地。

 岩肌は黒ずみ、霧が底から這い上がっている。

 風はないのに、霧だけがゆらゆらと動く。


「嫌な感じだな」


「多くの人の終わりがあった場所ですから」


 イベルタの声は冷静だったが、その瞳はわずかに硬い。俺は周囲を見渡した。


 崖沿いに続く細い道。

 崩れた荷車。

 朽ちた布切れ。


 誰かが、ここで。

 置いていった。

 あるいは、置いていかれた。

 胸が妙にざわつく。


「……写真だな」


 俺は魔導カメラを取り出した。この世界の写真は、魔力で紙のようなものに焼き付ける方式だ。ギルドが貸し出してくれた物だが、壊したりしたらどれだけタダ働きになるかわからない。


 パシャ。


 崖の全景。


 パシャ。


 底から立ち上る霧。


 パシャ。


 白い何かがある。


「……骨、か?」


 それは小さかった。大人の骨とは明らかに違う。


 俺は一瞬だけ視線を逸らし、もう一度シャッターを切った。


 依頼は依頼だ。

 感情を挟むな。


 だがその時、足元の霧がふっと濃くなった。

 背筋を撫でる冷気。俺は反射的に剣へ手をかける。


「イベルタ」


「……感じました」


 音はない。風もない。

 だが、確かにいる。


 霧の向こうに、影が揺れた。

 人の形、何人も、そこに立っている。


 こちらを見ている。

 無言で。


「戦闘は低確率、だったよな?」


 俺は笑う。イベルタは静かに弓を構えた。


「まだ敵意はありません」


 影は動かない。

 ただ、見ている。

 責めるでもなく、怒るでもなく。


 ただ、見ている。

 胸が締めつけられる。

 俺は前世を思い出した。


 借金。

 逃げ。

 絶望。


 もし、俺がこの世界に転生していなかったら。

 もし、俺があのまま終わっていたら。

 俺も、あっち側に立っていたのか?


「……調査だけだ」


 俺は呟く。


「俺たちは、見に来ただけだ」


 その瞬間、霧がふっと薄れた。

 影が消えた。最初から何もなかったように。


 イベルタは弓を下ろす。


「……干渉してきませんでした」


「俺たちを、拒絶もしなかった」


 写真は撮れたし、異常の存在も確認できた。

 依頼としては十分だ。


 だが、俺は最後にもう一枚だけシャッターを切った。霧の奥、誰もいない空間に向けて。


「……帰るぞ」


 背を向けた瞬間、かすかな声がした気がした。


 ォィ……ナ……


 置いてくな、なのか。

 おい行くな、なのか。

 わからなかった。


 俺たちは足早に、渓谷を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ