第十八話 勝てる賭け方を知っている奴は、買い目をケチらない
Johnnyカジノの奥。
煙と歓声と金属音が渦巻く中、俺たちはあの盤面の前に立っていた。
シックスボール。
白・黒・赤・青・黄・緑。
六つのボールが、無数の釘が打たれた盤面を転がり落ち、順位を競う。
白は釘が少ない。
黒、赤、青、黄と徐々に増え、
緑は、ほとんど罠みたいな釘の海だ。
しかも毎回、釘の配置が変わる。
魔法で盤面そのものが微細に組み替わるらしい。
前世じゃあり得ない仕様だ。
「今日も荒れそうですね」
イベルタが目を細める。
「いや……」
俺は首を振った。
「今日は、読む」
視線の先。前回、あの場で大勝ちしていたおやじがいる。酒も飲まず、騒ぎもせず。ただ、盤面だけを凝視している。
俺はイベルタに小声で言った。
「少し様子見るぞ」
俺たちはすぐに賭けず、あえて一戦見送る。
おやじの手元。賭け札。
四つ。ボックス。
俺は腑に落ちた。
「なるほどな」
前世。競輪や競艇。
借金まみれになる前まで、俺は堅いところに厚く張るを繰り返していた。
的中率三割弱。
回収率六割弱。
数字だけ見れば悪くないように思える。
だが現実はジリ貧。当たっても負ける。
勝負になっていなかった。
だが、あるときから賭け方を変えた。
堅い本線を押さえつつ、穴も拾う。
四車ボックス。
競輪で言えば、三番手の差し込み。別線のサンド。
盲点になりがちな流れを拾える。
特にラインがごちゃごちゃになったときのオッズは、大きい。
競艇でも、一号艇にA1クラスの選手。皆が信用し、オッズが偏った時、思わぬ伏兵。
2-1-3でもオッズはバカにならない。スタート展示で二号艇が伸びていると分かった時、俺はニヤけていた。
そして俺の回収率は、九割を超え始めた。
……まぁ、それでも勝ち分突っ込むから最終的には負けてるんだがな。
だが理屈は理解している。
勝ちに近づく賭け方は存在する。
目の前のおやじ。
盤面の釘を、舐めるように見ている。
白は有利。
だが有利すぎる。
賭けが集中する。
緑は不利。
だが釘の跳ね返り次第では、外壁沿いに一気に滑る可能性がある。
おやじは――
白。
黒。
青。
黄。
四つを選んだ。
赤と緑を切っている。
理由は明確だ。
赤は中途半端に釘が多く、弾かれやすい。
緑は今回、釘が中央寄りに密集している。
だが青と黄。外周側の釘が微妙に間引かれている。
跳ねる。
流れる。
白は保険。
黒は本線。
「……ギャンさん?」
イベルタが俺を見る。
「見えた」
俺はゆっくりと賭け札を握る。
「四つ、ボックスだ」
「ボックス?」
「ああ」
前世と同じ。堅いところを押さえつつ、盲点を拾う。
白。
黒。
青。
黄。
同じだ。だが、俺は少しだけ配分を変える。
本線厚め。
穴は薄く。
「勝負金は?」
「全ツだ」
「えっ」
「冗談だ。半分だ」
700G。
その半分。
350G。
残りは明日の武器代の足しだ。
そこは絶対に触らない。
ベルが鳴る。
六つのボールが、同時に放たれた。
白が滑る。
黒が弾かれる。
青が外壁沿いを走る。
緑が、意外な角度で跳ねた。
「……!」
俺の鼓動が早まる。
これは、読めるか?
盤面の下で、順位決定の鐘が鳴る。
Johnnyカジノの喧騒が、一瞬だけ遠くなった。
俺の二度目の人生。
その賭けは、今、転がっている。
そして俺は、初めて理屈で勝ちにいく。
結果発表。
盤面の下で、順位が光る。
一着、白。
二着、黒。
三着、青。
「……よしっ!」
思わず拳を握る。俺の選んだ四つのうち、三つがそのまま上位に入った。
だが、払い戻し表を見た瞬間、俺は顔をしかめる。
「……少なっ」
「え?」
イベルタが覗き込む。
配当は低い。なぜなら白と黒は人気どころ。青もそこそこ買われていた。
そして俺たちは四つボックス。点数が増えている分、的中しても取り分は薄まる。
「トリガミだな」
「トリ……?」
「トリガミ。払い戻し金が、投資額より少ないことだ」
簡単に言えば、当たってるのに負け。
賭け金350G。
戻ってきたのは、310G。
的中はしている。
だが40Gのマイナス。
「当たってるのに負けって、なんか悔しいね……」
「外すよりは、全然いい」
前世でも何度も味わった。的中の快感と、数字の絶望。だが、俺は深呼吸する。
「まだ一回目だ」
感情で賭けない。それが今日のテーマだ。
盤面が再構築される。
釘が、魔法でカタカタと動く。
さっきとは明らかに配置が違う。
緑の外周が、少し開いた。
「……今回は来るぞ」
俺は低く呟く。
「緑?」
イベルタが目を細める。
「ああ。ただし軸にはしない。穴扱いだ」
再び四つ。
白。
青。
黄。
そして、緑。
「黒切るんだ?」
「あぁ、配当の妙味って奴だ」
理屈。
盤面。
心理。
全部合わせて考える。
ベルが鳴る。
六つのボールが転がる。
白が安定して進む。
黒が序盤で弾かれる。
緑が外壁を滑る。
「行け……!」
青が跳ねる。
黄が中央を抜ける。
緑が奇跡みたいに、一直線に落ちた。
順位確定。
一着、青。
二着、緑。
三着、白。
一瞬、静寂。
次の瞬間、払い戻し表示が跳ね上がった。
「……は?」
イベルタが目を見開く。
高配当。緑が二着に入ったことで、人気薄が絡み、配当が爆発している。
ボックスが功を奏した。
換金カウンターで差し出された袋は、さっきとは重みが違う。
「……4,000G!?」
俺は数字を確認する。
350Gが、4,000G。
プラス3,650G。
イベルタが俺の腕を掴んで跳ねる。
「やったあああ!!」
店内のざわめきが心地いい。さっきまでこちらを見向きもしなかった連中が、ちらちら視線を送ってくる。
だが俺は、浮かれすぎないように唇を噛む。
勝った。だが……
「今日はここまでだ」
「え?」
「勝ち逃げ」
前世では、これができなかった。
勝った金を、さらに増やそうとして溶かした。
今日は違う。俺は袋をきっちり縛る。
「武器代は確保。宿代も余裕。明日も動ける」
イベルタは少し名残惜しそうに盤面を見るが、やがて頷いた。
「……うん。今日は、勝ちの日だね」
Johnnyカジノを出ると、夜風が冷たい。
4,000G。
手の中の重みが、現実だ。
「ギャンさん、さっきの読み……すごかったよ」
「理屈だ。運じゃない」
そう言いながらも、心臓はまだ早い。
俺たちは通りの分かれ道で足を止めた。
「じゃ、また明日。武器取りに行こうね」
「ああ」
イベルタは手を振って去っていく。
俺は一人、夜空を見上げた。
前世ではできなかった。
勝って、やめる。
それが今日はできた。
4,000Gの重みは、金以上の意味を持っていた。
二度目の人生。
少しだけ、違う道を歩けるかもしれない。




