第十七話 この世界には、俺以外にも転生ギャンブラーがいるらしい
空がゆっくりと橙に染まり始めた頃、俺たちはエーテルディアへ戻ってきた。
昼間の喧騒が少し落ち着き、屋台の灯りがぽつぽつと灯り始めている。生き延びた実感と、わずかな高揚。洞窟での戦闘が、まだ身体の奥に残っていた。
冒険者ギルド協会で報酬を受け取る。
700G。
受付嬢は事務的に微笑み、革袋を差し出した。
ずしり、と重い。
命の重さだ。
その足で、近くの鍛冶屋へ向かう。雷鉄鉱石の余剰分を買い取ってもらうためだ。炉の赤が夕暮れと混ざり、熱気が通りまで流れ出していた。
「いらっしゃい」
「コレを買い取ってくれないか?」
腕を組んだ、ヤンキーみたいな姉さんがこちらを値踏みする。煤で黒くなった頬、鋭い目。
「ふーん、全部買い取ってもいいけどさ」
俺の手元を見る。
「アンタ、少しは武器に金かけたら? その剣じゃ、彼女守れないよ」
ぐさり。
俺は銅の剣を見る。刃は欠け、へこみ、刀身も歪んでいる。今日もスライムの体液で曇っていた。
普段の俺なら――
全部換金。
即、博打。
迷いはないはずだった。
だが、洞窟での一瞬。
閃光。飛んできた何か。あの嫌な予感。
俺は唇を噛んだ。
「……イベルタ。悪い。少し武器に回していいか?」
イベルタは一瞬きょとんとして、それから破顔した。
「もちろん! その方が絶対いいよ!」
迷いのない声だった。
姉さんが鼻で笑う。
「オッケー。料金は雷鉄鉱石の余剰分でいい。加工してやる。明日にでも取りに来な」
「助かる」
「死ぬなよ。素材無駄になるから」
ぶっきらぼうだが、悪い人じゃない。
俺たちは店を出た。
手元には700G。
重い。だが、使い道は半分決まっている。
隣を見ると、イベルタがそわそわしている。指先が小刻みに揺れている。目が輝いている。
分かりやすい。
「……行くか」
「はい!」
夕闇が街を包み始める。石畳を抜け、路地へ。
酒と煙草と金の匂いが混ざる区域。
Johnnyカジノのあるバーに。
俺たちは、すぐにスタッフオンリーの部屋には行かず、まずは腹ごしらえをすることにした。
カウンター席に並んで座る。
イベルタは迷いなく言う。
「おまかせでー」
しばらくして、熱々の鉄皿が運ばれてきた。小さな鍋に、ぐつぐつと煮立つ油。海老とキノコ、にんにくの香りが立ちのぼる。
これは、アヒージョみたいな物だな。
「うちの自慢だぞ」
マスターが静かに言う。
パンもついてきた。パンはどう見てもパン。前世と変わらない。
俺はパンを浸して一口。
「あ、うまっ」
思わず声が出た。
「でしょ!?」
イベルタが胸を張る。お前が作ったわけじゃないだろ。
「私、いつもおまかせなんだー」
俺も同じものを口に運ぶ。にんにくの香りと塩気が、今日一日の疲れを溶かしていく。
しばらく無言で食っていると、イベルタがもぐもぐしながら口を開いた。
「私だけ身の上ばなししたのはふこうふぇいれふよね」
「食いながらしゃべるな」
「ギャンさんも、おひえふ、もぐもぐ」
「だから食いながらしゃべるな」
だが、視線は真剣だった。
俺はパンを皿に置く。
「……言っても信じねぇだろうが、俺は元々この世界の人間じゃねぇ」
イベルタの動きが止まる。
しばらくして、俺は語った。
前世のこと。
ギャンブルに溺れ、借金地獄。家族も仲間も離れ、裏切り、見放され、独りぼっちになったこと。
最後は――自殺。
「……死んだ、はずだった」
それなのに、目を覚ましたらこの世界にいた。
意味はわからない。神の気まぐれか、罰か、それとも救いか。
語り終えると、店内の喧騒が妙に遠く感じた。
「……まぁ、信じねぇよな。どうでもいいけど」
本音だった。だがイベルタは、冗談でも、茶化しでもなく。
真剣な顔で俺の手を握った。
温かい。
「ギャンさん、こっちの世界では絶対死なないで」
まっすぐな瞳。心臓が跳ねた。
――なんだよそれ。
そんな顔で言うな。
その時、グラスを拭いていたマスターが口を開いた。
「異世界転生者、か。俺の知る限り、お前で三人目だ」
「……え!?」
思わず立ち上がりかける。
イベルタも目を丸くした。
「まぁ、自称なのか本当なのかは分からんがね」
マスターは淡々としている。
「一人は十年前。妙な言葉を使う男だった。スマホがないのは不便だとか言ってな」
「スマホ……」
懐かしい単語に、胸がざわつく。
そいつは間違いなく、転生者確定だ。
「もう一人は女だ。五年前だな。やたらと計算が早かった。確率論がどうとか言っていた」
確率。その言葉に、俺は苦笑する。
「そいつらは今どこにいるんだ?」
マスターは少しだけ目を細めた。
「一人目は、王都に向かったきり消息不明。二人目はこの街最大の巨大カジノ・エーテルキングスカジノで大勝ちして、貴族の庇護を受けた。だが三年後、忽然と姿を消した」
嫌な沈黙。
「共通点がある」
マスターがグラスを置く。
「二人とも、博打が好きだった……いや、あれは執着だったな」
マスターは俺を見る。
「お前さん。ギャンブル、好きだろう?」
イベルタが横でぎくりとする。俺は笑った。
「好きなんてもんじゃねぇよ。なんてったって、死ぬほどだからな」
マスターは、わずかに口角を上げた。
「なら気をつけろ。二度目の人生でも、同じ死に方をするな」
Johnnyカジノ。
運命の音が、呼んでいる。
イベルタが俺を見る。
「……行く?」
俺は立ち上がった。
「当たり前だ」
他の転生者も、おそらくギャンブル依存者。
それが本当なら、俺がこの世界に来たのは、偶然じゃないのかもしれない。
そして、他にもまだいるかもしれない。いや、間違いなくいる。
俺はそう確信していた。




