第十六話 死闘、イベルタvsアルベルト。ローキンス家とは?
アルベルトの指が弦を引き絞る。
同時に、イベルタも弓を構えた。
ヒュッ――!
ヒュンッ――!
洞窟内で二本の矢が交差する。
だが、どちらも当たらない。
イベルタは、アルベルトの矢を紙一重で外す。
アルベルトもまた、身体をひねって回避。
いや、違う。
そもそも、当たる軌道じゃない。
「ギャンブルに溺れて、弓の腕まで落ちたか?」
アルベルトが嘲る。
だが次の瞬間。
ドォンッ!!!
奴の背後で、爆炎が炸裂した。
「ぐおぉぉおおっ!?」
凄まじい衝撃。
洞窟が揺れる。さっきの鉱脈に撃ち込んだ爆発矢より、遥かに強い。
アルベルトの身体が宙を舞い、岩壁に叩きつけられる。煙と焦げ臭い匂い。血を吐きながら、それでも立ち上がる。
「……は、はははは……」
膝をつきながら笑う。
「流石……本家の人間だ……」
その首元に、すでに短剣が突きつけられている。
いつの間に距離を詰めたのか、イベルタの瞳は冷たい。
「消えなよ。アンタじゃ私には勝てない」
静かな断言。
だが、アルベルトは笑みを崩さない。
「それは……どうかな?」
次の瞬間。奴は、自らイベルタの短剣の刃を掴んだ。掴んだ手からは血が流れる。
そして、至近距離で閃光弾が炸裂した。
「くっ!?」
「うぉっ!」
俺の目まで焼けるような白。視界が完全に潰れる。
耳鳴り。世界が真っ白に溶ける。
その刹那、嫌な予感が走った。
時間が、ゆっくりになる。
冴える感覚。ギャンブルの土壇場と同じだ。
死ぬ直前に味わった、あの直感。
「俺がアイツなら……」
イベルタは強い、正面からは勝てない。予想外を作るか、揺さぶるしかない。
なら、狙うのは俺だ。
足手まといの、Level2。
そして、イベルタの唯一の仲間。
俺は全力で横に飛んだ。
ブンッ――!
風を裂く音が、さっきまで俺のいた場所を通過する。
矢。
「やっぱり俺を狙いやがった……!」
転がりながら叫ぶ。
ぼやけた視界の中、アルベルトの輪郭が揺れる。
イベルタが体勢を立て直す、そのわずかな隙。奴は後退しながら、洞窟の奥へ駆ける。
「待てっ!」
イベルタの声。
だが追撃の矢は放てない。視界がまだ戻りきらない。
足音が遠ざかる。焦げた匂いと、崩れた岩の音だけが残った。
「イベルタ、大丈夫か!?」
目を押さえながら駆け寄る。
「うん……平気。ギャンさんも無事そうだね」
ゆっくりと視界が戻ってくる。青白い雷鉄鉱石の光。粉塵の舞う洞窟。
さっきまでの殺気は消えている。
「逃げたな」
「うん。仕留めきれなかった」
悔しさが、ほんのわずか滲む。
俺は拳を握った。
強い。あのアルベルトという男は、間違いなく強い。そして俺は、足を引っ張る側だ。
「次は逃がさない」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。イベルタがちらりとこちらを見て、ほんの少し笑った。
「その前に、レベル上げですね?」
「……うるせぇ」
俺たちは袋を背負い直し、今度こそ洞窟の出口へ向かう。
背後で、雷鉄鉱石が不穏に青く瞬いた。
洞窟を出ると、外はまだ明るかった。
空は高く、風も穏やかだ。さっきまで殺し合いをしていたとは思えない。
「……奴と出会わなければ、本当に楽な仕事だったな」
俺が呟くと、イベルタは苦笑した。
帰り道。森を抜ける途中、俺は聞いた。
「お前のその、ローキンス家ってなんなんだ?」
イベルタは少し黙る。
葉擦れの音だけが続く。
やがて、小さく息を吐いた。
「有名な話ですし……ギャンさんになら、言ってもいいかな」
そう前置きして、語り始めた。
ローキンス家。
それは、大昔からこの大陸に存在する名家。
そのルーツは、王族直属の護衛一族。
代々、王を守るために剣を振るってきた血筋。
「今も続いてますよ。守護の歴史」
淡々とした口調。
「私と兄と姉、妹の四人は、物心ついた頃から訓練漬けでした」
剣術、弓術、体術、戦術。
朝から晩まで、泣いても、倒れても、やめられない。
「父と兄は、今も王国の護衛として勤務してます。姉は結婚して、エーテルディアで家庭を持ってます。立派な騎士の旦那さんと」
俺は黙って聞く。
「でも私は」
少しだけ笑った。
「性格が、おめでたいらしくて」
王国騎士の選抜で弾かれた。
規律。品格。家の名にふさわしい振る舞い。
イベルタはそこが致命的だったらしい。
「だから、戦闘訓練を活かせる冒険者になりました」
そこまでは、まだ良かった。
「そのときに覚えちゃったんですよね。ギャンブル」
肩をすくめる。
「強い人たちと組むと、報酬も大きい。大きいお金が動く。勝てば一瞬で稼げる。……楽しくて」
あの頃の俺と、似ている。
「気づいたら借金で有名になってました」
軽く言うが、軽くない。
「両親には二度、立て替えてもらいました」
森の木漏れ日が、彼女の横顔を照らす。
「三度目が発覚したとき、家を追い出されました」
その声は静かだった。
「家族とも、ほとんど疎遠です」
俺は何も言えない。
「そのうちに、母が病で亡くなって」
一瞬だけ、言葉が途切れる。
「……もっと疎遠になりました」
兄や姉は違う。
「説教はしますよ。真面目になりなさいって。でも、命を狙ったりはしません」
もう自分たちの生活がある。
仕事も、家庭も、満足している。
わざわざ落ちこぼれを踏みに来る必要はない。
「でも妹は」
わずかに、声が硬くなる。
「まだ十八歳。私のせいでバカにされてるって、ずっと根に持ってます」
ローキンスの面汚しの姉。
噂は広まる。
「さっきのアルベルトみたいな従兄弟たちも同じです」
軽蔑。
嘲笑。
排除。
「そして、父」
足が止まる。
「父は、言いました」
静かな森の中。
「イベルタは、もうお前はローキンスの人間ではない、と」
風が吹き、木々が揺れる。
俺は、隣の女を見る。
Level42。
爆発矢を使いこなし、至近距離で短剣を突きつける女。その実力は本物。だが、家の中では存在しない扱い。
「……だから冒険者か」
「そうですね」
少しだけ笑う。
「実力だけで評価される場所のほうが、楽なんです」
だが現実は違う。名家の影はついて回る、今日みたいに。
俺は前を向いた。
「なら、証明すればいい」
「何をですか?」
「お前がローキンスだろうが何だろうが関係なく、強いってことを」
イベルタが目を細める。俺は袋を担ぎ直す。
「面汚し同士、成り上がるしかねぇだろ。地獄の底の底だから、もうこれより下なんてねぇ。嫌でも上がるしかねえんだ」
一瞬、沈黙。
そして、イベルタは吹き出した。
「ふふっ……何ですかそれ」
「事実だろ」
森を抜け、街道が見えてくる。
夕方の光が、石畳を照らす。
ローキンスの面汚し。Level42の落ちこぼれ。
そしてLevel2の元借金ギャンブラー。
不釣り合いなパーティー。
血筋でも名家でもない。
俺たちで、作るんだ。
誰にも見下されない、成り上がりの物語を。
※今回の前半終了パターン
次の瞬間。奴は、自らイベルタの短剣の刃を掴んだ。掴んだ手からは血が流れる。
そして、至近距離で閃光弾が炸裂した。
「くっ!?」
「うぉっ!」
俺の目まで焼けるような白。視界が完全に潰れる。
耳鳴り。世界が真っ白に溶ける。
「くそっ、前が見えねえ!」
トスッーー
俺の胸を、何が貫いた。
息がうまくできない。
理解した時には手遅れだった。
「ギャンさん!!」
「隙を見せたなイベルタぁぁあ!」
視界が少し戻る。イベルタが、切り裂かれている。
そして俺も……もうダメみたいだ
R.I.P




