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第十二話 勝った奴を見て賭け方を直せ、勝てる奴を見て我がフリを直せ

 シックスボールのレースが始まった。


 ディーラーの合図。

 六つの玉が、同時に解き放たれる。


 転がり、弾かれ、釘に触れ、減速し、また加速する。ガラス越しに見るそれは、ただの玩具みたいなのに、中身は、紛れもない賭博だ。


(……)


 俺は、無言で盤面を追った。

 中盤。ほんの数秒で、理解してしまった。


(ダメだ)


 白と黒が、綺麗に前を取っている。

 釘の配置も素直。

 荒れる要素が、どこにもない。


 結果は――


 白。

 黒。

 赤。


 ガチガチ。誰が見ても納得の並び。


「……あー」


 イベルタが、肩を落とす。


「だめでしたねー……」


 20G。あっさり消えた。


 悔しいというより、想定通りすぎて感情が動かない。


 そのときだ。


「……今の釘なら、当然だわな」


 低い声。


 俺は、反射的にそちらを見た。


 端っこの席。

 古びた椅子に深く腰掛けた、初老のおっちゃん。

 酒を片手に、盤面を眺めている。


「……釘?」


 思わず、声が出た。


「は?」


 おっちゃんは、ちらりと俺を見る。


「見りゃわかるだろ。今のはどうみても白と黒」


「……」


 盤面の釘が変わった。この異世界の仕組みはわからんが、魔法的な何かか?


 俺は、盤面を見る。


(……さっぱりだ)


 釘の数?

 角度?

 配置?


 どれを見ても、さっきと何が違うのか分からない。


「……次、来るぞ」


 おっちゃんが言った。


 次のレース。

 オッズ表が切り替わる。


 白の単勝は、相変わらず低い。

 二着候補を赤・青・黄。

 

 俺たちはその3通りに、各20G賭けた。


 客の大半が、白1着に流れている。

 だが、レースが始まった瞬間空気が変わった。

 白と黒。スタートは悪くなかった……が。


「……っ?」


 白が、釘と釘の間に挟まった。

 黒も同時に減速。


 ありえないほど、綺麗に。その横を緑が、するすると落ちていく。


「……は?」


 妨害釘が一番多いはずの緑。だが、釘の隙間を縫うように一直線。


 さらに、上から黄色。緑に叩きつけられるように当たり、勢いが増す。


「嘘だろ……」


 最後の直線。


 緑。

 赤。

 青。


 ゴール。


 一瞬、場が静まり返った。


 そして、オッズ表示。


【三連単 560倍】


「……は?」


 思わず、声が漏れる。


「誰が買うんだよ、こんなの……」


 イベルタも、完全に固まっている。


「……これは、無理ですね……」


 俺たちが唖然としている、その横で。


「っしゃああああ!!」


 例のおっちゃんが、立ち上がった。


「やっとデカいの来たぜ!!」


 チップを握りしめ、笑っている。


 当てていた。


 560倍を。


 俺は、背中に冷たいものが走るのを感じた。


 見えてる奴が、いる。


 この賭場には。

 このゲームには。


 俺は、初めて確信した。

 これは、運だけじゃない。


 異世界のギャンブルは、想像以上に、牙を持っていた。


「次、どこ賭けますー?」


 背中から、軽い声。

 イベルタだ。


 だが、俺は返事をしなかった。


(……)


 視線は、さっきまでおっちゃんが座っていた席に向いている。


 ロジックは、ある。

 それは間違いない。


 釘。

 配置。

 日替わり、あるいは時間帯。

 白黒優遇、穴色冷遇。いや、逆転もある。


 だが。


(……全然、わからん)


 データが足りない。

 観測が足りない。

 何より――


(俺が、冷えてない)


 俺は、遠目でおっちゃんの賭け方を見ようとした。

 次のレース。

 どこに張るのか。

 どのオッズを拾うのか。


 ……しかし。


「……いねぇ」


 席は、空だった。


 チップもない。

 酒もない。


 おっちゃんは……


(帰ったな)


 完璧な勝ち逃げ。


 560倍。

 一撃で、十分すぎるほど抜いた。

 そして、迷いなく席を立った。


(……できねぇ)


 胸の奥が、じわりと痛む。


 俺ならどうした?


 間違いなく、こうだ。


 ――もう一回。

 ――いや、まだいける。

 ――今のは流れがいい。

 ――せめて、もう一度当たるまで。


 そうやって、削って。

 削って。

 気づいたら、「元の額まで」が目標になって。


 最後は、ゼロ。


(……何度やった)


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


「……イベルタ」


「はい。どこにしましょ」


 期待に満ちた声。目はまだ盤面を追っている。

 俺は、静かに言った。


「今日は、帰るぞ」


 ――沈黙、そして。


「えーー!?」


 大声。


「もう芋引いたの!? 見損なったわ!!」


 容赦がない。いつものイベルタだ。

 俺は、何も言わず、チップを分けた。

 カウンターに、200G分。


「……はい?」


「お前の分だ。返す」


「え、ちょ、なんで」


「悪いな」


 俺は、短く言った。


「やる気を失っただけだ」


 それだけだった。


 残り。

 俺の手元には、140G。


 中途半端な額。

 だが、ゼロじゃない。

 

 金を残しての撤退、前の俺ならできなかった。


「じゃ、先帰る」


「ちょ、ギャンさん!?」


 イベルタの声が、背中に飛んでくる。


「ここからですよ!? ここから!!」


 俺は、振り返らなかった。


 あいつは続けるだろう。

 多分、いや、ほぼ確実に。


(……負ける)


 だが、それを止める資格は、俺にはない。

 同類だからだ。


 隠し扉を抜ける。

 棚が閉じる音。


 普通のバー。

 いつもの喧騒。


「またのご来店、おまちしてまぁーす♡」


 バニーガールの、軽い声。

 俺は、手を上げるでもなく、店を出た。


 ネオン。

 人混み。

 酒と欲の匂い。


 大都市エーテルディアの夜は、相変わらず騒がしい。俺は、その中に紛れ込む。


 140Gを懐に。

 熱を、胸の奥に押し殺して。


(……今日は、ここまでだ)


 そう言い聞かせながら。

 だが、心臓はまだ、賭場のリズムで鳴っていた。

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