第十一話 記念すべき、異世界初ギャンブル・シックスボール
俺は、ひとまず深呼吸した。
(……落ち着け)
カウンター横の空きスペースで、頭の中を整理する。
俺のチップは220G分。
イベルタは、昨日の残り、マッドドッグ討伐の50G、紹介料100G、合わせてだいたい200Gくらい。
どっちも末期。
どっちもギャンブル依存症。
宿代? 飯代? そんなもんは後回し。
全ツ前提。
冷静な判断のフリをした、いつものやつだ。
そのとき、イベルタが俺の袖を引いた。
「……ギャンさん」
「ん?」
「ここ、乗り打ちしませんか?」
一瞬、感心した。
「へぇ……乗り打ちなんて言葉、知ってんだな」
「えへへ」
照れるところか、それ。
「いいぜ」
即答だった。
軍資金は心許ない。だからこそ、分ける意味はない。
勝つなら一緒。
死ぬならまとめて。
これも、立派な最適化だ。
イベルタは、少しだけ表情を明るくしたあと視線を向けた。
スロットマシン。
派手なランプ。
回転するリール。
いかにも「夢があります」って顔をしてやがる。
「……おい」
俺は、即座に言った。
「スロットはダメだ」
「えー。でも……一撃ありますよ?」
その言葉に、胃がきゅっと縮む。
「いいか、イベルタ」
少しだけ、声を低くした。
「スロットってのはな、一番やっちゃいけねぇ」
「え?」
「運任せ。完全確率。勝利のロジックがない」
俺は、スロットの島を見ながら続ける。
「たまに噴くことはある。あるにはある。でもそれは起きたあとに語られる奇跡であって、狙って再現できるもんじゃねぇ」
イベルタは、黙って聞いている。
「同じ運ゲーでも、バカラやポーカーと比べたら、勝てる可能性は比べ物にならねぇほど低い」
ここまで言って、ふと気づいた。
「……」
俺は、言葉を切る。
「……てか」
ゆっくり、首を傾げた。
「この世界に、バカラとかポーカーとか……あるのか?」
「……?」
イベルタは、完全に首を傾げた。
「バカラ? ポーカー?」
その反応で、確信した。
「あー……」
額を押さえる。
「やっぱ、ねぇか」
異世界だ。前世の常識が、そのまま通じるわけがない。
「そもそも、トランプがあるかも怪しいな……」
「ギャンさん、何の話してるんですか?」
「いや……こっちの話だ」
俺は、もう一度カジノ全体を見渡した。
テーブルゲーム。
魔導装置。
見たことのないルール。
見たことのない配当。
(……ゼロからだな)
異世界の賭場。
異世界の確率。
異世界の罠。
だが、それでも。
胸の奥は、冷えていなかった。
むしろ、久しぶりに冴えている。
「いいか、イベルタ」
俺は、もう一度言った。
「スロットは後回しだ。まずは、仕組みが見える賭けから行く」
「……はい」
素直な返事。
俺たちは、並んでテーブルの方へ歩き出した。
420G。心許ない軍資金。
俺は、フロアを一周するように視線を走らせた。
派手な装飾。耳障りな音。
だが、よく見ればギャンブルの本質は、そう変わらない。
(……あるな)
いくつか、気になる台が目に入った。
「あれは……サイコロ?」
一つ目。
四角く削った石。面ごとに、意味ありげな絵柄が彫られている。
目ではなく、記号。
完全に演出を噛ませたタイプだ。
「……で、あっちは」
別の卓。
「カード、あるじゃねぇか」
絵の描かれたカードを、場に二枚だけ出して勝敗を決めるゲーム。
無駄がない。
速い。
回転数重視。
「……あれは?」
最後に、妙なものがあった。
「ボール……?」
傾斜のついた台。
同時に転がされる、六色の玉。
玉はぶつかり、弾かれ、抜かし、抜かされ、ゴールに吸い込まれていく。
観客の視線が、一斉にそこへ集まっていた。
俺は、イベルタに目を向ける。
「なあ、あれ、なんなんだ?」
「え?」
イベルタは、少し困った顔をした。
「私……基本スロットしかしないので」
だろうな。それでも、周囲の話を聞きながら、必死に説明してくれる。
「えっと……あの石を使うのは、賭け目がいくつかあって……」
俺は、頷いた。
(……シックボーに近いな)
目を使わず、組み合わせと確率で食わせるタイプ。
「で、カードのは?」
「一枚ずつ引いて、強い方が勝ち、って感じです」
はい、理解。要するに一枚バカラ、タイガー&ドラゴンだ。
シンプル極まりない。
そして、俺の視線は再び六色の玉へ戻る。
「で……あれは?」
「……あれは、私もよく知りません」
だが、説明書きとディーラーの声を拾う。
同時に転がされる、六つのボール。
ゴール順を当てるレース形式。
賭け方は――
単勝。
二連単。
三連単。
「……は?」
思わず、声が漏れた。しかも。
(等倍じゃねぇ……?)
配当は固定ではなく、オッズ制。
人気が集まる色ほど低く、穴ほど高い。
「……なるほどな」
異質。
完全確率でも、完全運でもない。
人の思考が、オッズに反映される。
俺は、ゆっくり息を吐いた。
「イベルタ」
「はい?」
「この中で、一番ギャンブルしてるのは」
視線は、六色の玉に固定されたまま。
「……あれだな」
転がるボール。
変動するオッズ。
欲と恐怖が作る数字。
(面白ぇ)
シックスボール。それが記念すべき、異世界最初のギャンブルだ!
まずは、様子見。
転がる玉を、じっと観察する。
色は六つ。
白・黒・赤・青・黄色・緑。
「……」
嫌なほど、見覚えのある配色だった。
前世で散々見てきた、あの並びだ。
オッズ表に目をやる。
白が一番低い。
次いで黒。
赤、青、黄色……
そして一番高いのが、緑。
「還元率……97%!?」
思わず、小さく声が漏れる。
破格。いや、破壊的。
(前世の公営競技と比べたら、笑えねぇレベルだぞ)
店側は、一回玉を転がすだけで総賭金の3%を抜く。それで客は回転数を回してくれる。
(……そりゃ置くわ)
だが、客の賭け方を見ていると――
(白と黒に集中しすぎだろ)
ここは競艇じゃない。全ボールが同条件なら、オッズが高いところを狙うのがセオリーだ。
……そう思っていた。だが。
一回目。
白・黒・青。
二回目。
白・赤・黒。
三回目。
黒・白・黄。
俺は、盤面を凝視した。
「……なるほどな」
坂の途中。玉を妨害する、釘の数。
色ごとに、微妙に違う。しかも、どういう仕組みなのかわからないが、その配置が毎回ランダムに変わっている。
(見た目は平等、実際は微差の積み重ね)
だから、白と黒が来る。
完全な運じゃない。
作られた揺らぎ。
俺は、横にいるイベルタに視線を向けた。
「イベルタ。どこに賭けたい?」
「……え?」
一瞬、戸惑い。だがすぐに、オッズ表へ視線を落とす。喉が、ごくりと鳴った。
「……黒」
小さく、だがはっきり。
「黒にかけます。単勝は倍率が低いので……黒―白の二連単で」
なるほど。
釘が二番目に少ない黒。
二着に、最も安定した白。
「いいね」
俺は、短く笑った。
「いくか」
俺たちは、チップを差し出す。
黒-白の二連単に、20G。
オッズは3.1倍。
小さな額。だが、これは確認作業だ。
そして玉が転がされる。
この世界のギャンブルが、どこまで読めるのか。
それを確かめるための、最初の一手だった。




