第十話 いざカジノへ!遊べるかどうか、じゃない。やれるかどうかだ
大都市・エーテルディア。
街道を抜けた瞬間、空気が変わった。
石造りの高い建物が立ち並び、いくつもの塔が空を突き刺すように伸びている。通りには人、人、人。冒険者、商人、旅装のままの連中、派手な服の連中。
夕暮れだというのに、街は眠る気配がない。
飲食店の呼び込み。楽器の音。
魔導灯とネオンが混ざり合った、妙にけばけばしい光。
「……すげぇな」
思わず、呟いた。
「これ、ほんとに中世ファンタジーか?」
「中世ってなんですか?」
「いい、独り言だ」
俺は首を回しながら街を見渡す。
「ここも、アマス神とやらの加護、受けてんのか?」
イベルタは、当然のように頷いた。
「はい。特にエーテルディアは、アマス神殿に巨大な結界石がありますから」
「結界石?」
「街全体を覆うほどじゃないですけど、中心部はかなり広い範囲でモンスターを寄せ付けません」
なるほど。だから街道の手前でマッドドッグが出て、ここから先はいないわけか。
「ふーん……」
俺の関心は、もう別の方向に向いていた。
「で」
イベルタを見る。
「カジノは?」
その一言に、イベルタは一瞬だけ目を見開いた。
「……何ヶ所か、ありますけど」
「いくらからだ」
「え?」
「220Gでやれそうなとこ」
遊べるかどうか、じゃない。
やれるかどうかだ。
勝負の土俵に、立てるかどうか。
イベルタは、俺の顔をじっと見たあと、少しだけ困ったように笑った。
「……ギャンさんらしいですね」
「褒めてねぇだろ」
「褒めてません」
即答しやがった。
それから、くるりと踵を返す。
「なら、ついてきてください」
「あるのかよ」
「あります。ちゃんと」
イベルタは、迷いなく人混みの中に入っていく。
俺はその背中を見失わないように、少し距離を詰めた。
大通りを外れ、一本、また一本と細い路地に入る。
喧騒はまだあるが、空気が少しずつ変わっていく。
高級店の匂いが消え、代わりに、酒と汗と欲の匂いが濃くなる。
「……なぁ」
歩きながら、聞いた。
「まさか、裏とか言わねぇよな」
「裏です」
「即答かよ」
「でも、危なくはないですよ。たぶん」
「たぶんって、信用できねぇな」
路地の奥。ひときわ派手なネオンが灯っている建物が見えてきた。
金色に縁取られた看板。少し古びているが、無駄に主張が強い。
「……ここです」
イベルタが足を止めた。
俺は、建物を見上げる。
豪華ではない。
上品でもない。
だが――
(臭ぇ)
勝負師特有の、あの臭いがする。
負けた奴と、勝った奴の念が染み付いた場所。
「……いいな」
思わず、口角が上がった。
「220Gでも、立てるか?」
イベルタは、少しだけ間を置いてから答えた。
「ええ。立てます」
それから、小さく付け足す。
「……生き残れれば、ですけど」
俺は、懐に手を入れ、残りの金の重みを確かめた。
220G。
俺の命。
俺の未来。
俺の、全財産。
「上等だ」
扉に手をかける。
「ここからが、本番だな」
ネオンの光が、俺の影を歪めていた。
店に入ると、そこは拍子抜けするほど普通のバーだった。
木製のカウンター。
酒瓶の並ぶ棚。
客も数人いるが、酔って騒ぐでもなく、静かに飲んでいる。
(……ただのバー?)
そう思った瞬間、イベルタが自然な仕草でカウンターに近づいた。
マスターに顔を寄せ、短く何かを囁く。言葉は聞こえない。だが、合図のようなものらしい。
マスターは一瞬だけ俺を見て、何も言わず顎で奥を示した。
「こちらへ」
スタッフオンリーと書かれた扉。
イベルタが先に入り、俺も続く。
中は事務所のような部屋だった。
机、書類、金庫。
そして壁一面の棚。
本がぎっしり並んでいる。
(……図書館?)
イベルタは、その中の一冊に手をかけた。
だが、それは本じゃない。
傾ける。
カチリ、という音。
次の瞬間、棚全体が低く唸り、横にスライドした。
「……なるほど」
現れたのは、隠し扉。
扉の向こうから、光と音が漏れてくる。
コインの擦れる音。
笑い声。
そして、あの空気。
扉を抜けた先には、まったく別の世界が広がっていた。
円形のカウンター。
テーブルゲームの島。
スロットのような魔導装置。
そして――
「いらっしゃいませ♡」
カウンターの内側に立つ、バニーガール。
黒いバニースーツ。
耳。
無駄に完璧な営業スマイル。
「Johnnyカジノへようこそ!新規の方ですね? ご登録をお願いします」
「登録?」
思わず眉をひそめる。
「身分証とか……ないけど」
そもそも、この世界にそんな概念あるのか?イベルタが、肩をすくめた。
「予想通り。ギャンさん、マイステータスカード無いんだ」
「……マイステータスカード?」
「だから、表じゃなくて裏にしたの」
なるほど。そういうことか。
バニーガールは、にこやかに説明を続ける。
「こちらは偽名で構いません。会員カードで、チップの貯蓄と清算を管理しています」
「偽名OKとか、信用ゼロだな」
「信用がある場所だと、私たち困っちゃうので♡」
妙に納得できる理屈だった。
イベルタが、小声で補足する。
「ここ、非合法なんだ」
「やっぱりな、カジノは違法なのか?」
「ううん、カジノそのものは違法じゃないけど……」
指を立てる。
「合法でやると、税金がかかるの」
「……あー」
「だから、内緒で運営してる。税金がない分、還元率が高い。勝ちやすい、と言われてる」
言われてる、か。バニーガールが指でWを作る。
「お店もお客様も、ウィンウィンです♡」
(なるほど、信用はしねぇが……嫌いじゃねぇ)
俺が登録用のカードに、適当な偽名を書いていると、横でイベルタが何やら受け取っていた。
チップ。
「……100G分」
バニーガールが、事務的に告げる。
「紹介料です。ありがとうございました」
イベルタが、俺を見る。
「えへ」
「……お前」
さっきまで泣いてた女が、満面の笑みだ。
「ちゃっかりしてんな」
俺は、カードとチップを受け取り、周囲を見渡す。
ここが、裏の賭場。
税金も、建前もない場所。
あるのは――
運と、金と、欲だけ。
(……いいじゃねぇか)
懐の220Gを思い出す。
少ない。
だが、ゼロじゃない。
俺は、カウンターに一歩踏み出した。
「さて……」
心臓が、久しぶりにいい音で鳴っている。
イベルタは、楽しそうに笑った。
「いよいよですね、ギャンさん」
ああ。
やっとだ。
ここからだ。
俺の異世界ギャンブルライフは。




