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天気のような人生

作者: 有未

 命の叫びは誰しもにあるのだろうか。人は皆、生をまっすぐに歩いて行くことが出来る生き物なのだろうか。私は折に触れて思う。


 私の抱えた病状は、十年以上は横這いになっている。その中でも一時的に悪化したり、一時的に良化したりはあった。ただ、大きく回復はしないまま時間が経過している。日々日々、病状や体調と向かい合って生きている。過ごしている。寛解(かんかい)を目指して行こうと医師に言われた時、もうこの病気は治らないのかと私は目の前が暗くなった。今では前向きに寛解を目指しているとは言え、時々に私は私を振り返り、過ぎた時間や病状について考え込む。


 私が希求しているものは何だろう。根本から、私の命の源から湧き出る答えがほしい。それは、私がいつか自分で掴み取るしかないのかもしれない。けれど、その「いつか」が遠すぎて、私は大袈裟ではなく、何度も何度も絶望に落ち、泣き、揺らぐ感情の中を行き来する毎日を暮らしている。否、暮らしていた。繰り返しになるが、現在は割と前向きに寛解を目指して私は緩やかに過ごしている。


 何もしなくても時間は過ぎ行き、何かをしても勿論、同様に時は流れて行く。仕事も家事も趣味も、どれも私にとっては大切なものだ。しかし、体調というものが私を苛み、それらをうまく立ち行かなくさせる。私にとっての最優先事項は体調であり、望む、望まないに関わらず、私は非常に大きく体調に左右されて生きている。


 生きて行くとは何だろうかと、私は折々に考えて来た。私は今、生きている。だが、その生の根本の誕生という瞬間を、私は望んだわけではないのだ。気が付いたら生まれていた。父は私を愛したが、早くに亡くなってしまった。母もまた、私を最初こそ愛したものの、やがて疎むようになり、ないがしろにするようになった。


 実家を出て、長い時間が過ぎた。その間に、病気が悪化して働けなくなったり、騒音に悩み、メニエール病の疑いで半年間の通院を余儀なくされたり、お金がほとんどなくなり食事にも困るようになったりと、色々とあった。病気のせいか性格なのか、両方なのか分からないが、落ち込みやすい私は幾度となく落ち込み、薄暗くなり、ひたすらに目を閉じていた。そんな私を支えてくれたのは、いつもいつも、友人達だった。


 私は、いわゆる天涯孤独というのものに近いと考えている。卑下しているわけではない。ただ、父は亡くなり、母や弟とは音信不通の絶縁に近い形を取っている現実がある。私は、もう二度と実家と呼べる場所には帰らないだろうし、帰れないと思っている。彼らの心にどんな思いが根にあったとしても、私を害した身内の元へ、私は帰りたいと思わない。思えない。厳密には、それは孤独な私の強がりかもしれない。本当は、ただいま、と言える人達の元へ、実家というホームへ、帰りたいのかもしれない。だけど、もうそれは遠い昔の思い出を振り返るような、どうしようもない残酷な思いでしかなく、叶わないことだと自認している。触れ合えば互いにとって不幸せでしかない関係性もあるのだ。仕方のないことだと思わざるを得ない。それは、私自身が家族の中で得た答えであるからして、他の誰に理解されなくても構わない。ただ、もう私はこれに関しては選択肢を選び取っているのだ。


 話を戻そう。私を支えてくれている、友人達のことだ。私は、これまでに多くの側面で友人達に助けられて来た。私が返せたものは、きっと、ごく僅かだと思う。ありがとうの言葉とごめんなさいの言葉を伝え、私のお勧めの紅茶を紹介することくらいしか出来ていないと思う。いつか私が切望する作家になり、恩返し出来るようになれば良いと願い続けて行動を続けているが、やはり挫けそうな時が多々ある。それでも友人達は根気強く私の話を聞き、助言をし、買い物に連れ出し、雑談をしてくれた。それを、私は心からありがたく思っている。


 しかしながら、私の病状の一つが対人関係において私を苦しめている。病状は個人によって様々だと思うし、私は詳細を調べたわけではないので主治医に聞いた話になるが、次のように言われた。距離感を取るのが難しい為、人に近付き過ぎてそれで仲良くなれたとしても、今度はその距離の近さを自分が鬱陶しく思ってしまい、築いた友人関係ごと壊しに掛かってしまう、と。実際、私はこの病状が顕著な時に友人関係を幾つも壊してしまった。壊したものは直らなかった。その現実を正しく認識し、泣いても、自分がどうしたら良かったのかは分からないままだった。だから、きっと幾つも壊してしまうことになったのだろう。繰り返してしまったのだろう。中には、十年以上の付き合いの友人もいた。もう二度と、連絡を取ることは叶わないだろう。


 私の行く道を照らす光は、いつも友人達だった。もう連絡を取ることが出来ない友人も含めて、本当に多くの友人が私を照らし、導き、助けてくれている。私が友人という宝を持ち、自分がつらい時に話を聞いて貰うこと、楽しく一緒に出掛けられること、連絡を取り合えることを、私は幸福に思っている。


 だが、私は、生まれて来て良かったと思ったことが一度としてなく、また、幸せだと心から思ったことがない。厳密に言えば、なかった。常に孤独の中にあり、ただ生き、揺れる感情と体調と共に存在していた。その現実に、疲弊していた。メンタルクリニックへの長い通院にも疲れていた。その間に、ロール・シャッハテストや文章完成法テストなどを受け、自分と向き合い、今まで自分はどうして来たのか、これからどうして行きたいのかを主治医と話し合った。しかし、辿って来た道が見えても、今後の目標を立てても、症状が劇的に快復に向かうわけではなかった。厳密には治らない、寛解と呼ばれる状態まで持って行くことがベストとされる精神の病気と向き合うことに、私は疲れて来てしまっていた。けれど、どんなに疲れていても、日常の時間は過ぎて行く。ささやかな幸福や残酷さを孕んだ時間は、刻一刻と過ぎて行くのだ。その時間の流れの中に身を置く者として、私はこれから先、どう過ごして行けば良いのだろうか。どう在るべきだろうか。


 人と比較することは悲しいことだろう。だが、同窓会などに足を運び、旧友と話すと思い知らされる。自分の置かれている状況が決して楽ではなく、過去も現在も苦労と共にあり、これからもしばらくは病気と付き合って行くしかないのだろうということを。人は誰しも、一生懸命に生きているものだと私は考えている。旧友達も、それぞれに悩み、苦しみ、仕事や家庭の中で居場所を探して彷徨っているのだろう。だが、子供の誕生を祝う話や一軒家を購入した話などに、私は付いて行くことが出来なかった。私は服薬している限り子供は望めないし、病気の為に多くは働けない為、家を買うことなど遠い夢だからだ。そこに僻みや妬みが一切ないかと聞かれると、答えに詰まる。しかし、私が重要視しているのは子供や家やお金のことではなく、健康体だということだ。私が知らないだけで、身体的、精神的に、病気を経験した旧友もいるのだろうとは思う。けれども、少なくとも旧友達は輝いて見えた。仕事に、家庭に、熱を燃やし、健康な心身で、日々を送っているように見えた。私は、羨望の心で彼らを見ていた。同窓会からの帰途を一人で歩き、零時を過ぎて自宅に帰ると、一緒に暮らしているハムスターのハムちゅが起きていた。私に、おかえりを言うように近寄って来てくれた。私は思わず泣きそうになり、それを堪えた。


 私は、これから先に待っている時間と、どう付き合って行けば良いだろう。皆が、仕事や家庭などの場で自分を活かすことが出来る時間を送って行く。私は、短時間の仕事と、作家になる夢と、精神の病気とに取り囲まれるようにして生きていて、時々、呼吸が苦しくなることがある。それは過呼吸に似ている。どんなに泣いても一人ぼっちで、これからのことなど何一つ分からなくて、だけど、それはきっと、誰も彼もが同じだと思いながらも、どうして私が病気に選ばれてしまい、苦しい毎日を送らなくてはならないのかと悩んでいる。私は私という個として生き、悩み、苦しんでいる。


 けれど、人生は残酷さや苦しさだけに包まれたものではないだろう。これまで人生というものを歩んで来て、私はそれを知っている。紅茶を飲み、ほっとする時間があること、友人達が連絡をくれること、納得の行く作品が書ける時があること、感慨深い作品に出会えること。気象病も抱える私は雨の日は寝たきりに近いことになってしまうものの、慈雨という言葉があるように、雨の日には雨の日の良さがあることを私は知っている。雨音を聞きながら元気を蓄えて、晴れの日に行動出来るように。祈りを以て希望に変える。雪の日もある。突風の日もある。それでも必ず、夜が来て、朝が来る。


 天気のように、思うようにはならない人生というものを私は一人で歩いている。学生の頃は同じ道を歩いていた友人達も、やがてはそれぞれの道に進んで行った。私は、それを寂しいと思っていた。今も、思っている節がある。皆、自分の時間を見付けて生きて行くことを、どうしようもなく私は寂しく思うのだ。だが、友人として繋がった縁は簡単に途切れるものではない。折々に触れて連絡をくれる友人達のことを、私は心から大切に思っている。失ってしまった縁もある。それは、悲しみとなって私の胸を刺す。しかし、その傷みと共に次は後悔しないように生きて行くことこそが、私に出来ることだと思う。


 これからも私は迷うだろう。病気になった自分を消し去りたいほどに憎むこともあるだろう。他者を羨むこともあるだろう。それでも、私という人間がここにいて、自分の未来に向けて歩いていることを少しでも誇りに思えるように生きて、いつか自然に死ぬまで存在して行くことを、ここに祈るように誓いたいと思う。私を助けてくれる人達のことを忘れないようにしたい。いつか、私が誰かの助けになれるように。自分のことを大切にして生きて行きたいと思う。全て、祈るように。

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