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第4話 白と黒の森

 忘れられないものがある。

 それは、こないだマボロシ塔の展望デッキで食べた、七五三くんのパイ。


 あれ、めちゃくちゃ美味しかった。

 なんだかとっても不思議な味だったし。


 すっごく甘くて、なのにクドくなくて、さわやかに口に残る感じ。

 つまり、絶品。


 二時間目と三時間目の間の休憩時間、私はとなりの七五三くんに聞いてみる。


「ねぇ、七五三くん」


「ん?」


「こないだマボロシ塔でごちそうになったパイのことなんだけど」


「あぁ、うん。あれは我ながら美味しかったね」


「あれって、何のパイなの? リンゴとかチェリーとかブルーベリーとか、そういうのとはちょっと違う感じだったけど」


「あぁ、そうだね。もしかしたら、葉月さんは初めて食べた味かもしれない」


「うん。あぁいうの、初めて食べた。あれ、何て果物?」


「果物……うーん……まぁ、果物と言えば果物なのかなぁ?」


「え? どういうこと?」


「うん。実はあれ、ボクもよくわかんないんだ」


「よく、わかんない……」


 よくわかんないものを、自分の彼女に食べさせたんかい!

 私は思わず、七五三くんにツッコミたくなる。


 だけど……あれはべつに悪い食べ物じゃなかったと思う。

 あのあと、べつにお腹が痛くなったわけじゃないし、逆に、むしろ体の調子が良くなった気がする。


 だから、知りたい。

 あれは一体、何のパイ?


「でも、あのパイを焼いたのは、七五三くんなんだよね?」


「うん。でも、何て説明すればいいのかなぁ? あ、わからないっていうのは、『名前がわからない』って意味だよ」


「名前がわからない……それは七五三くんもあんまり食べたことないってこと?」


「いや、何度も食べてる。体にも良いんだ。でも――あれはおそらく、ほとんどの人が食べたことないんじゃないかな? スーパーとかにも、絶対並ばないし」


「スーパーとかにも、絶対並ばない……」


現物げんぶつ、見てみる?」


「え? 見れるの?」


「たぶん。まだ一つくらい、残ってると思うんだ」


「一つくらい……ねぇ、それって、やっぱりレアな果物なの?」


「レアと言えば、レアだろうね。今日の放課後、いっしょに探しに行ってみよっか」


「え? そんな近くにあるの?」


「うん。この学校の裏山だよ」


「ち、近っ!」


「じゃ、終わりの会が終わったら、二人で行こう」


 あっさりと、今日の放課後の私たちの予定が決まる。


 でも――。

 何て言うか、私、ものすごく不安。


 あの日、私、マボロシ塔の展望デッキで、一体何を食べさせられたの?

 いや、まぁ、本当に美味しかったし、あれから体の調子もいいんだけど……。


       〇


 学校が終わると、私たちはスクールバッグを持って、裏山に入っていった。


 中学に入学して二ヶ月――私も七五三くんも、まだどこの部活にも所属していない。

 これって、そろそろ何かの部活に入った方がいいのかな?


 このままも何もしないで、七五三くんと毎日いっしょに過ごすのも、まぁ、べつにいいんだけど。

 七五三くんがいっしょなら、勉強のわかんないとことか、すぐに教えてもらえるし。


 なにしろ彼は、学年のトップ!

 おまけに彼氏なんだから、これは、もぉ、私の特権だよ!


「ねぇ、七五三くん。この山の、一体どのあたりにその果物はあるの?」


「え? わかんない」


「わ、わかんない?」


「あれは、特別なんだ。ボクも数回しか採ったことがない」


「そんなの、あなた一体どうやって見つけたの?」


「中学に入学した直後に発見したんだ。裏山を散歩してる最中に」


「裏山を散歩してたの? 誰と?」


「一人だよ」


「一人……」


 フツーの人なら、中学入学直後に裏山を一人で散歩するとか、絶対にありえない。

 でも――七五三くんなら、したんだろうね。

 なにしろ私の彼氏、基本めちゃくちゃアレで自由すぎる人だから……。


「でも……この山の中にあるって言うけど、アテもなくここをずっとさまよい続けるわけ?」


「いや、アテはあるよ。大体、このあたりだったと思う」


「私、思うんだけど……」


 私は、こないだのマボロシ塔のことを思い出す。


「もしかしてその場所って、こないだみたいな時空の歪みなの? あのゴーグルを使わなきゃ、見えない場所とか?」


「いや、そうじゃない。そこはフツーに存在してるよ」


「フツーに、存在してるんだ……」


「ただ、あそこに行ける人は少ないだろうね。そういった場所」


「は、はぁ」


「まず最初に言っとくけど」


「う、うん」


「その森は、本当に特別なんだよ」


「本当に特別……って言うか、そこ、森なの?」


「うん。森」


「どんな森?」


「色が、無いんだよね」


「色が、無い?」


「うん。その森には色が無い。たとえば、今ボクたちのまわりにある木は、緑色とか茶色とかだろ? でもその森には、色が無い」


「あんま、イメージできないんですけど?」


「あっ! やっぱり葉月さんといっしょにいると、良いことが起こるね。今日はじつにあっさりと見つけることができたよ」


 そう言って、七五三くんがその場に立ち止まる。


「あそこだ。ボクは『白と黒の森』って呼んでる」


「白と黒の森……」


 七五三くんが指さしている方向に、私は目をこらす。


 え……。

 こ、こんなことって、ある?


 私たちを取り囲む、緑色と茶色の木々。

 その向こうに――異様な森が広がっているのが見えた。


 なんだか少し怖くなって、私は七五三くんの腕にギュッとしがみつく。


 七五三くんの腕、なんかすごく――男の人。

 意外と、たくましい?

 匂いも、なんか落ち着く……。


 って、いやいやいや!

 今は、そんなことを考えてる場合じゃないよ!


 ずっと向こうに広がる、あの森!

 本当に、色が無い!


 あそこに並んでいる木々の色は、基本、白と黒だけ!

 幹も、枝も、葉っぱも、全部、黒!

 あるいは白!


 ど、どういう場所なの、あそこ?

 まるで真っ白な紙に、黒インクだけで描いたイラストみたい!


「じゃ、行こっか。あそこに、あのパイに入れたレア果物がある」


 そう言って、七五三くんが白と黒の森に向かって歩きはじめた。

 私、彼の腕にしがみついたまま、ゆっくりとついていく。


 いや、だって、怖いでしょ、これ?

 マジで。

 自分が今まで見たこともない場所に入っていくんだよ?

 まぁ、七五三くんがいるから、ちょっと安心ではあるけれど。


       〇


「いやぁ、やっぱりここの木々は、いつ見てもき活きしてるね」


 白と黒の森をキョロキョロ見回しながら、七五三くんが言う。


 いや、だから、どこが?

 どこがですか?

 まわり、白と黒しか色がありませんけど?


 何て言うか、まるで古い白黒映画の中にでも入ったみたい。

 私と七五三くんだけ、カラー。

 総天然色。


 その中を、私たちはゆっくりと進んでいく。


 ここ、本当にウチの学校の裏山なの?

 ふ、不思議すぎるでしょ?


 完全にビビってる私は、七五三くんから離れないよう必死に彼にしがみつく。


 七五三くんは、いつもと同じフツーな顔。

 私なんかおかまいなしで、テクテクと前に進み続けた。


「どうしてこんな森が存在するんだろうね? この世界は、ホントに不思議なことばかりだよ」


 歩きながら、七五三くんが言う。


 いえ、あの、七五三くん。

 あなたも十分不思議です。

 百二十パーセント。


 だってこんな森を、中学入学直後にフツーに一人で発見しちゃうんだもん。

 しかも、たった今、平然と歩いてるし。

 メンタル、激強(げきつよ)


「でも、ホント、どうしてこんな森があるんだろう?」


 私の言葉に、七五三くんは進みながら答える。


「理由なんて、きっと人間があとで勝手にくっつけるものなんだろうね。重要なのは、今ここにこの森があるってことだよ」


「まぁ、そうですけど……」


「でも、今日はなかなかいい感じだ。夕方だからかな?」


「いい感じって? 何が?」


「陽が落ちて、黒が深い黒になってるだろう? だから、あれを見つけるのも、わりと簡単かもしれない」


「そ、そうなの?」


「あ、話をすれば、だ。あれだよ。良かったね。一個だけ残ってる」


「え? どれ?」


「あれだよ。あそこ」


 七五三くんが指さした先を見ると――そこには一つの小さな点が見えた。


 オレンジ色の、球体。


 それは少し離れた白と黒の木の枝にぶら下がっていて、パッと見ただけでその存在が確認できる。

 あの球体にだけ、色がついてるからだ。


 でも、ホント、何なんだろう、あれ?

 まるでクリスマスツリーに飾る、少し大きめなクーゲルみたい。


「あれが……あのパイに入ってた果物?」


「綺麗だろ? 白と黒の世界の中で、あれだけが色を持ってる」


「ルックスは、まぁ、可愛いけど……フツー、あれを食べようとは思わなくない?」


「そう? ボクは人類で初めてタコを食べた人の方がすごいと思うけど?」


 その球体がぶら下がっている木まで、私たちは進んでいく。

 近くに行っても、やはりその木は白と黒の色しか無かった。

 だけどそこにぶら下がってるその球体だけは、オレンジ色に輝いている。


「ちょっとここで待ってて」


 私から離れ、七五三くんがその木に登っていく。

 スルスルと、すごく慣れた感じ。


 あっさりと枝にたどり着いた彼は、その球体をブチッともぎ取った。

 そのまま、ふたたびスルスルと、木から下りてくる。


 七五三くん、木登り、得意なんだ。

 すごいなぁ……。

 まぁ、なんにせよ、非常にアレな人なんだけど……。


「無事、収穫。良かったね。これでまた、あのパイが作れる」


「う、うん。良かった」


「匂い、いでみる?」


 七五三くんに差し出されたので、私はその球体を両手で受け取る。

 ゆっくりと、鼻先に持っていった。


 なんか……すごくいい匂い……。

 これ、何なんだろ?

 たしかにフツーの果物とか、栗とか、そういうのとは全然違う気がする。


「こないだ、その球体の果肉を分析してみたんだ」


「ぶ、分析? ど、どうやって?」


「ほら、どこの家庭にだって、顕微鏡くらいはあるだろ?」


「いえ、ないですけど……」


「分析の結果、この球体にはとくに人体に悪い成分は入っていなかった。つまり、フツーの果物だ」


「フツー、ではないでしょう、これ……」


「葉月さん、これ、家に持って帰る?」


「え? いやいやいや。私は、その、どう扱ったらいいのかわかんないし……」


「そっか。じゃあ、ボクの家に置いとこう。まだ少し硬いから、熟してないよ、これ」


「う、うん」


「食べ頃になったら、またあのパイを焼いてあげるね」


「え? マジ? あのパイ、また食べれるんだ……」


 私、それだけは嬉しい!

 またあのパイを食べれるんだ!

 さ、最高かよ!


「あ、それから、これはくれぐれも言っとくけど」


「うん」


「葉月さんね、もし山で見たこともない木の実とかキノコとか見つけても、決して食べてはいけないよ。命にかかわる物だってあるんだ」


「それを、よりによって、あなたが言うのですか?」


「ボクは、よく調べてから食べてるよ」


 球体を持ったまま、私たちは白と黒の森を歩きはじめる。

 周囲に緑色と茶色の木々が広がりはじめると、私は後ろを振り返った。


 白と黒の森は――まだ確かにそこにある。


 だけど……これはきっと、七五三くんといっしょじゃなきゃ、来れなかった場所なんだろうな。

 なんか、そんな気がするよ。


       〇


「でも――どうしてあの森、フツーの人はなかなか行けないのかな?」


 帰り道。

 いつもの通学路を歩きながら、私は七五三くんに聞いてみる。

 彼は手の中の球体を見つめながら、それに小さくうなづいた。


「たぶんだけど……あの森が拒絶してるんじゃないかな?」


「拒絶?」


「うん。あの森は、たぶんずっと一人でいたいんだよ。だから人が近づかないような、音とか匂いとかを出してるんだ。つまり、自己防衛だね」


「自己防衛……」


「そう。単純に、自分で自分を守ってるだけだ」


「それは、その、どうしてなんだろう?」


「ほら、どこのクラスにもいるだろ? なるべく自分を出さないで、できるだけ静かにしてる人。あの人たちは、あぁやって、自分自身を守ってるんだ」


「自分自身を守ってる……でも、それ、一人でさみしくないのかな?」


「葉月さん」


「ん?」


「一人になれるってね、じつはすごい才能なんだよ?」


「才能……」


「うん。その人は、すごく色々なことを考えてる。楽しいこととか、悲しいこととか、そういうのを深く深く考えてる」


「そうなんだ」


「逆に、まったく何も考えてない人もいるかもしれない」


「それ、どっちなの?」


「それがどっちだったとしても――そういう人を『暗い』とかなんとか、バカにしてはいけない。その人は、一人で過ごせる才能があるんだ」


「一人で過ごせる才能……」


「おまけにそういった人は、たとえばこの球体みたいな特別な果物を生み出すことができる。他のどこにもない、あの森だけの果物をね」


「そっか……でも確かに、そう考えたら、そういうのも才能かも」


「大切なのは、他人に迷惑をかけないで生きること。大勢の人に囲まれても、他人に迷惑をかけてたら意味ないだろ?」


 そう言って、七五三くんが突然、通学路の横の草むらに入っていく。

 また何か見つけたみたい。


「ほら、葉月さん! テントウムシだ! 今年も彼らは鮮やかだなぁ! この子たち、デザインのセンスがバツグンだよね! すっごくオシャレな模様だ!」


 七五三くん、すごく深いことを言ったかと思ったら、めちゃ子ども。

 幼稚園の頃、こんな子、まわりにたくさんいたなぁ……。

 私は、お母さんみたいな気持ちで、そんな彼を見つめる。


 七五三くんって、可愛いね。

 おまけに超イケメンだよ。

 勉強もできるし、色々と不思議なことも知ってるし、おまけに木登りまで得意だった。


 でも――私は、彼っていう人が本当によくわからない。


 七五三くん。

 あなたは一体、どんな人なの?


 大人なの?

 子どもなの?


 私の彼氏は――ホントにアレ。

 めちゃくちゃアレな人。


 でも――私は、そんな七五三くんが大好き。

 彼といっしょにいると、なんだかワケわかんなすぎて、逆に、超楽しい!


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