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第3話 マボロシ塔

 その日の放課後も、私と七五三くんはいっしょに下校していた。


 彼氏と並ぶ帰り道。

 男子と二人っきりで歩くって、めっちゃ新鮮!

 私は、となりの彼氏に聞いてみる。


「ねぇ、七五三くん。次のお休み、何か予定とかある?」


「予定? いや、べつにないけど」


「だったら――二人でどこかに遊びに行かない?」


「遊びに? わざわざ?」


「わざわざ!」


「行きたいの?」


「行きたいの!」


「葉月さん一人で行ってくればいいんじゃないかなぁ?」


「は? なんで? 七五三くん、私の彼氏でしょ?」


「あぁ、そっか……」


 こないだから付き合いはじめた私たち。

 だけど七五三くんは、いっつもこんな感じ。

 いっしょに下校する時も、あんま私の話を聞いてなくて、そこらへんを飛んでるチョウチョとか見てる。


 いつもそんな調子だから、私「七五三くんって集中力ないし、きっと勉強とかあんま得意じゃないんだろうなぁ」って思ってた。

 でも、こないだの中間テストの結果を見せっこしたら――なんと七五三くん、学年で一位!


 何なの、七五三くん?

 勉強とか、全然してなさそうなのに!

 コツコツ真面目に勉強してた私が、なんかバカみたいじゃん!


 でも――理想的なカップルって、良い影響を与え合うって言うよね?

 だから私、彼に聞いてみる。


「ねぇ、ところで七五三くん。あなた、いつもどんなやり方で勉強してるの?」


「やり方? 勉強の?」


「うん。やっぱ家に帰ったら、めちゃくちゃ勉強してるんでしょ?」


「え? なんで? なんで家で勉強しなきゃいけないの?」


「は?」


「それにボク、教科書全部、学校のロッカーに入れてるよ」


「そ、そうなの? それで、学年トップ? え、意味わかんないんですけど……」


「ボクは思うんだけど――」


 七五三くんが、私の顔を見る。


「学校のみんなは、勉強のやり方を勉強してるんじゃないかなぁ?」


「勉強のやり方を、勉強してる?」


「うん。ボクにはそんな風に見えるよ」


 七五三くんが言うことは、なんだかたまにムズかしい。

 考えさせられる。

 でも七五三くん本人は、そう言ってからいきなり道を離れた。

 すぐそばの草むらにある、綺麗な花を摘んでくる。


「はい、葉月さん。この花、キミにあげる。キミにとっても似合うと思うよ」


 彼に差し出されたのは、道端に咲いてた赤紫色の小さな花。

 その瞬間の、彼の、子どもみたいな笑顔。

 いや、あの、これ、子ども『みたいな』じゃなくて、まさに子どもの表情じゃないですか……。


「あ、ありがとう」


 とまどいながら、私はそれを受け取る。


 あ、あのね、七五三くん。

 私たち、もう中一だよ?

 まぁ、あなたがお花をプレゼントしてくれるのは、すごく嬉しいんだけど。


       〇


 そんなわけで、次のお休みの日――私たちは鶯岬駅で待ち合わせをした。


 あんま気がすすまない感じの七五三くんを、私、大説得!

 なんとか初デートにこぎつけました!


 お昼過ぎ。


 私たち二人の、初めてのデート!

 今日の私のコーデ、おNEWのブラウスに、ミニスカート、ツルッツルの靴!


 これ、可愛くない?

 めっちゃオシャレしてきたよ!

 やっぱ彼氏には、学校とは違う自分を見てもらいたいもんね!


「ゑ……」


 待ち合わせの時間キッカリ。

 向こうから七五三くんが歩いてくるのが見える。


 あ、あの……か、彼……私の彼氏……せ、制服なんですけど?

 って言うか、肩にスクールバッグまで引っかけてるんですけど?

 つまり、いつもと、同じ……です……。


「お待たせ、葉月さん。今日も良い天気だね」


「な、七五三くん。せ、制服なの?」


「え? 何?」


「は、初めてのデートだよ? その、フツー、オシャレとかしてくるでしょう?」


「オシャレ? あぁ、オシャレかぁ。でもボク、服ってこれしか持ってないんだよね」


「せ、制服しか持ってないの?」


「うん」


 す、すごい人がいました……。

 しかもその人、私の彼氏です……。

 七五三くん、イケメンで、最近学年の女子にも見つかりはじめてるのに……服は制服しか持っていません……。


「で、今日は何するの?」


 すぐそばのベンチに腰かけ、七五三くんが言う。


 い、いや、私、こんなのでくじけてちゃダメだ!

 ファイ!

 元気を出して!


 今日は人生、初のデート!

 絶対に、心に残る素敵な思い出を作るんだ!


 七五三くんは、もともとちょっとアレな人!

 それは付き合いはじめる前から、よぉくわかってたはず!


「ど、どこかに遊びに行こうよ! 普段行かないようなとことか!」


「普段行かないようなとこかぁ……」


「電車に乗って、お菓子とか食べちゃったりして!」


「え? お菓子? 買うの? まいったなぁ。ボク、お金、これしか持ってないよ」


 制服のポケットから、七五三くんがジャラジャラと小銭を取り出す。


 さ、三百円……。

 彼女との初デートなのに……所持金が、三百円……。


「葉月さんは、その、どういうところに行きたいの?」


「どういうところ……そ、そうだね。言われてみれば、私、どういうところに行きたいんだろ……」


「目的も無いのに、どこかに行くの? 一人旅でもないのに?」


「そ、そんなこと言われても……」


「じゃあ、葉月さんは、どんなとこに行ったら楽しい? ワクワクする? 良い気分になれる?」


「どんなとこ……うーん……せっかくの初デートだから……景色の良いところ?」


「景色の良いところかぁ……」


「でも七五三くん、三百円しか持ってないんなら、電車になんか乗れないよね……」


「まぁ、乗れないよねぇ」


 なんか七五三くん、ちょっと他人事?

 表情も、なんかどうだっていい感じ。


 私、少し泣きそうになる。


「じゃあ……今日、中止にする?」


「え? なんで?」


「だって七五三くん、あんま行きたくなさそう……」


 私が言うと、七五三くんが、やっぱり子どもみたいな顔でベンチから立ち上がった。


「とりあえず、行こうよ。景色の良いところへ、ボクが連れてってあげる」


 そう言うと、七五三くんが私を置いてスタスタと歩きはじめる。


 えっと、あの、七五三くん?

 景色の良いところへ私を連れてってくれるのは嬉しいんだけど……三百円で?


 三百円で、交通費が、二人分?

 あの、ごめんなさい。


 現代において、それはきっと無理だと思います……。


       〇


 駅を出て、私と七五三くんは歩いていく。

 でも私は、やっぱりションボリ。


 だって――生まれて初めてのデートだよ?

 それなのに、私の彼氏、三百円。


 そんなんじゃ、ジュースくらいしか買えないじゃない……。

 小学校の友だち同士じゃないんだから……。


「着いた。ここだ」


 七五三くんに連れてこられたのは、繁華街の裏通り。

 誰もいなくて、建物も全部ボロボロ。


 何、ここ?

 ゴーストタウン?


 昔はたくさんお店が並んでたんだろうけど、今は全部シャッターが下りてる。


「素敵な場所だろ?」


 なんだか得意げに、七五三くんが言う。


 えっと、あの、ごめんなさい。

 ど・こ・が?


「ここはね、昔、この鶯岬町の中心部だったんだ。毎日毎日すごい数の人であふれかえっていた」


 なんだか熱い感じで、七五三くんが語る。


 だから――何?

 私たちの間を、乾いた風だけが通り抜けていく。


 あの、ここ、ビックリするくらい人がいません……。

 マジで。

 ホントに。


「ねぇ、七五三くん……」


 私はもう我慢できずに、彼に口を開く。


「ん?」


「私ね、今、すごくガッカリしてる……」


「ガッカリ? え? なんで?」


「だって……」


 下を向いて、私はなんとか泣くのをこらえた。

 でも足もとに、ポツポツと涙がこぼれ落ちていく。


「え? 何? 葉月さん? なんで泣くの?」


 私の異変に気づき、七五三くんがあわてて近づいてくる。

 顔を上げ、私はもう涙も隠さずに言った。


「だって……今日、私たちの初デートだよ? なのに七五三くん、いつもの制服だし! お金も三百円しか持ってないし! 全然やる気ないじゃない!」


「え、あ、いや、ボク、めちゃくちゃやる気あるんだけど……」


「やる気ない! 全然ない! 七五三くんって、私のこと、ホントは好きじゃないんでしょ? 私がコクッたから、しかたなく付き合ってくれてるんでしょ?」


「いや、ボク、葉月さんのこと、大好きだよ」


「え?」


 あっ気にとられ、私は七五三くんの顔を見る。


 な、七五三くん、今、私のこと、大好きって言った?

 そういうの、言う人?

 言ってくれる人?

 絶対、そういうの、言わない人だと思ってた……。


「七五三くん、私のこと、好きなの?」


「うん。大好き」


「大好きなの?」


「うん」


「どのくらい? どのくらい大好き?」


「どうだろ? それはよくわかんないなぁ」


「ど、どうなの、それ?」


「とりあえず――ボクはキミの希望を叶えるよ」


 そう言うと、七五三くんは足もとに置いていたスクールバッグをゴソゴソと探った。

 中から、何かを取り出す。


 えっと、それ、今度は何?

 二つの、こげ茶色の何か。


 大きくて、サングラスみたいなブルーレンズ。

 ゴツゴツとしたフレーム。

 革バンド。

 ゴ、ゴーグル、ですか?


「これをかけて」


 二つのうちの一つを、彼が私に手渡してくる。

 受け取って、私はそれを見つめた。


 これ、何?

 骨董品?

 なんか、ずいぶん古い感じなんですけど――。


「これをかけたらどうなるの?」


「かけてみたらわかるよ」


 七五三くんは、すでにそのゴーグルを装着してる。

 なんか、童話に出てくる昔の飛行機乗りみたい。

 その姿のまま、彼は空を見上げた。


「うん。あるね。まだ存在してる」


「まだ存在してる? 何が?」


「ほら、葉月さんも。早くそれをかけてみて」


「う、うん……」


 七五三くんに言われた通り、私はなんだか小汚いそのゴーグルをかけてみる。

 ホントはこんなの、かけたくないけど。


 でも七五三くん、私のこと、大好きって言ってくれたし。

 その時の七五三くん、なんかすごく可愛かったし。

 好きとか言われたら、女の子って、やっぱすごく嬉しくなるでしょ?


 でも――そのゴーグルを装着した瞬間、私は自分が女の子であることを完全に忘れてしまっていた。


「んはぁぁぁぁぁぁぁ?」


 まるでおじさんみたいな、私の雄叫おたけび。

 全然可愛くない、驚きの声。

 つまりそのくらい、私は超ビックリしてた。


 私たちのすぐ前に――大きな一本の塔が立っている。

 こ、これは――と、灯台?


 灯台っぽい!

 なんで、こんなとこに、突然、灯台?


 灰色で、アチコチがヒビ割れてるけど、間違いなく、これは灯台!

 灯台が、この裏通りのド真ん中に突然出現した!


「な、何、これ? いつの間に? さっきまで、こんなのここに無かったよね?」


 ゴーグルをはめたまま、私は七五三くんに聞く。

 七五三くんはとても楽しそうにほほ笑み、足もとのスクールバッグを肩に引っかけた。


「マボロシ塔だ。少なくとも、ボクはそう呼んでいる」


       〇


 マボロシ塔の下の部分、出入口のドアを開けて、私たちは中に入っていく。

 塔の内部はほぼ空洞で、階段しかなかった。


 しかも、これ、ちょっとレトロでオシャレな階段。

 たしか、らせん階段っていうやつ。


 どこからか、わずかな風が吹き込んでくる。

 だからきっと、ここは現実に存在していた。


 な、何ですか、ここ……。

 どうしてこんなのが、突然現れたんですか……。


「葉月さん」


「は、はい」


 ビビりまくっている私は、七五三くんになぜか敬語。


「トイレ、行きたくない?」


「い、いえ、大丈夫です」


「そっか。トイレは一階にあるから、行きたくなったら自由に行ってね」


「は、はい。お気づかい、ありがとうございます……」


 いや、あの、この状況、トイレに行ってるヨユーすらありません……。

 ヤ、ヤバいです……。


 これ、何ですか?

 ここ、どういう場所なんですか?


 都市伝説、的な?

 ちょ、超常現象?

 いきなりこんな大きな塔が、裏通りとはいえ、街のド真ん中に出現するとか……。


 七五三くんが私の手を取り、ゆっくりと階段を上がっていく。


「ここはね、時空が歪んでる場所なんだ」


「時空が、歪んでる……」


「この鶯岬町の大半は、じつは埋め立て地なんだ。だからこの塔から向こう側は、昔、海だったんだよ」


「そ、そうなんだ……」


「で、この塔は、その時代に建てられた岬の灯台。それがずっと昔、時空のゆがみに捕らわれて、一夜にして消失しょうしつした」


「一夜にして……消失した……」


「でも灯台は、今もここに存在してる。フツーの人には、決して見えないんだけどね」


「それを今、私たちは見てるんですか?」


「このゴーグルのおかげだよ。このゴーグルは時空のゆがみを修正するんだ。これをかけている限り、ボクたちはこの塔を見ることができるし、触ることだってできる」


「外から見た私たちは、一体どうなってるの?」


「時空のゆがみに入ってるんだ。ボクたちの姿は、他の誰にも見えない」


 階段のてっぺんに到着すると、七五三くんがそこのドアを開けた。

 すると一気に、外からの風が入り込んでくる。

 私の長い髪が、フワッと宙に踊った。


「葉月さんは、こういうのが見たかったんだろ?」


 灯台の展望デッキに出た七五三くんが、そう言って私を振り返る。

 そこからは――町のすべてを見渡すことができた。


 三百六十度、パノラマビュー。

 この灯台、すごく背が高い。


 何、これ?

 現実?


 私は今、これまでに見たことのない角度で、この鶯岬町を見てる。

 アチコチにギューギューに詰まってる街並み。

 そのすき間を行き交う、たくさんの人々。


 これ、この感じ――たしかにさっき私が駅で言った『景色の良いところ』!


「さて。葉月さんの願いを一つ叶えたところで、お茶にしよっか」


「お茶?」


 七五三くんがうなづき、スクールバッグの中から座布団を取り出す。


 え?

 なんで座布団?

 どうしてそんなのが、スクールバッグの中に入ってるの?


 その座布団を、七五三くんが私の足もとに置いた。


「どうぞ。キミはここに座って。綺麗な洋服が汚れるといけない」


「あ、ありがとう……」


 私は、その座布団に腰を下ろす。

 なんか座布団なのに……意外とフカフカです……。

 続いて七五三くんは、スクールバッグの中から小さな白い箱を取り出す。


「今朝、早起きして焼いたんだ。葉月さん、きっとこういうのが好きなんじゃないかと思って」


 彼が、その箱を開ける。

 そこに入っていたのは――パイだった。

 まん丸で、美味しそうな焼き目がついた格子状の向こうに、オレンジ色の果実が見える。


 これ、お店で買ってきたやつ?

 でも今、七五三くん、早起きして焼いたって――。


「あ、あの、七五三くん」


「ん?」


「こちらのパイは、その、あなたがお作りになられたのですか?」


「うん。そうだよ」


「な、なんか、すごくない?」


「そう?」


 七五三くんが、また子どもみたいにほほ笑む。


「好きな子のためだったら、ボクは何枚でもパイを焼くよ」


 その言葉を聞いて、なんか、私、泣けてきた……。

 知らないうちに、涙がポロポロと流れてくる。

 七五三くんは「え? なんで泣くの?」と、あわてて私にハンカチを差し出してきた。


 ありがとう、七五三くん。

 私、七五三くんがこんな準備をしてくれてるのに、さっきまで超わがままなことばっか言ってた。


       〇


 それから私と七五三くんは、ゴーグルをつけたまま、灯台の上でパイを食べた。


 なんかすっごく不思議なパイだったけど、甘くて、いくらでも食べられそう。

 彼が水筒から注いでくれたのはあたたかいハーブティーで、これもめちゃくちゃ不思議な香り。

 なんだか体に良さそうで、パイにすごく合う。


 それから私と七五三くんは、マボロシ塔の上で色んな話をした。

 って言うか、喋ってたのはほとんど私で、彼は「うん、うん」と笑いながら聞いてくれてた。


 あっという間に夕方になると、私たちはマボロシ塔の階段を下りていく。

 灯台の外に出てゴーグルを外すと、マボロシ塔は一瞬にして、私たちの前から姿を消した。

 だからやっぱり七五三くんが言うように、ここは時空のゆがんだ場所なのかもしれない。


 私たちは、夕暮れの裏通りを歩きはじめる。

 歩きながら、七五三くんが私に言った。


「今日はどうだったかな? 楽しんでもらえた?」


「うん! すっごく楽しかった! ねぇ、七五三くん。マボロシ塔にはまた行ける?」


「もちろん行ける。行きたくなったら、遠慮なく言ってよ。また二人でお茶でも飲もう」


 駅に到着すると、もうお別れの時間。

 時間はまだ夕方だけど、早く帰らないと私はママに叱られる。


「それじゃあ、葉月さん。また明日ね」


 あっさりそう言って、七五三くんが帰ろうとする。

 私は――そんな彼の、制服の袖をつまんだ。

 「ん?」と、彼が振り返る。


「何? どうしたの?」


「あ、あのね、七五三くん……」


 私は、モジモジとしながら彼と向き合う。

 なんか、すごく恥ずかしい……。

 でも、こういうのは、きちんと言っとかなきゃいけないと思う。


「あ、あの、今日は本当にごめんなさい……やる気ないとか、三百円とか、わがままばっか言っちゃって……」


「あぁ。そんなことか」


 七五三くん、全然気にしてないって顔。


 でも、ホントはどう思ってるか、わかんないじゃん。

 『何だ、この女?』とか、思ってるかもしれないし。

 もう二度と、会ってくれないかもしれない。


 でも私、七五三くんに嫌われたくない!

 だから、謝るところは、きちんと素直に謝りたい!


「私、すごく失礼なことを言ったと思うの。何て言うか、あなたを傷つけてしまったかもしれない……」


「いや、ボクは全然傷ついてないよ」


「ホ、ホントに?」


「うん。でもね、葉月さん――」


 七五三くんが、まっすぐに私を見つめる。

 なんか、すごくキラキラした、子どもみたいな瞳。

 怖いくらいに、透き通ってる。


「幸せってね、じつはタダなんだ」


「幸せって……タダ?」


「そう。結局ボクら、今日お金を使ってないだろ?」


「う、うん。使ってない」


「でもボクはすごく楽しかった。キミは?」


「すごく、楽しかった……」


「ね? 幸せって、タダなんだ」


 七五三くんの言葉に、私はボーゼンとする。

 「それじゃ、また明日ね」と手をあげ、彼はそのまま帰っていった。

 私は、そんな七五三くんの後ろ姿をジッと見つめる。


 今日は――私の人生、初めてのデートだった。

 七五三くんと駅で待ち合わせて、泣いて、マボロシ塔に登って、パイを食べて、話を色々と聞いてもらった。


 これ、何だろう?

 何て言うか……めちゃくちゃ楽しかったんですけど?

 人生初のデートがこんなに楽しかったとか、私って、超ラッキーなんじゃないかな?


『幸せってね、じつはタダなんだ』


 私は、さっきの七五三くんの言葉を思い出す。


 なんか……七五三くんが言ったこと、ホント、すごく正しいのかも。

 私たち、今日お金を全然使ってないけど、めちゃくちゃ楽しかったし。


 私の彼氏は、ちょっとヘンだ。

 って言うか、すっごくアレだ。

 いや、ヘンだし、アレで、とにかく不思議な人だ。


 でも七五三くんといっしょにいると、私はなんだかとても楽しい。

 あんな人、他には絶対いない気がする。


 私、七五三くんの彼女になれて、本当に良かったよ。

 これからも、ずっとずっといっしょにいたいって思うよ。

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